Opinion : ハイ・ロー・ミックス (2001/11/19)
 

表題の言葉が広く知られるようになったきっかけは、米空軍が LWF (Light Weight Fighter) 計画として F-16 の採用を決めた頃だったと思う。つまり、高性能だが高価な F-15 ですべてを揃えるのではなく、安価でありながら十分な性能を持った F-16 で補うことで、全体のコストを引き下げようという考え方だ。

もっとも、F-16 は決して低性能な機体ではないし、機種が増えることによる兵站面での負担も、エンジンを共通化することなどで、ある程度軽減できたのではないかと思う。だからこそ、F-16 は今でもなお、米空軍の主力の座にどっかり座っているわけだ。

次世代に移行しても、その辺の事情は変わらない。「ハイ」はいうまでもなく F-22A ラプターであり、「ロー」は担当メーカーがロッキード・マーティンに決まったばかりの JSF だ。もっとも、JSF ともなると、えらく豪勢な「ロー」だという気もするが、「ハイ」の方がさらに豪勢だから、相対的な意味で「ハイ・ロー・ミックス」であることに変わりはない。


そこで日本の事情を省みると、兵器に限らず、日本人というのは何事につけ「スペック至上主義」というか、カタログ・スペックの立派なものばかり、やたら欲しがる傾向があるように思う。

だいたい、この国では昔から、「少数精鋭」「寡をもって衆を討つ」「純血主義」などの言葉が幅を利かせているが、いずれをとっても、スペックの立派なものを持つことの正当化につながるのではないか。

嘘だと思ったら、TV の時代劇を見てみればいい。どれをとっても「正義の味方」は一人だけ、あるいは少人数で、群がる悪漢どもを次々に斬って捨てる。冷静に考えれば、悪漢どもが一度にわらわらと襲いかかれば、どんな剣の達人でも負けるだろうと思うのだが、悪漢どもはどういう訳か一人ずつ順番に襲い掛かり、順番に斬られるのだ。

ああいう映像を見て育つと、「寡をもって衆を討つ」なんていう発想が知らず知らずのうちに身につくのだろうか。だが、誰もが時代劇の悪漢どもみたいに順番に襲いかかってくれるわけではない。そのことが分かってないと、少数精鋭の日本軍航空隊が多数の普通のパイロットを集めた米軍に粉砕された、太平洋戦争のようになる。

格闘戦重視の思想というのも、突き詰めれば空中戦をチャンバラと同じように見ていたせいではないかと思えるのだが、あいにくと米軍の空中戦のやり方は「衆をもって寡を討つ」ものだったから、数に押し負けてしまった。日本側には少数ながら腕の立つパイロットがいたのは承知しているが、たいていの場合、最後には数に押し負けてしまった史実が、そのことを証明しているのではなかろうか。


今は平和な世の中だし、航空自衛隊は何かにつけて "米軍規格" の空軍だから事情も違っているのかもしれない。だが、何も日本人の「スペック好み症候群」は軍事面に限ったことではない。いい例が、「フル規格新幹線欲しがり症候群」や「高速道路欲しがり症候群」だ。

鈴木宗男氏には悪いが、北海道にこれ以上、熊かキツネでも走らせるような高速道路を増やしてどうする。一般国道が十分に立派で、誰も彼もが制限 50km/h のところを 80km/h で走っているような状態で、だれが高い高速代を払ってまで高速道路に上がるだろうか。

こうした話は北海道に限らない。最近は忙しいのでなかなか遠出もできないが、以前にクルマを転がしてあちこち出掛けたときには、地方の幹線国道の平均速度が意外なほど高いのを、存分に思い知らされたものだ。

だいたい、私が 60km/h〜65km/h ぐらいで走っていると、後ろからトラックに煽られまくったのが北海道の幹線国道だ。おかげで私も "改心" して、後には 80km/h ぐらいで走るようになったが、これってスピード違反だよなぁ…

閑話休題。
そんな調子だから、これ以上田舎に片側二車線の御立派な高速道路を作ったところで、高速代を嫌って誰も乗らないのは間違いない。だが、地方自治体の首長諸氏は、「国土の均衡ある発展のために」高速道路を造れといきまいている。そんなもの、これ以上造ったところで、「国家財政破綻の原因を国土全体に均衡してばら撒く」ことにしかならない。

それならむしろ、「ハイ・ロー・ミックス」の思想を取り入れて、市街地や峠道など、ボトルネックになりそうなところにだけ、従来の道路よりも設備を充実させて効率良く走れるようにしたルートを追加整備すればよいではないか。

多分、その方がはるかにコスト・パフォーマンスのいいソリューションだと思う。そういうことを考えずに「高速道路でなければ嫌だ」と駄々をこねるのは、単に「高速道路」と名のついたものが欲しいだけではないのか、と問い詰めたくもなる。

新幹線だって事情は同じだ。確かに、新幹線というのは極めて効率の良い輸送システムだが、それはある程度まとまった需要があってのこと。需要もないところにフル規格の新幹線を作ったところで、建設費で足が出るのは間違いない。

とはいえ、高速道路や航空機との競争を考えれば、鉄道が明治に造られた在来線を引きずったインフラのままでいいとは思えないので、それだったら、ボトルネック区間にだけ新線を建設した上で山形や秋田のように「新在直通」を選ぶ方が、よほど賢い選択だと思う。
ただ、単純な「新在直通」は必然的に在来線部分の改軌を伴うので、場所によっては貨物輸送ルートが寸断されるという問題がある。それを考えると、現在開発が進んでいるフリーゲージトレインは、なかなかいいソリューションだと思う。

フリーゲージトレインだったら、まとまった需要がある区間だけ新幹線の線路を利用して、そこから先は在来線に乗り入れてサービスを展開できるから、キメの細かさと高速性を、それなりに両立できる。もちろんフル規格新幹線より遅くはなるだろうが、オール在来線、あるいは新幹線と在来線の乗り継ぎよりはベターな解決だろう。


というわけで、「高速道路とフル規格新幹線欲しがり症候群」の諸氏においては、常に「ハイスペック」あるいは「フルスペック」のものばかり欲しがるのを止めていただきたいと思うのだ。もっと現実的に「ハイ・ロー・ミックス」ということを考えて、コスト・パフォーマンスの高いソリューションにも目を向けてみてはどうか、ということを申し上げたい。

もし、本当に「国土の均衡ある発展」という錦の御旗を信じているのならば、これ以上、都市部の住人から収奪した資金を自分たちの地元に巻き上げることばかり考えないでいただきたいのだ。それはどう見ても「均衡ある発展」とはいい難い。
もちろん、日本の地方自治体の首長や国会議員の多くが、その力量を「国からどれだけの資金を引き出して地元に落としたか」で評価されるのは知っているが、そんな評価の手法は、それ自身が狂っている。

率直にいえば、「国土の均衡ある発展」というのは言い訳で、早い話が「自分達の評価を上げて、ついでに虚栄心も満たすため」というのが本音ではないのか、と勘繰りたくなるのである。右肩上がりの成長が期待できない情勢下では、「ハイ」だけを要求するのではなく、「ハイ・ロー・ミックス」という発想への転換も必要ではないのだろうか。

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