Opinion : 「スペック指向」も、ほどほどに (2002/01/28)
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私が仕事のフィールドにしている IT 業界にしても、その他の業界にしても、「日本人というのは、スペックにこだわることが多いなあ」と思わされる事例に頻繁に出くわす。
たとえば、自動車雑誌では新型車が登場すると、すぐに「筑波のラップタイムが何分何秒」とか「ゼロヨンが何秒」という数字が出回る。PC 業界でも、新しい CPU やマザーボードが出るたびに、ベンチマークの数字が乱舞するのはお約束だ。
でも、それと同レベルの運転をするドライバーが、いったい何人いるというのだろう。
政府にしてからが、「光ファイバーを使った高速ブロードバンド回線の普及がどーたらこーたら」といっている。その高速回線を使って何をするかという話はそっちのけでだ。
お隣の韓国が先に ADSL を普及させて「IT 先進国」というイメージを植えつけてくれたので、「韓国が ADSL なら、こっちは光ファイバーだ」と対抗意識を出しているように見えてならない。
第三世代携帯電話にしても、「世界初のサービス開始」ということ自体は「頑張ってるなあ」と思うが、そこで何をするのかという話が見えてこない。テレビ電話だの映像配信だのというのは、なんだか「せっかく帯域が広がったから、リッチコンテンツでも流してやれ」という発想の産物に見えなくもない。
結局、いずれにも共通するのは、「スペックの立派なもの」を整備することにばかり注力して、「それで何をするのか、どんなメリットがあるのか、誰もが気軽に使えるものなのか」という話が後回しになっている点だと思う。
最近の手っ取り早い例では、「高速インターネット接続」がある。
YAHOO! BB の登場以来、8Mbps 級の G.992.1 を使ったサービスが一挙に普及し始めたが、正直な話、「そんなに急いで、どこへ行く」という気もする。
携帯電話と同じ発想で、「ブロードバンド = 動画や音楽のライブ配信」という発想はあちこちで見られるが、それを本格的にビジネス展開しようとすれば、著作権保護や課金管理など、考えなければならないとはたくさんある。そういうボトルネックをおしてまで「ブロードバンドでライブを見る」というニーズが多いものなのか、再検討が必要ではないか。
で、「わざわざ有料のコンテンツまでは見たくない」というユーザーが高速回線を手に入れて、いったい何をやってるかというと「速度測定サイトで速さを調べて悦に入る」ということだったりするらしい。滑稽の極みである。
去年も、2 ちゃんねらに血祭りに上げられた某電波スパマーが「YAHOO! BB に申し込んだぞ」と、高速回線を水戸黄門の印籠か何かと勘違いしたようなことを書いて自慢し、そして無視されていた。まったくもって、愚かなことである。「速い回線」を持っているだけでは自慢にならないのだ。速い回線を、何か有効に活用できれば、まだしも自慢になるのだが。
正直な話、個人的には「速い回線が欲しい」と思ったのは Windows 2000 の SP2 をダウンロードしたときなど、メガバイト単位のファイルのやり取りが発生したときぐらいのものだ。
それとて、拙宅は (遅いとはいえ) 定額・常時接続だから、多少回線が遅くても時間をかければ解決する。そうなると、たまに発生する需要のためだけに、定常的に出費を増やして高速回線を整備しようという気がなかなか起きないのも無理はない。
そう考えると、むやみやたらに高速な回線にカネをかけるよりも、そこそこのスピードの回線を安価に多数提供することの方が、むしろ全体的なメリットが多いのではないか。第一、アクセス回線ばかりむやみに高速化しても、今度はバックボーンやサーバがボトルネックになって、クライアント側の高速性能を持て余すのがオチだ。
それでも、ADSL の場合は事業者各社が大出血・体力勝負状態で価格競争に走っているから、サービスが比較的安価に提供されている分だけ、まだしも状況はマシといえる。その点で救われないのが、NTT ドコモの「FOMA」でなかろうか。
「FOMA」が伸び悩んでいる理由はいろいろあるだろうが、やはりコスト高が嫌われているのは確かだろう。これから普及すれば安価になる…というシナリオも考えられなくはないが、全国展開のために必要とされる膨大な設備投資を考えると、どうだろう。それでもたついている間に後発の第四世代携帯電話が流行ったりした日には、「FOMA」は万里の長城になってしまう。それでは NTT ドコモもユーザーも幸せになれない。
同じことが、政府がぶち上げている「光ファイバー」にもいえる。確かに光ファイバーは安定した高速サービスを提供するのに最良のソリューションだが、それを各戸まで個別に引き込む必要があるかというと、コストとメリットを天秤にかけたときに、疑問が残る。
ちょっと強引な例えだが、個別に 100Mbps の光ファイバーを引き込んで月額 1 万円の料金がかかるのと、同じ回線を 10 件で共用して月額 1,000 円で済ませるのと、どちらがトータルで見て幸せなのだろうか。
別に、すべての家の中まで光ファイバーを引き込まなくてもいいと思う。必要なところはもちろん引けばいいが、必要ないところまで引くことはない。末端部分に限定してメタルを使うなら、VDSL や HomePNA みたいなソリューションもある。
正直な話、個別の家庭に光ファイバーを引き込んで幸せになれるのは、スペック自慢の種が増える政治家と役人だけではないか。「設計最高速度 180km/h の第二東名」という万里の長城を造っている、日本道路公団の二の舞だ。
もちろん、スペックの優れたものを作る努力をすることも重要だが、コストとパフォーマンスのバランスというものもある。また、モノによっては、優れたスペックを発揮させるために手間がかかりすぎるという事例もある。
私はハードウェア系の記事を書かないこととも関係するが、拙宅の自作 PC はやたらにハイスペックを追求するより、安定性や、さまざまな OS が稼動することを重視した陣容になっている。これも、「スペック好み」を放棄した一例といえるハズだ。どんなに高性能のマシンでも、安定稼動させるためにやたらと作業が要ったり、コストがかかったりするのでは困るのだ。
ふと思ったのだが、ゲートウェイが不景気でデルが絶好調な理由のひとつも、この辺にあるのかもしれない。
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カネや手間がかかり過ぎた上での「ハイスペック」よりも、安価で手間要らずの「ミドルスペック」の方が、却って皆が幸せになれる場合もある。どんな分野にもいえることだが、過度の「スペック指向」はそろそろ止めようではないか。
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