Opinion : 真実は隠されている ? (2003/1/27)
 

いまのところ、石油製品の価格に大きな影響が出ていないので実感しづらいが、相変わらず、イラク情勢は緊迫している。アメリカもイラクも、一度振り上げた拳の持って行き所がなくなっているし、特にイラクは、これまでさんざん強がり発言を繰り返してきた手前、もはや「引っ込みがつかない」とでもいうべき状態ではないかと思える。

だから、ここでサダム・フセインがとこかの国に亡命でもしない限り、対イラク戦争が勃発する可能性は、残念なことに低くなさそうだ。戦争しないで済むなら、その方がいい。しかし、一方でも当事者がやる気になっていると、戦争回避の可能性は極めて低くなる。

気の早いことに、アメリカではすでに、イラクを制圧した後の再建計画まで、早手回しに検討を始めている。実際問題として、イラクが勝つとは思えないわけで、とりあえず「イラクが負ける」というのは既定路線として、「イラクがどう負けるか」というのがポイントだろう。いいかえれば、イラクが米軍に対して、どれだけ出血を強要できるか、という話だ。(それとて、湾岸戦争のことを考えると、結構怪しい話だと思う)


湾岸戦争のときにそうだったように、今回の対イラク戦争でも、サウジアラビア、あるいはクウェート側から攻め込むというのが、誰でも考えそうなシナリオだろう。実際、クウェートには米軍の拠点 (キャンプ・ドーハ) があるし、そこに師団単位で部隊を送り込もうとしている (と報じられている) わけだから、誰もがそう考えるのも無理はない。

だが、我々素人がそう考えるぐらいだから、イラク側が同じ考えに達してもおかしくない。となると、以前と比べれば弱体化しているとはいえ、無視できない戦力のイラク軍がイラク南部に展開することになる。もちろん、その中で本当にアテになるのは少数の部隊かもしれないが、それでもいるのといないのとでは、かなり違う。

そこで思い起こしたいのは、湾岸戦争の際に、主力の第 VII 軍団が、イラク-クウェート国境ではなく、その西側からイラク領内に攻め込んだ点だ。少なくとも、東部に比べれば相対的に守りを固めていなかったエリアだから、イラク軍が散々な目に遭わされたのも当然。
このとき、実際に花火が上がるまで、西側からイラク領内に攻め込むという話は出てきていなかったハズだ。もっとも、そんな話をマスコミに流したら、イラク軍の情報部門は CNN を見ているだけで仕事ができてしまうから、秘匿しておくのも当然だろう。

ということは、今回も同様に、表に出ている動静と予測は、むしろ外れると思った方がいいのではないかと思う。空母をペルシア湾に派遣し、UAE やオマーンに物資や戦力を送り込み、クウェートに重師団を投入し… と、イラク南部に視線を引きつける動きが目立つ。そうなると、本来の攻撃軸が、実は全然違う方にあったとしてもおかしくない。

といっても、イラク-イラン国境は論外だし、西側のヨルダンやシリアは政治的に面倒が多い。もしもイスラエルに米軍部隊を陸揚げして、そこからバグダッドに攻め登るなんてことになったら、イラクに対してイスラエルを攻撃する口実をくれてやるようなものだ。

となると、意外と「裏口」として可能性があるのは、北側のトルコ国境ではないかと思う。こちら側は山がちな地形が多いから、常識的に考えれば大規模な機甲部隊を送り込むのには向いていないのだが、そう考えること自体、そこに機甲部隊を送り込む理由になるかもしれない。
それに、トルコはレッキとした NATO 加盟国だから、GCC 諸国やヨルダン、シリアと比べれば、アメリカにとって「頼りになる」存在といえるし、地理的にも策源地までの輸送距離が短くて済むから具合がいい。

現に、米軍関係者がトルコ国内の飛行場や港湾施設の状況調査をやっているから、実は案外、南側から牽制しておいて、トルコとイラクの国境から別動隊をなだれ込ませて寝首を掻く、というシナリオが検討されているのかもしれない。そう思わせるのは、トルコがらみの動きがあまり聞こえてこないからだ。
(もっとも、アメリカがトルコに大軍を上陸させたら、すぐにバレるのではないかとも思えるが、特殊作戦部隊や軽装備部隊のように空輸展開できる部隊なら、秘匿しやすいだろう)

もっとも、このルートを取るとクルド人の居住エリアを通り抜けることになるから、クルド人問題を不必要に刺戟して、結果としてトルコの協力を得にくくなる (クルド人問題を抱えているのはトルコも同じだから) という可能性もある。

その代わり、北方から攻め込めば、サダム・フセインの出身地・タクリットをバグダッドより先に占領し、フセインの生家 (なんてものがあるのか ?) の前で米軍が記念写真を撮っている様子を CNN で全世界に放送できる、という余禄もある (笑)


戦争報道に際して、いつも報道管制がマスコミから批判されるが、実際問題として、これからどんな作戦を取るのか、という話をストレートにマスコミに流す馬鹿はいない。そんなことをすれば、敵の情報部門は仕事をしなくても済んでしまう。だから、少なくとも作戦行動の内容にかかわるような内容を報道させないのは当然の話だし、そのことを非難するのは的外れだと思う。

その考えに立脚すると、記者会見などで公表されてマスコミに流れてくる話というのは、ワシントンが見せてもいいと思っている話… というより、ワシントンが見せたい話、と考えるのが妥当だ。そして、それによってイラク側をなにがしかの方向に誘導しておいて、その後で裏をかいて全然違うことをやる。それぐらいのことを考えない方がおかしい。

そうなると、新聞やテレビが公開情報を元にして「対イラク戦争の作戦を予想する」なんて記事を載せたら、それはむしろ「当たるも八卦、当たらぬも八卦」ぐらいに思っておいた方が正解だと思う。(もちろん、この記事だって公開情報を基準にして書いているのだから、例外足り得ない :-)

戦争報道… というより、戦争の推移や全体の戦略を予想する報道については、往々にして「真実は隠されている」ものではないか。そのことを責めたてても仕方ない。
その代わり、めでたく勝利した後になって当局者が何か隠し事をしていたら、それは仮借なく暴き立てればよろしい。そこで報道管制なんてしていた日には、それは非難されても当然だ。

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