Opinion : "軍事行動" をちらつかせるアメリカの真意とは ? (2002/8/12)
 

アメリカがイラクに対し、また軍事行動に出るのではないかという話がチラホラと出ている。それを受けて、サウジアラビアが「基地を提供しない」とコメントするなど、いろいろと反応も出ている。

多分、私の耳に入ってこないだけで、あちこちで「反戦団体」がブーブーいっていることだろうし、広島や長崎の「平和宣言」で対米非難の論調がストレートに出てきたのも、こうした動きを反映したものなのかもしれない。

ただ、現実問題として、そう簡単に "花火が上がる" ものだろうか。


しばらく前に、アメリカが北朝鮮などを「悪の枢軸」といって非難していたことがある。では、アメリカが北朝鮮に向かってトマホークをぶっ放したかというと、そんなことはしていないし、する気配もない。
"Operation Enduring Freedom" が始まったときにも「世界戦争になるから反対」とわめいていた人がいたが、まったくそんな気配は微塵もない。

また、最近の米軍予備役に関する公開情報を見る限りでは、予備役動員は漸減傾向にある。湾岸戦争で痛めつけられたとはいえ、まだまだ強大な軍事力を保有しているイラクを相手に花火を上げようとしているなら、もう予備役動員にかかっていても不思議はないはずだ。

やや古いデータだが、湾岸戦争のときには大規模な予備役の動員が発生していたし、地上戦開始の 3 ヶ月前には第 VII 軍団がドイツからサウジアラビアに移動を開始していた。
少なくとも、ワシントンが軽装備の緊急展開部隊だけでバクダッドに攻め込めるとは考えていないはずだから、重装備部隊を動かす用意、そして、その重装備舞台を支える戦務支援部隊を展開する用意をしなければ、対イラクの本格戦争などできるはずがない。

せいぜい、突発的にできるのは、いつぞやの "Operation Desert Fox" のように、航空攻撃を主体にしたものに限定されるのではないか。それを考えると、近いうちに対イラクの地上戦が始まる可能性は極めて低いと思う。

それに、航空作戦を主体にするとしても、サウジアラビアの基地が使えないのでは、作戦が非常に非効率的になる。中央軍空軍 (CENTAF) の本拠地がサウジアラビアのプリンス・スルタン基地なのは周知の事実だが、ここをベースにしている限り、サウジアラビアの合意なくしてイラク相手の本格的な航空作戦は難しい。

タリバンが相手なら、ちまちまと小規模な航空作戦を展開する程度でも用が足りるかもしれないが、イラクが相手ではそうもいかないのだから、足場が確保できないのに花火を上げるのは難しい。

だいたい、湾岸戦争以降の大規模な軍事行動を見れば分かるが、アメリカが単独で突っ走っている事例は極めて少ない。必ず同盟国を巻き込み、「国際社会の正義」という建前を整えるように工夫している。

12 年前のように、イラクがどこかの国を侵略したという事実があれば、国際社会も「反イラク」で結束するし、だからこそ、湾岸戦争のときにはサウジアラビアも基地や港湾施設を提供しただけでなく、燃料や水の面倒まで見た。だが、今のイラクは「査察拒否」程度のことしかしていないのだから、それでは「反イラク」の国際世論はまとまらない。

そのことも、アメリカがイラクに対して大規模な軍事行動に踏み切る可能性が、決して高くないと考える根拠になる。ゼロではないが。


では、何のために「対イラク戦争」をちらつかせているのか、という話になるのだが、多分、「大量破壊兵器の査察」などの案件に関して、イラクに強力な圧力をかける狙いがあるのではないだろうか ?

特に軍事的圧力というやつは、「本当にやってくるかもしれない」と相手に思わせてこそ、効果がある。
たとえば、キューバ危機がいい例だ。SAC (懐かしい言葉だ…) は戦略爆撃機や ICBM をアラート体制に就けるわ、TAC は戦術戦闘機をフロリダ近辺に集めるわ、海軍はキューバに向かう船を監視して海上封鎖をかけるわ、ということになれば、さすがのソ聯にとっても無視できない圧力になる。こうした各種の行動が、ケネディの「本気」をモスクワに伝えることになるわけだから。

対イラク、あるいは対北朝鮮の、一連の「強気発言」も同じこと。過去に、"Operation Desert Fox" などでトマホークや航空攻撃を仕掛けた実績もあるし、「あまりアメリカを怒らせると、ひょっとすると仕掛けてくるかも」と相手に思わせることができれば、それを梃子にして何らかの譲歩を引き出せる可能性もある。

もっとも、相手がやけくそになって暴発する危険性もあるから、圧力のかけ方は難しいけど…

クラウゼウィッツを引き合いに出すまでもなく「政治と軍事は表裏一体」なのだから、軍事行動をほのめかす発言を額面どおりに受け取るだけでは、正しい事態の推移を見誤ることにならないだろうか。

まして、表向きの発言にストレートに反応して「戦争ハンターイ」とわめくだけでは、ことの本質を見誤る危険性もある。
実は、「軍事行動をほのめかす発言」は、何らかの政治的意図を実現するための道具であるかもしれないのだ。そんな可能性を考えながらアメリカの動向を注視することも、国際政治ウォッチャーには欠かせない視点だと思う。

実際、軍事力と政治力の複合効果を発揮させるという点で、アメリカは過去にも凄腕ぶりを発揮しているのだ。テロ事件を逆手にとって対アフガニスタンの軍事行動を起こし、タリバンを追い出した上で中央アジアに足場を築き、おまけに世界各国を「反テロ」で結束させるという流れが、たかだか半年足らずに間に実現したことを忘れてはいけない。

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