Opinion : 速さは力なり (2002/7/1)
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なんだか、アルフレッド・セイヤー・マハンみたいなことを書いてしまった。
鉄道趣味に浸っている人はたくさんいるが、「速さ」に惹かれる人となると、どれぐらい多いものだろうか。どちらかというと少数派なのかもしれない。ところが私は変り種 (?) で、むやみに速いものが好きだ。
折から、JR 東海と JR 西日本が、次世代新幹線車両 (仮称「N700 系」) を共同開発するというニュースが入って来た。なんでも、品川新駅の開業に伴う所要時間のロスを補填するため、空気バネを使用した車体傾斜機構を取り入れて曲線通過速度を向上させ、所要時間短縮を図るのだという。
また、このニュースを聞いて「よおしっ !」と思ったのは、山陽新幹線における最高速度を 300km/h に引き上げるという話だった。
個人的に、700 系に対してもっとも不満に思っているのが、この最高速度の一件だった。もちろん、500 系が現行ダイヤには過剰性能になっていて、よりコストパフォーマンスを追及したかったという話も理解できなくはないが、先に 300km/h 運転が始まっているのに、後から出たものが 285km/h に留まるのは物足りない。
「たった 15km/h」などというなかれ。5%、消費税分の差があるのだ (爆)
まして、<のぞみ> の停車駅が漸増傾向にあり、所要時間が延びてきているのだから、それに対処するには、新幹線の場合は基本的に、最高速度で勝負するしかないではないか。「速さ」の対価として、利用者は少なからぬ追加料金を支払っているのだから。
所要時間を考えれば「食堂車」なんて無茶はいわないが、N700 系では、「速さ」に加えて「快適性」の追求も期待したい。ここでいう「快適性」とは、一人一人の乗客が大半の時間を過ごす、個々の座席まわりの快適性の話だ。
たとえば、乗り心地の面では改善の余地があると思う。特に山陽新幹線では、500 系も 700 系もトンネルに突入すると横揺れがひどくなる傾向があるが、これはなんとかならないものだろうか。スピードの違いはあるにしろ、JR 東日本の E2 系の方が、トンネルでの横揺れは少なく感じられる。座席で PC を使う人にとっては、この問題は意外と無視できないものだ。
(もっとも、E2 系は内装がなんとなく「雑」な感じで、この点では 500 系や 700 系の方がはるかによい)
あと、車両の話ではないが、緩急結合ダイヤに工夫をして、拠点間だけでなく、全体的な所要時間の底上げを図って欲しいものだ。「点」とではなく「線」で勝負できるのが鉄道の長所なのだから、それをないがしろにしてはいけない。
ともあれ、速くて快適な新幹線が登場するという話なら、素直に歓迎したい。ぶっちゃけた話、今の 700 系で行き止まりになったら、どうしようと思っていたところだから。
多分、石油ショックより後の話だと思うが、「ユックリズム」とか「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」なんていう標語が目に付くようになった。最近でも、ファストフードの対義語として「スローフード」なんていう言葉がもてはやされている。
だが、流行り言葉や標語がどうあれ、現実には「速いもの」が求められているのは事実だ。そうでなければ、首都圏と北海道の間の輸送需要の大半が航空機にシフトするという事態は説明がつかない。JR 各社がスピードアップに力を入れるのも、ボーイングが「ソニック・クルーザー」を開発するのも、みんな「スピードへの欲求」が根底にあるからではないか。
もっとも、整備新幹線や高速道路を欲しがる地方自治体が多いのは、速い移動手段を求めるという事情もさることながら、ステータス・シンボルを欲しいという心情が少なくないのではないかと思うが。
それを「国土の均衡ある発展」なんていう美辞麗句でごまかしてもらいたくない。
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そういえば、中学の同級生で「狭い日本、急いで行けば、なお速い」といっていた奴がいたが、一面の真実を突いている。なにしろ、現実は随所で「速さ」が追求されているのだから。
この「速さの追求」は、何も都市間輸送に限った話ではない。都市圏輸送だって同じことだが、その点、東京圏で暮らしていると、いささかフラストレーションが溜まる。
なにしろ、膨大な需要をさばくのが優先という東京圏では、スピードよりも安定したダイヤや経済性の方が優先されるから、京浜急行みたいな一部の例外を別とすれば、積極的にスピードを追求する動きが少ないのは歯痒い。
その点、JR 西日本が誇るアーバンネットワークのエース、223 系 1000/2000 番台は素晴らしい。JR 各社とも、お膝元の都市圏輸送には力が入っているが、その中でも「うーん、これに乗ってみたいぞ」と思わせてくれる車両、あるいは「こんな電車で通勤できていいなあ」と思わせてくれる車両というと、JR 西日本のアーバンネットワークが突出していると思う。次点は、JR 北海道の 721 系だろうか。
この 223 系と 721 系に共通する特徴として、近郊型のくせに (といっては失礼だが) 130km/h 運転をやっている点がある。線路条件の良さにも恵まれて、どちらもヘタな有料特急より速いのだから恐れ入る。しかも、全席クロスシートで、内装にもなかなか力が入っている。「速さ」に加えて「質感」を備えている点が素晴らしい。
JR 西日本にしろ JR 北海道にしろ、「押し寄せる需要をさばく」というよりは、「積極的に需要を創出しなければならない」という経営環境にある。そうした厳しい環境が、スピードと快適性の両立を生んだといえるだろう。
思うに、「ゆっくり」が持て囃されるのは、その対極たる「速さ」の追求があってこそだと思う。日常生活の中で「速さ」を存分に享受していられるからこそ、「遅さ」を追及する余裕ができるのだ。すべてが「遅さ」にシフトしてしまったら、各方面から不満の声が出るだろう。
つまり、「ゆっくり」を大事にしようという声が出るのは、相当な贅沢なのだ。まず、根底の欲求として「速さ」があり、それが充足されているからこそ、対極の「遅さ」を追及したくなる。「遅さ」を持て囃している人も、本音の部分では決して、世の中のすべてがスローになることを望んではいないと思う。
タイトルで「速さは力なり」と書いたのは、こうした「まず速さの追求ありき」という本音の存在を指摘したかったからだ。
話は脱線するが、「環境保護」にも似たような一面があるのではないか。日常の生活が充足されているから「環境保護」とか「地球に優しい」ということをいっていられるので、それを経済を成長させようと必死になっている国から見れば、「とんでもない贅沢な言い草」と映っているかもしれない。
かといって、経済のために環境を破壊しまくるわけにも行かないから、どこかで両者の折り合いをつけなければならないが、さて、どうすれば妥協点が出てくるだろうか。
多分、この「速さ」の追求には歯止めがかからないと思うし、それでこそ、技術の進歩もある。だから、速さを追及する欲求に無理してブレーキをかける必然性は、まったくないと思う。とはいえ、環境との両立や、特定拠点間ではなくトータルの所要時間短縮も忘れて欲しくはないが。
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