Opinion : 負担に見合った見返りを ! (2001/5/14)
 

企業が決算を行うと、赤字の部門と黒字の部門が混在することがある。その場合、「内部相互補助 cross subsidiary」ということで、黒字を使って赤字部門の穴を埋めるということがある。

黒字部門としては、面白くないだろう。自分達が働いて得られた成果は自分達に還元されるべきだ、と考えても不思議はない。

ところが、この当たり前の考え方が当たり前に実現できないことが多いのが、日本の社会らしい。


先日、仙台までクルマで往復してきたのだが、行きと帰りに同じルートでもつまらないということで、行きは常磐道でいわき中央まで行き、そこから国道 6 号で仙台まで北上した。帰りは東北道で仙台宮城から帰ってきた。

常磐道を降りて国道 6 号を走っていたら、沿道に「常磐道を仙台まで延長しよう !」という立て看板を何度も見かけた。似たような看板は、小海線沿線の国道 274 号や、新潟の先の国道 7 号でも見かけたことがある。

確かに、地元心理としては、近くまで高速道路が延びてきているのに自分のところにはない、ということで、「見栄」もあって、「高速道路が欲しい」と思ってしまうもかもしれない。だが、既存の高速道路ですらガラガラで、きっと大赤字だろうに、それをさらに延長したところで、収支がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

となれば、東名高速みたいに需要の多い幹線区の黒字を使って、田舎の高速道路に対して「内部相互補助」をすることになる。東名の利用者としては、面白いはずがない。

「自分達が払っている通行料が東名高速の利便性向上や渋滞解消のためよりも、田舎の高速道路の維持のために使われるなんて」と怒ってしまっても、無理はないというものだ。

自民党や国土交通省あたりでは、「そんなもん、造ってみないとどうなるか分からない」という理屈を振りかざして、相変わらず猿か熊でも走らせるかのごとき高速道路がどんどんできている。そして、「通行料が高いから」といって、高速道路ができても地元民は利用しなかったりするのだ。

これって、何か間違ってないだろうか ?


「税務署たたき」にあるように、私は税務署と喧嘩しているが、これにも似たような側面がある。

もともと、所得の多い人には高額の税金をかけるという手法の背景には、「所得の再分配」という考え方があるのだ、と学校で教わった記憶がある。だが、我々が払っている血税が、「公正な所得の再分配」のために使われているだろうか ?

自民党の亀井静香氏は公共事業大好き人間だが、「公共事業 = 土木事業」という考え方のままでは、公共事業によって景気が回復する領域など、たかが知れている。
一方で「IT 立国」だの「ハイテク先進国」だのといっていても、そっちの領域には「公共事業」ではさほどのカネは落ちない。なんともチグハグだ。日本の経済に大きな貢献をしているのはハイテク業界なのに、そっちの業界には、自民党がいう「公共事業」は、何の得にもならないのだ。

しかも、その「公共事業」で作られる橋や道路の多くは、地方の人口過疎な農村地帯にあり、利用される頻度など知れている。その一方で、都会の住人は渋滞する道路に頭を抱えている。つまり、現在の「公共事業」の構図とは、都市住民から収奪した資金で地方の住民を潤わせているというものだ。そんなことで景気が良くなるハズがない。

いうまでもなく、現実の公共事業は土建屋を国費で養うために行っているもので、土建屋は自民党の支持基盤のひとつだから、結果として所得の分配は自民党と、その取り巻きに対して行われる。こうした状況では、本当に困っている人のために「所得の再分配」が機能しているといい張るのは、いくらなんでも無理がありすぎる。

もっとも、選挙でのウケを狙って毎度のように「福祉の充実」と繰り返す社民党や共産党にも、偽善の臭いを感じる。これは単に、「公共事業」が看板を架け替えただけで、国民の血税を自分達の利益のために使おうとしているという点において、自民党と同じだと思う。

そういう意味では、防衛庁が国産装備の維持のため、わざわざ世界相場と比べて高価な小銃や戦車や戦闘機を買っているのも、一種の公共事業といえる。だが、土木関係の垂れ流しに比べれば遥かに規模の小さい話だし、「有事の際の装備維持」という大義名分があるだけ、まだマシだ。

かかる現状を放置しておきながら、真の意味で「所得の再分配」とならない血税の垂れ流しで財政基盤が怪しくなると、国税庁の職員にポストをちらつかせることで増差所得稼ぎを督励し、それも、後で物言いがつけられない「修正申告」を取ってくるようにしているのだから、ふざけた話だ。


いきなり話は飛ぶが、首都圏の大手民鉄には「特特事業」というモノがあり、複々線工事など、巨額の費用を要する設備投資を行う区間だけ運賃を上乗せして、それを使って工事を行うという手法が用いられている。京王のように、早期に事業が終了した会社では、運賃の値下げが発生して話題になった。

この制度は、「受益者負担」という観点から見ると、まことに理に適っている。
混雑する区間だから改良工事が必要なのであり、そのために必要な費用は、混雑する区間を利用する乗客 (= 混雑の原因) からいただく、ということだ。そして、追加運賃を負担した側は、後で混雑率の低下やスピードアップという「果実」を得ることができる。これなら、単なる全線規模の値上げよりも、運賃値上げに対する理解が得やすいだろう。

私のように、小田急に対して追加運賃をさんざん支払っておきながら、複々線の完成前に小田急沿線を離れてしまって成果を享受しそこなった人もいるが、引っ越したのは自分の決断だから、他人に文句をいうのは筋違いだろう。

また、新幹線の駅を新設するときには、所要の費用をすべて地元が負担する。これも、「受益者負担」という点では筋が通っている。

もともと、「(絶対的な意味だけでなく、相対的な意味としても) 需要がない」と判断されて駅ができなかったところに後から駅を作ろうというのだから、地元がそのためにかかるコストを負担するのは当然といえる。

すべてのケースでこのような方式を使うというのは難しい相談だと思う。たとえば、国や地方自治体が行う福祉関係の事業に「受益者負担」を持ち込むのは、とてもじゃないができない相談だ。介護保険制度のように、皆で負担を分担するという方式を取らざるを得ないケースも、確かにある。

だが、内容が何であれ、誰かに経済的な負担、あるいは労力の負担を強いるということになった場合、「大きな負担をしている人には大きな見返りを与える」ということを、一度は考えるようにするべきではないだろうか。結果的にそれが実現しないとしても。

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