Opinion : 「あれ」から一年を経過して思ったこと (2002/9/16)
 

「あの事件」から一年経った。とりあえず、アフガニスタンからタリバンとアルカイダは (事実上) 追い出された格好だが、だからといって国が安定したとはいい難いし、世界的にテロの危険性が減ったともいえない。

とはいえ、アフガニスタンの現状に対する批判の中には、アフガニスタンに対する武力発動を断行したアメリカに対する非難をしたくて、間接的にアフガニスタンの現状批判をやっている向きもあるように見受けられる。
確かにアメリカという国は傲慢だし押し付けがましいしで、嫌われる要素は多い。とはいえ、良し悪しは別にして、アメリカを中心にして世界が回っているのは事実だし、そのことを批判してみたところで、何の解決にもならないのではないか。


以前にもどこかで書いたことだが、そもそもテロリストというのは話し合いが面倒くさいから力で解決しよう、という集団だ。国家同士の緊張関係なら、軍事面でバランスを取りつつ政治・経済・社会のレベルで段階的に交流を図ることで緊張緩和が図れる可能性もあるが、最初から話し合いという手段を放棄しているテロリストを相手に「話せば分かる」とは、なんともお目出度い考え方だといわざるを得ない。

だから、国家のレベルでも、国民を高度に思想統制して外部との接触を絶ち、他国との交流を拒否しているような国は、テロリストと同レベルといわれても仕方がない。どことはいわないが、北朝鮮やイラクのことだ。

おかしなことに、アメリカが軍事行動に訴えようとすると「反戦・平和」を叫ぶのと同じ人たちが、テロリスト、あるいは共産主義国の軍事行動に対しては、比較的、寛容な態度を示すように見えるのはなぜだろう。

古い話を蒸し返せば、ベトナム戦争では「ベ平連」ができたのに、ソ聯がアフガニスタンに攻め込んでも「ア平連」はできなかったし、ベトナムがカンボジアに攻め込んだ時もしかり。そんなダブル・スタンダードがあるものか。
かと思えば、アメリカの軍事行動を非難する一方で、太平洋戦争は正当化するという珍妙な言動に走っている人もいる。これも妙だ。

これも以前にどこかで書いた記憶があるが、とどのつまり、「反戦運動」のかなりの部分が「反米運動」とリンクしているように思えてならない。それでは本物の反戦・平和にはならない、イカサマではないか。テロリズムはいかん、でも軍事行動もいかん、というのなら、何か具体的、かつ現実的な対案を示してみてはどうか。


思うのだが、どんなテロリストといえども、無手勝流・無支援で活動できるということはないハズだ。たいていの場合、活動資金を提供するスポンサーと、人材面・精神面での後ろ盾が存在する。

たとえば、よくある「○○独立運動」が先鋭化して発生したテロリズムであれば、その独立運動が成就することによって得をする別の国家が、裏から密かに資金や人材の面倒を見る、というのはありそうな話だ。たとえば、パレスチナで自爆テロや武装蜂起が後を絶たないのも、パレスチナ人自身の先鋭化ということもさることながら、裏で誰かが騒ぎを煽り、糸を引き、武器を供給しているという背景があるのは間違いない。

アルカイダにしても、オサマ・ビン・ラディン自身が富豪であったということもさることながら、他にも資金援助話がいろいろ出てきているから、事情は似ている。また、アルカイダの場合は人材や武器供給の面で、タリバンとのリンクが効果的だったのかもしれない。

ということは、テロリズムを潰すには、軍事的な圧力だけでなく、こうした資金・人材・武器供給、そして精神的支援についても平行して潰す工夫が要るのではないかと思う。

ひとつの参考例が IRA ではないか。1990 年代に入ってから IRA の活動が先細りになった事情のひとつに、地道な「幹部狩り」が功を奏して、IRA が人材枯渇に陥っていたからだというのだ。また、民間からの "精神的支援" も先細りになってしまい、それが IRA のトーンダウンに影響したというのだ。

テロ組織といえども人間で成り立っているものだから、「なり手」がいなければ組織は維持できない。しかも、その組織をオーガナイズできる人材は、最前線の鉄砲玉よりはるかに貴重なもの。それらを地道に摘み取った上で、資金源を断って兵糧攻めにし、さらに必要とあらば警察力や軍事力を使って活動拠点を潰すことで、結果としてテロの目を物理的に摘むことができるかもしれない。

また、テロリストというのは何らかの民族運動などに便乗して事を構えることが多いものだから、テロリズムを正当化できるだけの「精神的支援」が要る。たとえば、アルカイダがパレスチナ問題を持ち出すのも、反米闘争の隠れ蓑としてパレスチナ問題を持ち出し、パレスチナ人やアラブ諸国の精神的支持を取り付けるのが手っ取り早いから。
それなら、そのような精神的支援を潰す工夫も、対テロ戦争のひとつの戦術として使えるのではないか。

ついでに書けば、テロというのは人身に恐怖を与えるのが目的だから、われわれ一般市民がテロに屈せず、日常生活を粛々と継続することは、それ自体、テロにダメージを与えることになる、ともいえる。


どうも、「対テロ戦争」とか「テロ対策」というと、国家同士の戦争と同じように「軍事行動賛成、いや反対」と単純な議論がまかり通りやすいのだが、もともと民衆の間に隠れ潜むのを得意とするテロリストを相手に、そんな単純な議論は通用しないと思う。

なにかと批判されることの多い "Operation Enduring Freedom" にしても、タリバンをアフガニスタンから追い出すことでアルカイダを雪隠詰めにするという成果は上がっている。そのことを無視して、単純に「戦争反対」などと「ためにする議論」をやってみても、テロ対策の役には立つまい。

オウム真理教に対する破防法適用見送り議論にも、同じことがいえる。人権とかどうとかいう以前に、オウム真理教が多くの国民の生存権を脅かしたという事実を、どう考えるのか。少なくとも、法的根拠に乏しい「転入届不受理」なんぞよりは、レッキとした法律である破防法で一気に潰す方が、よほどマシな対処だったハズだ。

まして、事件が起きるたびに特別措置法をいちいち作っている永田町は論外だ。
先に書いた内容を敷衍すれば、テロリストが何を目的として活動しているのか、そのためにどんなお題目を掲げて支持の取り付けを図っているのか、それを潰すにはどうすればいいのか、といった多面的な対策が、日常的に要る。場当たり的な「特別措置」では駄目なのだ。

少なくとも、武力行使賛成派も反対派も、(どこまで本気かはともかくとして)「テロがいかん」という点では一致しているのだから、それならそれで、○×式の単純な議論に陥らず、どうすればテロリズムの根源を断ち切ることができるか、というところまで議論を深めてみてはどうだろうか。なんか、上っ面をなめるだけの主張が多いように思えてならないのだが。

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