Opinion : 米軍の新戦略を読む [1] (2001/4/2)
 

<えひめ丸> 事故のとばっちりで、日本ではほとんど扱われていない話だが、米軍が「二正面戦略」を放棄するようだ。

「二正面戦略」とは、イラクと北朝鮮 (ないしは中国?) を仮想敵として、両方で同時に紛争が発生した場合に、同時に対処が可能なだけの戦力レベルを維持する、という内容だが、これを放棄するかどうかでは、過去にも何度かもめたことがある。それを、ついに放棄してしまうということらしい。

また、空母の小型化など、全体に「コンパクトで機動力のある軍隊」を目指すというのが、米軍の描く 21 世紀の姿であるらしい。


「二正面戦略」を放棄するということは、単純に考えれば、どちらか一方を残して、他方の優先度を下げるということになる。過去にも "win-hold-win" という言葉が出てきたことがあるが、今回もこの概念で行くのかどうかは、今のところ定かでない。

先に挙げた、二つの "仮想敵国" のうち、どちらが残されるかというと、おそらくはアジア側のプライオリティが高いのではないかと思われる。現に、ブッシュ政権になってから、アメリカは台湾に対する肩入れが増す傾向にある。

中国はあれこれと脅迫的言辞を弄しているが、台湾に対するイージス艦の売却だって、決して可能性が低いとは思えない。だいたい、イージス艦を購入できるような経済力のある国はそうそう多くないし、アーレイ・バーク級の整備計画にも先が見えてきた昨今、アメリカ国内の兵器メーカーの雇用維持という観点から見ても、どこか輸出先を探すというのは筋の通った話だ。

可能性がありそうなのは、まず反発の少ないキッド級の輸出で既成事実を作っておいて、後からイージス艦を輸出するというシナリオではないか。こうすれば、イージス艦に弾道弾迎撃能力を持たせる時間を稼ぐことができるという副次的メリットもある。

それに、中国や北朝鮮の側に目を転じてみると、これからしばらくの間というのは、"花火を上げる" 可能性が高いのではないかと思う。

質的転換を図っている傾向が無きにしも非ず、とはいうものの、どちらも 19 世紀型の「労働力集約型」の軍隊で、装備は古びているが、まだ使えるし、数も揃っている。これから時期が経つと、さすがに古い飛行機などの装備も使えなくなってしまい、一挙に数的戦力がシュリンクする可能性が高いから、戦力があるうちに武力解決に訴える、という可能性は否定できない。

中国は特に、新鋭装備の買い入れに狂奔しているが、自国開発ではなく、あくまで輸入、あるいはライセンス生産だから、買い入れた新鋭装備を使いこなすことができるかという点については、いくらか疑問が残る。
それに、「労働力集約型軍隊」のドクトリンを引きずったままでは、フランカーのような新鋭装備の力を引き出せないかもしれない。なにしろ、カタログ・スペックだけ立派な兵器を持っていても、その性能をどうやってフルに発揮させるかを研究していなければ、効果は半減してしまうのだから。

もし、国家首脳の間で「なんだかんだといっても、最後は数の勝負だ」という意見が強ければ、「数があるうちに何とかしよう」という話になっても不思議はないのではないか。

また、中国の場合は「一人っ子政策」のトバッチリで、将来的に物凄い高齢化社会がやってくるという予想がされている。そうなると、若い成人男性がいないと成り立たない軍隊というのは、最大の被害者となり、自動的に戦力減を余儀なくされる可能性が高い。そうなる前に、という焦りが出ないと、誰が断言できようか。

おそらく、アメリカとしてもこうした事情は先刻承知だろうから、限られたリソースをどう使うかということを考えたときに、「二正面戦略」を放棄し、いわば「中国・北朝鮮シフト」を敷くことにした、と見るのは考え過ぎだろうか。


もちろん、サダム・フセインが健在である以上、今でもイラクが「厄介者」であるのは変わりない。
ただ、10 年前と比べると戦力レベルは下がっているし、湾岸戦争で懲りた GCC 諸国が 1990 年代を通じて大幅な装備近代化を実行したことで、湾岸戦争以前と比べると、力のバランスはイラクに不利なものになっていると思う。

また、あまりイラクを悪者にして叩きすぎると、イスラム諸国の間に反米感情が醸成されてしまうから、フセインは生かさず殺さず、程々にしておく、という判断があったのではないかと個人的には推測している。

また、もうひとつの仮想脅威であるイランについては、ハタミ政権ができてから、それ以前と比べると過激さが影を潜めつつある、という判断も働いているのではないだろうか。(もっとも、一寸先は闇、というのが、あの地域の政治状況ではあるのだが)

となると、この先、GCC 諸国、とりわけサウジアラビアやクウェートとアメリカの間で、共同演習をはじめとする軍事的協力関係の維持・強化や、さらなる新鋭装備の売却が進むのではないだろうか。アメリカにとっては収入が増えることになるし、自国だけが大きな負担をしなくて済む。また、GCC 諸国としても軍事的プレゼンスが強化でき、どちらにとってもおいしい話だからだ。

それに、穏健派アラブ諸国にとっては、軍事力強化が過激なイスラム原理主義勢力に対する抑えの役割を果たすことができる。これも見逃せないメリットだろう。

もうひとつ、こうした推測を裏付ける動きが、アメリカと NATO の関係だ。
アメリカが EU 独自の緊急展開軍構想に反対し、あくまで NATO 主導にこだわるのは、アメリカの息がかかった NATO を前面に出すことでヨーロッパがアメリカのコントロール下から逸脱するのを予防し、かつ、ヨーロッパ諸国を巻き込むことで、紛争発生の際にアメリカだけが大きな負担を背負い込む、という事態を避けるという狙いがあるのではないだろうか。

そうすれば、アメリカはヨーロッパにおけるプレゼンスをある程度維持しつつ、かつ、ヨーロッパ方面に大きな力を割かなくて済むようになる。それで浮いたリソースは、本命のアジア方面に集中投入するというわけだ。

もっとも、ヨーロッパでもフランスやドイツあたりは比較的「ヨーロッパ独自」のやり方にこだわっているし、横合いからはロシアが NMD などをダシにしてちょっかいを出しているので、どういうことになるかは予断を許さない。ヨーロッパの政治的・軍事的主導権を誰が握るかというのは、目が離せないテーマになりそうだ。


という推測をしてみたわけだが、もうひとつの注目点である「米軍のコンパクト化・高機動化」については、スペースの関係もあるので、来週に回すことにしたい。

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