Opinion : <えひめ丸> 事故をめぐるヒステリー (2001/4/30)
 

<えひめ丸> 事故に関して、艦長を軍法会議にかけないという結論が下されたため、遺族が「怒りに泣き崩れる」という映像がニュースで流されていた。

まあ、テレビ屋としては「画」がないとどうにもならないし、「ニュース性のある画」となると、「冷静に受け答えする遺族の図」よりも「怒りに泣き崩れる遺族の図」の方がインパクトがあるから、ついついそっちを使ってしまいたくなるのだろう。

ただ、この事故に関する (特に日本のマスコミの) 対応は、一言でいうと「ヒステリー」ではないかという思いは拭えない。


だいたい、事情はどうあれ、この事故はあくまで「偶発的事故」であって、ワドル艦長がわざとぶつけたわけではない。その点を、もう一度認識するべきである。

もうひとつ。事故の間接的な原因として、民間人に対するデモンストレーションのスケジュールが押せ押せになっていて、安全確認に時間が取れなかったという点があるわけだが、これは艦長にも責任の一端があるにしろ、そういうデモンストレーションを実施させた上級司令部にも責任があるハズだ。

艦内で起きた事実、つまり、「時間がなくて安全確認をおざなりにした」という点については、これは艦長の責任である。しかし、そういうデモンストレーションをやるように命令した上級司令部に、責任がないということはないだろう。

と、こういうことを書くと、「だから、安全確認をおざなりにした艦長の責任が云々」という反論が出てきそうだが、それは「安全確認をおざなりにしたら、たまたまそこに、<えひめ丸> が不運にも居合わせた」というのが正確な表現だろう。そういう意味では、人災としての側面もあるが、半分は偶発的事故である。

もし、「あそこにフネがいるから、面白い、ぶつけてやれ」といって蹴飛ばして死者が出たなら、艦長は死刑にしてもよろしい。だが、もう一度念を押すが、わざとぶつけたわけではないのだ。そこに至るまでには、さまざまな不幸の連鎖があったわけで、その責任を艦長一人におっかぶせて、艦長を吊るし上げて晒し者にすれば解決するというものではなかろう。
「艦内で起きたこと」だけに関する責任という点では、艦長に対する処分は妥当なものだと思う。艦長の権限ではどうにもならない要素の責任までおっかぶせられたのでは、たまったものではない。

個人的な話で恐縮だが、私のクルマに追突したトラック運転手にも同じことがいえる。事情はどうあれ、わざと追突したわけではないのだし、事故の後の対処は完璧だったから、私は後で警察に調書をとられたときに「処罰を希望するか」と聞かれたので「希望しません」と答えた。今でも、この回答は間違っていなかったと思う。

もちろん、自分が大した怪我をしなかったというのもある。だが、運転手を処罰したからといって、この業界の過重労働体質などが変わるわけではないのだし、個人に八つ当たりしてみても意味がない、という判断があったのも事実だ。

何度も書いていることだが、この手の事故が起きたときに、日本では特に、「責任者」という名の特定個人をスケープゴートにして、その人を記者会見の席などで吊るし上げて、土下座させたり涙を流させたりすれば OK、という傾向がある。

しかし、被害者やマスコミ関係者はそれで溜飲が下がっていい気持ちになるかもしれないが、事故の解決と再発防止という点では、まるっきり役に立たない。今回の事故でいえば、艦長を軍法会議にかけて吊るし上げたからといって、同じ事故が二度と起こらないというものではなかろう。

むしろ、米海軍が総力をあげて、同じような事故が二度と発生しないように綱紀を粛正し、安全対策のマニュアルを見直して、デモンストレーションの内容に関しても見直しを行う、というのが、本来あるべき姿のハズだ。

それを、「責任者」を吊るすだけで満足してしまう新聞やテレビの関係者は、ある意味、事故再発防止の足を引っ張っているともいえる。極端なことをいえば、彼らは

  • 普段は「規制緩和」といって書き立てるくせに、何かあると「当局の管理責任」を追求する御都合主義」であり、
  • 何か事件や事故があると「責任者出て来い」といって騒ぎたてる「チンドン屋」であり、
  • 「責任者」を吊るし上げて「正義の味方」のつもりになっている、いわばサド集団であり、
  • 実際は、事故の本質的原因をちゃんと追求しない怠慢集団である
といわれても仕方ないだろう。マスコミがこういう調子だから、お役所や企業が責任回避に走るのではないのか。

