Opinion : data と information と intelligence (2001/7/9)
 

ASCII24 の記事によると、東京都の石原知事が「最近跋扈するインターネットや携帯電話で得た情報は、幻想でしかない」と発言したそうだ。

この発言、IT 企業の一翼たる SAP ジャパンのセミナーか何かの席での行なわれたものだそうだから、なんとも大胆な発言だとは思う。とはいえ、「IT 革命」だなんだと浮かれている世の中を見たときに、なかなか核心を突いている、いい発言だと思う。


石原都知事は、どちらかというと「超保守」に分類されることの多い政治家だし、実際、その通りだと思う。ただ、氏が個人的にどういう思想の持ち主であるかは、私は問わない。都知事として優れた仕事をしている限り、私は石原氏を支持する。

その「超保守」の人の発言だから、IT やインターネットの利用を真っ向否定する、怪しからん発言だ、という批判があるようだが、少なくとも「いかなる文明・技術でも感性や情念がなければいけない。インターネットや携帯電話で得る情報は形骸であり、自分の感性と情念でフィルターをかけて初めて情報は情報となる」という部分など、異論が生じる余地はまったくないと思う。

最近は、本や雑誌に加え、とりわけ Web があるおかげで、行ったことのない土地や施設のことを調べる作業がずいぶんと楽になった。特に、海外の観光地や博物館について事前に下調べができるというのは、まことに重宝なものだ。私が去年、アメリカで博物館まわりをやったときにも、ずいぶんと Web に助けられたのは事実だ。

ただ、そこで注意しなければならないのは、本や雑誌、Web で見た情報だけで、現物を見たような気になってしまうのは大間違いである、という点だ。やはり、現物を見たり、触ったりしてみないと分からないことはたくさんある。

たとえば、「不定期日記」でも書いた、昔の戦闘機やエンジンの話もそうだが、飛行機でもクルマでも、列車でもエンジンでも、はたまたエニグマ暗号機でも九七式印字機でも、写真で見るだけというより、現物を見る方がインパクトがある。それに、「構造」は写真で分かるが、「雰囲気」や「質感」といったものは、写真では絶対に分からない。

人間が相手の場合も同じことで、実際に会って話をしてみないと、相手がどんな人物なのかは分からないことがほとんどだ。パソ通も含めると私のネット歴は 10 年を超えるが、ネット上の発言で抱いていたイメージと現物のギャップに驚かされたという経験は、決して少なくない。


別の話を持ち出してみよう。
本当に重要な話をするときには、このインターネット時代でもなお、担当者が現場に出張し、直接、話をするというスタイルを取る企業が多い。
たとえばマイクロソフトでも、重要な仕事をローンチするような場合には、本社から各国の sub に担当者が出向いて、あるいは各国から担当者が本社に集結して、ミーティングやカンファレンスを行なうのが常だ。

世界中の全社員がパソコンを介してネットワーク化されたマイクロソフトにして、いまなお「出張」の重要性が認識されているという事実に注目するべきだろう。マイクロソフトに限らず、どこの IT 企業もそうしているのは、「ドットコムバブル崩壊」の余波でアメリカのエアラインの業績に悪影響が出たという事実が証明してくれている。

「光ファイバー推進症候群」に取りつかれた日本政府には水を差すようで申し訳ないが、日本中に 10Mbit/sec の光ファイバーを張り巡らしたところで、人と人とが実際に会って話をする代わりになど、断じてなりはしない。

たとえとしてはあまり良くないが、以前、拙宅に送りつけられた「出会い系サイト」を宣伝するスパム・メールの中に、「バーチャルラブホ」なるものを吹聴していたメールがあった。そんなものをバーチャルで体験しても、面白かろうはずがない。ライブで経験する方がいいに決まっている (爆笑)。
これも、バーチャルがライブを超えられないという一例ではなかろうか。

そこまで極端な話でなくても、たとえばメールで連絡を取り合っている恋人達だって、本当はライブで逢いたいし、その方がいいと思っているカップルが大勢を占めるのではないか ?
ライブで逢うよりもメールの方がいい、なんていうカップルがいたとしたら、申し訳ないが、それはちょっとイカサマ臭いような気がする。

話の持って行き方がいささか強引だが…
世の中にはビル・ゲイツの悪口を書いたサイトが掃いて捨てるほどある。だが、そういったサイトの作者の中で、実際にビル・ゲイツと会って、話をしたことがある人は何人いるのだろうか ?

現物のことを見もしないで悪口を書いているのだとしたら、ちょっと滑稽だ。本当に税務署とやりあった内容を「実況中継」している私は、同じ「批判・悪口サイト」でも、そこが違う。


「IT 革命」といえば聞こえはいいが、パソコンをばら撒いたり、光ファイバーを張り巡らせば自動的に「革命」が起きるのだと考えているなら、それは大間違いだ。使い方に関するフィロソフィーが明快になっていない光ファイバー網など、「仏作って魂入れず」の典型である。

以前にも書いたことだが、IT の導入による情報の流れの変化をビジネスの形態や組織のあり方に反映させて構造改革を行なったり、膨大な量の情報から必要な情報をより分ける、「情報リテラシー」を一人一人が身につけてこそ、ホンモノの「IT 革命」が実現する。それには、誰もが自分なりにさまざまな経験を蓄積して、「見識」を涵養しなければならない。

「知識」は本や Web を読めば身に付くが、「見識」は一朝一夕には身に付かないし、それなくして「情報リテラシー」はあり得ない。
しばしば混同されるのだが、data と information と intelligence は別物なのだということを、石原発言をきっかけにして、皆が再認識する必要があると思う。

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