Opinion : 行政に対するチェック機構の不在を質す (2002/12/2)
 

「代議士も、選挙に落ちればただの人」という類の言葉を、ときどき耳にする。

実際問題として、与党も野党も多くの議員が組織の力を借りて議席を獲得しているわけで、そこに反映されているのは「民意」というよりも「支持組織の意思」である、というのが実情かもしれないが、それでも、制度として明示的にチェック機構が働いているという意味では、多少はマシではないかといえる。

問題は、「政」もさることながら、「官」、つまり行政機構だ。


さる 11/26 に、ストックオプション税務訴訟に関して、原告完全勝訴の判決が出た。判決文の内容を調べてみたが、以前から私が主張してきていることと符合する部分が多く、我が意を得たり、との感が強い。
ただ、この税務訴訟に関する最大の問題点は、実は「給与 vs 一時」という所得区分の問題ではないともいえる。これも、私が以前から主張してきているところだ。

そもそも、この訴訟が提起されるに至った原因は、国税当局が 1980 年頃からずっと「一時所得」と指示してきていたにもかかわらず、1999 年頃の NASDAQ 急騰を受けて態度を豹変し、海外親会社の株式を使用したストックオプションの権利行使に対し、突如として「給与所得」への解釈変更を表面化させたことにある。

しかも、解釈変更を各企業に対して明示的に指導するということをせず (少なくとも、自分がマイクロソフトに在籍していたときに、そのような指導を受けたことはない)、一時所得で出された申告書に対して、後から闇討ち的に追徴をかけたのは明白な事実だ。

それだけではない。これもすでに指摘していることであるが、追徴に出た時期が人によってバラバラである点も腑に落ちないものがある。この点については、(確定申告書の時効を意識して) 個別に 3 年分の申告書を溜めてから追徴に踏み切り、延滞税と過少申告加算税の加算を意図的に目論んだ疑いがある。
あいにくと、これは状況証拠に過ぎないが、少なくとも自分の場合についていえば、(ストックオプションが絡んだ) 3 年目の申告書を出した途端に所轄の税務署から電話がかかってきたのは、あまりにもタイミングが良すぎる。

当局の指導に従っていたものを、突然「申告漏れ」と指摘されたあげくに延滞税と過少申告加算税を巻き上げられて、素直に納得する人はいない。同一事案で訴訟が 50 件以上も提起されたのは史上空前の異常事態だが、経過を考えればむしろ、50 件で済んでいるというべきだ。今回の勝訴判決を受けて、ますます審査請求や訴訟提起は増えるだろう。

さらに問題なのは、2001 年 8 月に「マイクロソフトの申告漏れ」についてリークした際に、「当初から給与所得で指導していたにも関わらず」といわんばかりの、虚偽のリークを行った点だ。実際、マスコミ各社の報道は、こうした国税当局の意を体した内容になっていたことを考えると、一時所得として指導していたことを素直に表明したとは考えにくい。
マイクロソフトなら有名企業であり、独禁法訴訟などで世間の風当たりもあることから、スケープゴートとして格好だと判断したといわれても、そう簡単に否定はできまい。

私の知る限り、この件に関して正しい報道を行ったのは「週刊東洋経済」ぐらいのものだ。

これはもはや犯罪行為である。名誉毀損罪、あるいは侮辱罪で告訴されても文句はいえない。

さらに、そのことを訴訟の席で指摘されるや「誤指導だった」と言い出したあげく、延滞税と過少申告加算税を「天災その他の事由」と称して還付するという、珍妙な行動に出ている。おまけに、「所得発生の事情ではなく立場によって所得区分が決まる」などという珍説を披露している有様だ。

それだけでなく、「ストックオプションを賃金として取り扱うのは労働基準法違反」という労働基準局長通達について指摘したところ、「よその役所がなんといおうが、課税実務に際してはうちのやり方でやる」という趣旨の答弁書を堂々と出す始末。なかなか、いい度胸をしているではないか。自分を何様だと思っているのか。

では、そうまでして「給与所得である」と信じているのであれば、最後までそれを押し通すのかと思いきや、さにあらず。今頃になって「実は雑所得」という "予備的主張" とやらを持ちだし、悪あがきぶりを発揮している。

あれだけ「給与所得々々々々」と連呼してきたのは、いったい何だったのか。
まさに、「国税の傲慢と醜態、ここに極まれり」というしかない。

こうした事態に対し、最近になって国税庁は必要な「通達」を整えて整合性を取ったそうだが、「通達」なんてものは国税官僚の裁量で好き勝手に決められ、その内容に関して第三者のチェックが働かない「国税本位」の内容なのだから、そんなものを根拠として示されても、日本国憲法 84 条に定められたところの「租税法律主義」に適っているとは言い難い。


どうしてこのようなことになっても国税が平然としていられるのかといえば、国税に限ったことではないが、行政に対してはチェック機能がまったく機能していないからだ。国会議員は悪事を働けばクビにされる、あるいは選挙で落選する可能性があるが、官僚がこの種の国民に対する裏切り行為をやらかしても、それがレッキとした違法行為で刑法犯になるような事案でもない限り、クビが飛ぶことはない。

むしろ、今回の一件など、最初に「給与所得にしよう」と言い出した人は、数百億の追徴を獲得できたということで、手柄を認められてとんとん拍子に出世した可能性すらある。具体的に誰かは知らないが、(最初に解釈転換を行った) 東京国税局幹部の誰か、と考えるのが妥当だろう。
今頃、そいつがどこで何をしているのか、知りたいものだ。

おまけに、国税庁が「第三者審査機関」と称する国税不服審判所は、重要な採決を出す際には国税庁長官にお伺いを立てなければならない、と規定されている (国税通則法 99 条) 立場であり、しかもスタッフの大半は国税関係者、それも次期署長候補がゾロゾロだと噂されている。
どこが第三者審査機関だ。笑わせるな。被告が裁判官席に座っているようなものではないか。

このような官僚の傲慢に対し、我々一般市民は、何のチェックもできない。もちろん、官僚のリコールを要求することもできない。これは、何か間違っていないだろうか。

そもそも、官僚、というか行政機構というのは、国民から預かった税金を使って、国民に対して行政サービスを提供する立場だ。たとえば、防衛庁なら国防の任という、市民レベルでは実行不可能な行政サービスを提供するのが仕事だ。
だからこそ、行政機構で働く公務員に対しては、「公僕」という言葉が使われる。

なにも、公務員は国民の奴隷となれ、などというつもりは毛頭ない。だが、(全員とはいわないが) 公務員が国民に対して威張りくさり、好き勝手な行動に出ていて、それに対してなんの責も問われない。責を問われるのは組織に傷をつけたときだけ、という現状は、明らかに間違っている。
国民に対する裏切り行為を働いた行政機構に責を問えない、というのはおかしい。今こそ、行政機構の暴走に対するチェック機構が必要だ。

もっとも、当の行政機構自身がそんな機構の導入を認めるはずもないので、これこそ政治の出番なのだが、その政治からして行政機構にいいように操られている始末。これでは日本という国の信頼にかかわる。

また、そうした官僚の傲慢を助長する一因になっている、国民の側の「公務員なら安心」「お上のやることなら安心」といった意識も、そろそろ捨て去った方がいいと思うのだが、どうだろうか。実際に、さまざまな分野で官業が示しているパフォーマンスを、民間同業種のそれと比較してみればいい。

それでもあなたは、日本の官僚機構を信じますか ?


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