ここまでいうのは極論だとしても、少なくとも現在のマスコミ "報道" のあり方というのは、「被害者や遺族が腹を立てている」という感情論と「事故の原因を追求する」ということの区別がついていない。
だから、「謝罪」あるいは「軍法会議」に代表されるような「被害者が溜飲を下げるための "象徴的行為"」にこだわってしまうというわけだ。困ったものである。それとも彼らは、ワドル艦長が責任を取ってハラキリをすれば、納得するのだろうか ?

もっとも、何かにつけて「責任者出て来い」というくせに、その一方で、(政治家やお役人は偉くなればなるほど特に) 何かあっても責任を取らないで下の者に押し付けるのだから、まったくもって奇妙な国である。
たとえば、誤報や不祥事の責任を取って辞任した新聞社やテレビ局のトップが、これまでに何人いただろうか ?


もっとも、えてしてこういう動きになってしまうのは、何かというと警察が「業務上過失」で関係者をしょっ引くという、日本独特の事情が反映されているという見方もできる。

私はここで同じことを何度も書いているし、他にも同じような主張をしている人はいるのだが、この手の偶発的事故、特に飛行機や鉄道など複雑なシステムが関係する事故については、関係者を刑事処分については免責にする代わりに、原因追及のために全面協力させるという司法取引が必要なのだ。

ただし、<えひめ丸> の事故についていえば、それをやるとデモンストレーションを実施させた上級司令部 (特に COMSUBPAC : 太平洋潜水艦隊司令官) に火の粉が降りかかってくるため、CINCPAC (太平洋軍総司令官) がそういう事態を避けたのではないかという疑念が出てくる。艦長の一件で騒ぎ立てるヒマがあったら、むしろマスコミ各社は、そっちの方を追及するのが本筋ではないのか。

艦長の責任は、あくまで「艦内で起きたこと」にあるわけで、艦長の立場ではどうにもならない要素が今回の事故に絡んでいる以上、艦長の責任「だけ」をクローズアップしてみても、本質的解決にはつながらない。繰り返すが、艦長だけを吊るし上げてみても、何の解決にもならないだろう。

とどのつまり、平素から「反米報道」の多い日本のマスコミのことだから、「艦長の処分が軽い → 海軍のかばい合い体質 → 誰も責任をとらない → 怒りに泣き崩れる遺族 → 米軍は怪しからん (→ 在日米軍は出て行け)」という「定型の分かりやすい構図」に逃げてしまっているのではないのか。とりあえず米軍を悪者にしておけばよい、という、安直な姿勢が今回も出ているということではないのか。
そんなものは「報道」とはいわない。ただの「扇情的ヒステリー」だ。

あと、事故が起きた後で船体の引き上げを提案したり、海軍制服組のナンバーツーを日本に送り込んできた米海軍の対応が、他の同種の事故と比べても、はるかに力が入ったものであることにも留意するべきだ。

もちろん、その背景にはアメリカの世界戦略の中で重要な意味を占める在日米軍と日本の米軍基地の維持が必要、という政治的配慮もあるだろうが、事情はどうあれ、米海軍とアメリカ政府が (完璧ではないにしても) それなりの対応と誠意を示しているのは確かだ。

とにかく、この事故に便乗して日米関係を悪化させるようなことがあっても、それで得をするのは、中国と北朝鮮ぐらいのものだろう。大局的観点に立てば、日本とアメリカの政治的・経済的な協力関係を維持することは必要なのだ。そこのところを忘れるべきではない。

それとも、「泣き崩れる遺族」の映像で国民感情を扇動するマスコミ各社は、中国か北朝鮮の手先として、日米関係を悪化させるために活動しているのだろうか ?
(「赤旗」については、まさにその通りかもしれないが :-p )

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