Opinion : 9 人の利益 vs 数十万人の利益 (2001/10/8)
 

世田谷区内で進行中の小田急線線増・立体化工事に関し、「国の事業認可は違法のため取り消せ」という趣旨の迷判決が出た。マスコミ各社が大騒ぎしたので、地元でなくても、御存知の方も多いだろう。

これのどこが迷判決かというと、すでに進行中の工事に対して原状回復を求める内容か盛り込まれていないので、「工事そのものは違法だが完成する」という滅茶苦茶な状況を現出させている点だ。

その一方、マスコミではあまり取り上げられていないが、この判決で重要なポイントの一つは、120 人あまりの原告のうち、「原告適格者」として認められた人数がとんでもなく少ないという点だ。なんと、わずか 9 人である。

地下線化が適切なソリューションかどうかという点については、99 年 11 月 17 日付のコラム「小田急高架複々線をめぐる騒動に思うこと」で取り上げているので、今回は繰り返さない。むしろ、「個人の利益」と「公共の利益」をどこでバランスさせるべきか、という点から問題提起をしたいのだ。


世田谷区内で小田急の車窓を見ていれば分かるが、「高架化反対、地下化推進」とわめいている人の数は、決して少なくない。沿線に林立する立看板 (といっても、ひところより少なくなったと思うが) の多さを見ていただきたい。
なによりも、毎日、満員でノロノロ運転の電車からこういうエゴ丸出しの看板を見せられる乗客の立場にもなってみろ、といいたいのだ。

しかも、裁判の席で「原告適格者」と認められた人の比率が原告全体の一割以下だったということは、それ以外の人は、言い方は悪いが、「尻馬に乗って騒いだ」といわれても仕方なかろう。実際、近所付き合いの手前から運動に加わっていた、という人もいると聞く。

この件は、極端な言い方をすれば、「9 人がゴネてるために、数十万人の足に影響が出ている」ということになる。新聞もテレビも「公共事業見直しの潮流が云々」などとピント外れなことばかりいっているが、「環境保護」だの「公共事業見直し」だのという美辞麗句でカムフラージュしてみても、所詮、「利用者不在」という感は拭えない。

もちろん、有無をいわさず沿線の土地を強制的に召し上げて線増工事をするというのなら、それは確かに人権蹂躙だ。だが、小田急も東京都も、そんなことはいっていないし、していないだろう。ちゃんと対価を支払うなり、あるいは代替地を用意するなりした上で、用地の取得を行っているハズだ。

となれば、代替用地がよほど不便な場所にでもない限り、土地を提供する側に甚だしい不便が生じるとは考えにくい。むしろ、やかましい線路際から離れられれば結構ではないか、とさえいいたくなる。

本音の部分でどういう事情があってゴネているのか知らないが、かくのごとき大騒ぎを引き起こし、線増工事の足を引っ張って数十万人の足に悪影響を及ぼしてまで死守しなければならない「個人の利益」があるのかどうか、疑わしく思えるのは私だけだろうか。

たとえば、梅ヶ丘駅の東方では、1〜2 軒の建物が頑張っているため、そこだけ高架橋の築造が遅れた。高架橋がつながっていなければ、ギャップが 1m でも 100km でも同じことだ。その 1〜2 軒のために、工事は大きく遅延している。これはまごうかたなき事実である。
祖師ヶ谷大蔵では、線路脇のビルが 1 軒だけ頑張っているため、下り線のホームが途中で切れてしまっている。このままでは、フルスペックの 10 両運転は不可能だ。もっとも、小田急の各駅停車は (祖師ヶ谷大蔵は各駅停車しか止まらない) 8 両編成だから、さしあたっての実害はなさそうだが、傍迷惑なことに変わりはない。

よほど極端な不利益をもたらす工事をやっているというのならともかく、それなりの補償も提供されるというのにゴネ続けているというのは、個人の権利の主張という域を逸脱した、単なるエゴである。

しかも、さらに腹立たしいのは「環境」というお題目を使っている点だ。1960 年代ならいざ知らず、当世では「環境保護」という錦の御旗を掲げられると、それに抗うのは難しい。たとえ、筋が通った主張であってもだ。
正直いって今回の一件、「環境」というオブラートでくるめばどんな反対運動でも成立する、という悪しき前例を作ってしまったように思えてならない。こういうエセ環境運動がのさばったのでは、本物の環境保護運動が迷惑だ。

現実問題として、地平を走っている電車が高架に上がったからといって、それほど極端な騒音被害が発生するとは思えない。先に高架複々線が完成した狛江市内で、騒音がひどくなって大変だ、という騒ぎが持ち上がったり、小田急相手に訴訟を起こしたりしたケースがあっただろうか ?

そういう事情を無視して、「高架 vs 地下」という比較で騒音被害を持ち出すのは、はっきりいえば詭弁である。比較するなら、現行の地上線や、すでに高架複々線が完成している地域のデータも加味するべきだ。
それに、地下線にしたところで換気口から無視できない騒音が出てくるし、振動問題だって不可避だ。都心の幹線道路を見てみればよい。

かようにあやふやな論拠を持ち出してまで、「9 人の利益」は「数十万人の利益」に優先するものなのだろうか。そこのところを問いたいのだ。


このまま事態が進展すると、小田急の線増立体化は「違法な認可に従って工事が完成する」という股裂き状態になるだろう。となれば、原告側は「違法工事」という言質を使い、高い補償を小田急、ないしは東京都あたりからせしめる可能性があるのではないか。それらの負担は回り回って、最終的には他の住民や小田急の利用者に転嫁されることになる。それが正当な成り行きであるとは思えないのだ。

はっきりいえば、小田急の利用者が負担している特特工事の加算運賃は、線増立体化工事の早期完成によってスピードアップや混雑緩和という果実を得るためために支払われているのであって、ごくごく一部の沿線住民にゴネ得をもたらすために支払われているのではない。

そもそも、和解に応じないというところからして原告側の頑迷さが現れているといえるのだが、あまり自分たちの利益にばかりこだわって「数十万人の乗客の利益」を無視していると、末代まで恨まれますぞ、と申し上げておく。

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