Opinion : 結局、最後は殺し合い (2002/4/29)
 

いきなり物騒なタイトルで申し訳ない。

「日記」にも書いたが、先日、映画「ブラックホーク・ダウン」を見に行った。ソマリアで悪戦苦闘するアメリカの特殊作戦部隊の模様を映画化したものだが、予想以上に強烈な印象の映画だった。

といっても、負傷兵を治療する「流血場面」で私が貧血を起こしたとかいう話ではなくて、今日の本題は「結局、戦の本質は同じ」ということだ。


自分が戦場に行ったことがない身でこんなことを書くと怒られそうだが、あえて書いてみようと思う。

湾岸戦争で「戦争のテレビゲーム化」という批判が出たのを皮切りに、無人偵察機や無人戦闘用機、戦闘用ロボット、といった、かつては SF の世界にしか存在しなかったものが、どんどん現実になろうとしている。

また、そうした資産から得られた情報を通信網で連結し、リアルタイムで戦場の状況を「神の視点」から俯瞰して、情報面での優越を生かして最善の作戦を取れるようにする、いわゆる「RMA」という考え方も出てきている。

だが、それらはあくまで「補助手段」であって、最後は歩兵やパイロットが一対一で殺し合いをするのは同じじゃないか、ということを、最近になって再認識させられた。もっとも、これは私が最近になって、特殊部隊関連の本を多く読み漁っているせいかもしれない。

「ブラヴォー・ツー・ゼロ」でも「SAS セイバースカッド」でも、もちろん「ブラックホーク・ダウン」でも、暗闇の中で敵と至近距離の撃ち合いをやっている。いや、別に特殊部隊じゃなくても、「熱砂の進軍」を読むと、第 VII 軍団の M1 戦車にイラクの兵隊がわらわらとよじ登ってきた話が出てくる。

アフガニスタンでも、敵が罠を仕掛けて待ち伏せていた (らしい) 場所に米軍がヘリで突入して、とんでもない撃ち合いになったという。お得意の「情報面の優越」はどこに行ったんだよと思うが、情報があろうがなかろうが、最後は一人一人の兵士にかかっているということを再認識させるには十分ではないか。

そんな話を聞いてもなお、「戦争のテレビゲーム化」なんて寝言がいえるとしたら、どこかトチ狂っていると思う。なにも、「戦争が悲惨だ」というのは、爆撃されて家を焼かれるとか、ひもじい思いをするとかいう「銃後」レベルの話に限らない。最前線だって、いろいろな意味で悲惨じゃないか。


特に、戦線の後方に潜入して隠密行動をとることが多い特殊部隊の場合、いろいろ読んでいると、補給面で苦労が多いという印象がある。命中精度の高い自動小銃や発射速度の速い機関銃があっても、すぐに故障してしまったり、撃つ弾がなくなったりすれば、それは単なるゴミ。

「ブラヴォー・ツー・ゼロ」は、燃料補給の苦労と隠密性を考えて徒歩のパトロール隊を編成しているし、「SAS セイバースカッド」では、燃料が不足してヘリやトラックで緊急補給を受ける場面や、戦闘の真っ最中に M2 重機関銃が故障する場面が出てくる。やはり兵站は大事なのだ。

最近、米特殊作戦軍が「AK-47 の弾を撃てる M16」を開発させたというニュースがあったが、そのニュースを JDW で読んだとき、敵に取り囲まれて弾の残りを気にしながら M16 やミニミを撃ち続けていた「ブラックホーク・ダウン」の一場面を連想した。

確かに、(不幸なことに) AK-47 ならどこの紛争地帯にも出回っているから、AK-47 の弾なら入手に苦労はなさそうだ。敵のストックを分捕って撃つことができれば、補給面の苦労は軽減できるかもしれない。
これを単に「グッドアイディアだ」と褒めるのは簡単だが、正直な話、そこまで考えないといけない特殊部隊の厳しさ、の方がズシンときた。

ついつい、兵器のスペック表ばかり気にしてしまいがちな我々軍オタは、「そんなんで性能が確保できるのか」なんて考えがちだが、現場の人間にいわせれば、カタログ性能が良くても弾がない銃より、多少カタログ性能が悪くても弾が出る銃の方がいいというだろう。

もっとも、私が感じる「厳しさ」なんぞ、現場の人間のそれに比べれば、屁みたいなものだとは思うけど。


だから、私は漫画家の小林某氏のように「戦争は悪ではない、必要だから戦うのだ」なんていう類の、調子のいいことはいいたくない。常々書いてることではあるが、戦争しないで済むなら、その方がいいに決まっている。何らかの対立がある局面でも、軍事力が抑止効果を生んで戦争以外の解決策が出てくるなら、その方がいい。

情報面の優越があろうがなかろうが、結局、最後は一対一の殺し合いで流血の惨事が続発するということが抑止力になればいいのだが、これが成立するのは、ある程度民主的な国家同士の紛争どまり。国家指導者が国民の生命などなんとも思っていない独裁国家や、反政府ゲリラや各種テロリストが相手となると、相手は「大義のために死んでもいい」と思っている連中だから、この手の抑止が効かない。

だから、「対テロ戦争」では、今後もチビチビと流血の惨事が続くことになるのではないか。こんな歴史を飽きもせずに何千年も続けているのだから、まったく、人間というのはどうしようもない生き物だと思ってしまう。

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