Opinion : 2 つの「衝突」を考える (2001/2/12)
 

今週は、2 つの「衝突事故」の話題でニュースが独占された感がある。

ひとつは、いうまでもなく日本航空の空中衝突未遂事故で、史上最悪の事態を引き起こさずに済んだのはホッとした。負傷者が出たのだから万々歳とはいかないが、空中衝突に比べれば、桁違いによろしい。

もうひとつが、週末に大騒動を引き起こした、米原潜と日本の実習船の衝突事故だ。今週は、この 2 つの事故について考えてみたい。


まずは、時系列順に日航機の事故について考えたい。

日本のマスコミもひところと比べると冷静になったのか、「管制官のミス」をあげつらったり、あるいは「パイロットの回避操作」をあげつらったりする論調が少なくなったのは、とりあえずは歓迎すべき傾向だと思う。

だいたい、新聞にしろテレビにしろ、自分たちだって誤字・脱字・言い間違い・誤報の類と無縁ではないくせに、自分の間違いは棚に上げて他人の間違いはあげつらうという傾向、無きにしも非ず。
ただ、今回の事故についていえば、「日本の空の混雑」や「管制官の激務」に目を向けるようになったのだから、ちっとは進歩したのだろうか。

ただ、だからといって、対策として「管制官の待遇改善」をいいだした人がいたのには、違和感を感じた。
もちろん、激務の割に稼ぎがよくない傾向はあるのかもしれない。管制官だって国家公務員だから、国家公務員の俸給表で縛られているのだろうし、それはどうにもならない。

ただ、激務であるにしても、待遇を改善すれば事故が減る、と単純にいいきってしまっていいものだろうか。無論、フラフラになるまでこき使うというのは論外としても、一方のファクターである「航空路の混雑」は管制官の待遇と関係ないのだから、事故を防止する対策としては、やや中途半端の感がある。

今回の事故、管制官の「便名勘違い」とその後のパニック状態 (?) の相乗効果で引き起こされた事故ということになりそうだが、図らずも、TCAS (空中衝突防止装置) が万能ではないということを露呈してしまったように思える。

そこで、TCAS の動作について、少し調べてみた。
TCAS は、衝突しそうな飛行機が接近してくると、その飛行機に対してトランスポンダーで問い合わせを出して情報を互いに交換し、衝突回避策を指示するというものなのだそうだ。

おそらく、互いの位置情報の検出には GPS か何かを使っているのだろうが、そこで気になったのが、TCAS の情報は地上の管制官のコンソールとリンクしているのだろうか、という点だ。

管制官だって人間だ。判断に迷うこともあろうし、今回のようにコンソールに表示される便名を取り違えることだってあるだろう。
そのときに、該当空域を飛行している飛行機が積んでいる TCAS の情報がデータリンクで入ってきて、TCAS が把握している状況や出そうとしている回避指示の内容を瞬時に管制官に対して伝えるようにしていれば、管制側も少しは楽ができると思うのだが…

それを考えると、夜中に大量の飛行機が飛び交い、中には F-117A なんていうレーダーに映らない (否、映りにくい) 機体まで混じっていたことを考えると、湾岸戦争で空中衝突事故が起きなかったのは、まったく大したものだと思う。いくら AWACS がいたにしてもだ。

「すべてを機械に任せる方が安全だ」というエアバス的思想もあれば、「いや、最後は人間が関わるほうが間違いない」というボーイング的思想もある。どちらが正しいかは一概にいえないだろうが、人間がまったくミスをしないというのを前提にするのには無理があるのは確かだ。
人間がミスをしないようなシステム、あるいは人間のミスをリカバリーできるようなシステムを構築して、人間と機械が互いに支援し合うようにすることを常に意識しなければならないのではないかと思う。

あと、この事故に関して腹が立ったのが、副操縦士や管制官が「訓練生」だったのを非難するかのごときマスコミ論調だ。誰だって最初は新人なのであって、場数を踏んで、初めてベテランになるのだ。それとも、こういう記事を書いた記者やテレビで「報道」しているアナウンサー諸氏は、入社初日からベテランだったのだろうか。いい加減にしていただきたい。


さて。次は、米海軍の原潜がやらかした大失態についてだ。

今回の事故が原潜側のドジであるのは、どうやら間違いないようだ。本物の緊急事態ならいざ知らず、訓練をするのに周囲の安全確認を怠ったということなら、潜水艦側に非があるのは当然だ。艦長が陸に上げられたのも当然といえる。

だいたい、民間のフネがうろうろしているような海域で緊急浮上の訓練をするとは何事か。航空自衛隊の F-86 と全日空の B.727 が空中衝突して以来、日本では軍事訓練空域と民間機の空域を完全に分けるようになったが、海の上でも同じことをやる方がいいに決まっている。

起きてしまった事故は仕方ないが、同じことを再発させないように、訓練海域の設定や要員教育のやり直しを米海軍側に求めたいものだ。また、訓練海域を分離しても民間のフネがそこに迷い込む (あるいは潜り込む) ようでは意味がないから、民間側にも注意が求められるのはいうまでもない。

なお、沈没したフネの側から「潜水艦が救助活動を何もしなかった」という非難が出ているが、そもそも潜水艦には、救命ボートなどというものは積んでいないのではないか。
海上自衛隊の潜水艦の艦内なら見たことがあるが、そんな気の利いたものは見かけなかった。乗組員の私物ですら制限しているのに、かさばる救命ボートを積んでいる潜水艦などいないだろう。

冷静に考えてみれば分かるが、何人も乗れるような救命「ボート」が潜水艦のハッチを通るわけがない。潜水艦の乗組員が艦外に避難するときには、ひとりひとりが救命装備を着けて脱出するものだ。

だから、「救助活動をしなかった」という非難については、感情論としては分かるが、物理的にできないものを要求するわけにはいかないという点を頭に入れておくべきではなかろうか。(これは、<なだしお> 事故にも同じことがいえる)


「衝突事故」に限ったことではないが、事故の処理でもその後の対策でも、できることとできないこと、あるいはやって効果がありそうなことと何も期待できないことがある。今回の一件も含めて、事故を論じるときには、そこのところを冷静に見極めたいと思う。

それにしても腹が立つのは、何につけ迅速なアメリカ側の対応との対比が際立った、森総理の対応のまずさだ。部下に指示さえ出していれば、自分はゴルフをしていてもいいというものでもなかろう。

ただでさえ、総裁選をやらずに就任した「裏口総理」である上に失言・放言の続発で、周囲の目は厳しいのだ。こういうときこそ、ポーズでもいいから「ゴルフを放り出して東京に戻り、陣頭指揮を取る」という様子を見せれば、少しはイメージが向上するだろうに。
政治家はイメージ商売なのだから、口先で「危機管理体制の強化」をいうよりも、実際に行動して見せる方が効果的なのだ。そんな基本的なことも分からないのだろうか。

関連リンク :
US Pacific Command (PACOM)
PACOM のニュース リリース
米国防総省の、関連サイトへのリンク
USS Greeneville (SSN-772) のサイト

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