Opinion : 見苦しい、半可通の戦争批判 (2003/4/5)
 

「米軍大苦戦」とかいう報道が (ある種の人にとっては) 喜び顔で語られていたのもつかの間、たった 4-5 日の間に、「バグダッド中心部に M1 戦車」という映像が流される事態になってしまった。

その戦争に賛成するのも反対するのも自由だが、反対するならするで、せめて正しい情報、正しい歴史の把握をした上でモノをいってもらいたい、と思わされる事例があまりにも多い。全部あげつらっていたらキリがないから、二つだけ書かせてもらおうと思う。本当は月曜日にライブしようと思っていたのだが、特に後段部分の記事が、月曜日になってからでは「後出しジャンケン」みたいになりそうだったので、急いで土曜日に公開することにした。


「MOAB = 燃料気化爆弾」という嘘

例の 21,000lb 爆弾「MOAB (Massive Ordnance Air Burst)」のことを「燃料気化爆弾 (FAE : Fuel Air Explosive)」だと言い張る人が多いので、念のために確認してみた。なにしろ、JDW の記事を見ると「BLU-82 ディジー・カッターの後継者」とは書いていても「燃料気化爆弾」だとは一言も書いていないのだ。

追記

初出時に、BLU-82 を「正真正銘の燃料気化爆弾」と書いてしまったが、訂正。「-72」と「-82」を間違えた。
BLU-82 の中味は、GSX スラリーと呼ばれる物質が 12,600 ポンド。これは、硝酸アンモニウムとアルミ粉末とポリスチレンの混合物。もっとも、どちらにしても本当の FAE とは中身が違うので、厳密にいうと BLU-82 (や、似た中味を使う MOAB) が FAE とはいえない、という点に変わりはない。

まず、こちらのサイトによると、MOAB の中味は硝酸アンモニウム (硝安) とアルミ粉末をゲル化した物体だという。そこで、硝酸アンモニウムについて調べてみたところ、水を加えると激しく燃焼すると判明したが、酸化剤として酸素が必要だとは書かれていない。(FAE は、大気中の酸素を酸化剤として燃焼に使うので、結果的に周囲の酸素を奪って窒息させる効果がある。これ重要)
さらに、こちらのサイトに載っていたところによると、硝酸アンモニウムは、過熱や衝撃だけでも分解して酸素を放出すると書いてある。

つまり、周囲の酸素を奪うのが燃料気化爆弾やナパーム弾なのに、MOAB の中味は逆に、分解すると酸素を放出するのだという。正反対ではないか !
それに、燃料気化爆弾やナパーム弾の中身は、確か石油系の液体だ。MOAB のような硝安ではない。

多分、「Air Burst」=「爆風」=「ディジー・カッターの後継者っていってるし」=「爆風といえば燃料気化爆弾」という単純な連想ゲームで、よく確認もしないで「MOAB = 燃料気化爆弾」ということにされてしまったのだろう。
でもって、この勘違いを真に受けて「非人道的な燃料気化爆弾をイラクで使うな !」と書きたてている反戦運動家がゴロゴロいるのだから、なにをかいわんや。

ちなみに、硝安は化学肥料としても多用される物質らしいので、MOAB は意外とカネがかかっていない爆弾、なのかも知れない。

ついでに付け加えると、MOAB の炸薬に混ぜられているアルミ粉末に難癖をつけている人がいるらしいが、アルミが使われている理由は 2 種類考えられる。
そもそもアルミはどちらかというと燃えやすい傾向があるから、焼夷剤として使われた可能性を完全に排除することはできないが、それならそれで、マグネシウムとかジルコニウムとか、もっと使えそうな金属物質はいろいろある。むしろ、Mk.80 シリーズ通常爆弾でやっているように、炸薬の安定剤として使用されている可能性も考えられるのではないか。


「バグダッドで市街戦になってスターリングラード化する」という嘘

誰が最初に言い出したのか、「イラク軍は市街戦が得意」という話がどこからともなく出てきて、「バグダッドはスターリングラード化して米軍は敗退する」という話がまことしやかにいわれている。
もっとも、日本のマスコミの多くが「戦争反対」という錦の御旗を掲げている手前、米軍に有利そうな話をするのは心情的に憚られることから、イラク軍に都合の良さそうな話なら何でも飛びつきたいという深層心理が、こうした発言に走らせるのかもしれない。(「ベトナム化」にいたっては、アホ臭くて真面目に論評する気も起こらない)

だが、断言しよう。「スターリングラード化なんてことはあり得ない」

だいたい、「スターリングラードが云々」としたり顔に語っている人たちの中の何人が、スターリングラード戦の経過を正しく語れるのだろうか。せめてパウル・カレルの書いた本ぐらい読んでみれば、今のバグダッドと第二次世界大戦のときのスターリングラードが、戦略的にも戦術的にも、まるっきり異なる状況にあるのは明白なのだ。

そもそも、ドイツの第 6 軍は、スターリングラードに突入しようとして壊滅したわけではない。むしろ、スターリングラードの中心部は (血みどろの市街戦を経たのは事実だが) ほとんどドイツ軍の手に落ちて、北部の工場地帯だけがソ聯軍の手に残っていたというのが真相に近い。例の「レッド・オクトーバー」工場は、数少ないソ聯軍制圧地域のひとつだ。

それがどうして「ドイツ第 6 軍潰滅」という結論になってしまったかといえば、目一杯延びきったドイツ軍の後方補給線の防備が同盟国のイタリアやルーマニア任せになっていて、そこに強力なソ聯軍が冬季攻勢をかけて、後方遮断から両翼包囲、と話を進めてしまったからだ。いくら強力なドイツ軍といえども、真冬のソ聯で 33 万人が包囲され、補給物資がロクに届かない状況になってしまえば、勝てるはずがない。
その悲劇を助長したのが、「空輸で賄えます」などと大法螺を吹いたゲーリングや、ホトの救援部隊が突進したときに第 6 軍の退却を認めなかったヒトラーなのだが、その辺の話は本題ではないから措いておく。

しかも、ドイツ軍がスターリングラードの市街地をひとブロックずつ抜くのに手を焼いたのは、ソ聯軍が市街戦を徹底的にやったことに加えて、増援部隊や補給物資が、夜な夜な、ヴォルガ川の東岸から送り込まれてきていたことが大きい。それがなかったら、どんな名将が指揮していても、あれだけ粘れなかっただろう。

省みて、バグダッドはどうかというと、もともと最精鋭 (といってもタカが知れているが) の部隊はバグダッド周辺に布陣して米軍の爆撃に晒されていた上に、指揮系統はグチャグチャ。本丸が攻撃されているのでは、他所から増援部隊や補給物資を送り込むのもままならならない。おまけに、十年来の経済制裁のおかげで、イラク軍は手持ちの武器弾薬を食いつぶすしかない。ソ聯軍のようにどんどん補給が来るわけではない。
ついでに付け加えれば、イラクの首脳部にとっては、手持ちの戦力の何割かは自国の国民や兵士に張りつけておかなければならない。まったく、前からも後ろからも上からも撃たれる心配をしなければならないイラクの兵士が気の毒だ。普通、少なくとも後ろの心配 (味方から撃たれる心配) はしないのだから。

さらに付け加えれば、ソ聯軍がスターリングラードでやったような、敵軍の後方に対する両翼包囲をやろうとしても、それをやる部隊がいない。やったところで、米軍がプレデターやジョイントスターズを飛ばしていれば、たちまち見つかって JDAM やヘルファイアや MLRS をたんまりと御馳走してくれるのがオチだ。

そんな状況下で、どうやって「バクダッドをスターリングラード化」するというのだろうか。たまたま「市街戦 = スターリングラード = 米軍大苦戦」という単純な図式を、思いつきで口にしただけではないのか。
ついでに嫌味をいっておけば、しばらく前にイラク入りしたはずの「数千人の自爆志願の義勇兵」は、一体どこに行ってしまったのだろう ?


戦争に反対するのは自由だ。政府がやっていることに自由に反対意見がいえるのが民主主義国家のいいところで、イラクや北朝鮮では、そんなことはあり得ない。
だから、反対意見を述べること自体に反対はしないし、そうした意見が出ることを制限すべきだとも思わないが、せめて正しい情報と正しい知識に基づいてやってくれ、ということだけはいいたい。

先ほどの「対イラク戦争ベトナム化」もそうだが、「徹甲爆弾が劣化ウラン弾でできている」なんていう大法螺を吹いているのを見ると、とにかく戦争に関連するものは何でも非難しておかないと気が済まないという「結論先にありき」精神で、自分が先に決めてしまっている結論に都合のいい話を捏造してるだけじゃないか、こいつらは… と、むしろそっちの方が腹が立つ。困ったものだ。

ちなみに、俗に「バンカーバスター」といわれている米軍の徹甲爆弾には 2,000lb 級の BLU-109 と 4,700lb 級の BLU-113 があるが、どちらも特殊強化鋼製の弾体を持つ。徹甲弾の弾体に求められるのは「粘り強い堅固さ」で、劣化ウラン弾はむしろ焼夷効果と比重の大きさが買われているのだから、劣化ウラン弾を徹甲爆弾に使うという考え方が、根本的にどうかしている。
ところで、BLU-113 にレーザー誘導装置を追加した GBU-28 誘導爆弾には「ディープ・スロート」という別名があるが、さすがに、ポルノ映画のタイトルから持ってきた名前をそのまま公表するのは憚られたようだ (苦笑)

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