Opinion : アメリカは北朝鮮に攻め込まない (2003/6/2)
 

先日、在沖海兵隊を大幅削減し、オーストラリアに移駐させるという記事をアメリカの新聞が報じて、それに日本のマスコミが便乗して書きたてるという騒ぎがあった。ただちに Paul Wolfowitz 国防次官が否定する声明を出したので、これで事態はいくらか沈静化すると思われるが、冷静に考えれば、この時期に在沖海兵隊を引き上げるというのは、まことに考えにくい話だ。


そもそも、アメリカが何のために沖縄に海兵隊を置いているかといえば、中東やアジア各地に対する展開を容易にするという狙いもさることながら、やはり最大の理由は「北朝鮮に対するプレゼンス」ということに尽きる。
アジアの不穏要因というと中国の拡張主義もあるが、これは海軍と空軍が主役になっている部分があるし、海兵隊 1 個師団で中国陸軍を抑えられるとも思えないから、やはり「対北朝鮮」が主因と見ていいと思う。

軍事力を展開して「プレゼンスを示す」ことの最大の目的は、仮想敵国に対して無言の圧力をかけることだ。太平洋戦争の前に、アメリカが主力となっている戦艦部隊を軒並み真珠湾に前進させたのも、日本海軍に対してプレゼンスを誇示し、圧力をかける狙いがあった。それと同じことだ。

といっても、北朝鮮の陸軍は、在韓米軍 (第 8 軍) と沖縄の第 3 海兵遠征軍を合わせたよりもはるかに戦力が大きいから、単純に数の比較の問題というより、「アメリカは朝鮮半島情勢に介入する用意があるぞ」ということを示す、一種、象徴的な意味合いがあるわけだ。

それをオーストラリアに移動してしまえば、いくら軽装備で迅速な展開を身上とする海兵隊でも、朝鮮半島にパッと進出するのは難しい。北朝鮮が核兵器保有を認めるなどして火遊びを続けている時期に、海兵隊をわざわざ北朝鮮から遠い場所に引き上げれば、北朝鮮に間違った政治的メッセージを送ることになりかねない。いくらなんでも、ペンタゴンもフォギーボトムも、そこまで馬鹿ではあるまい。


では、イラクでやったように、アメリカが北朝鮮に大規模な軍事行動を仕掛けて、金王朝を崩壊させるかというと、それはないと思う。イラクでフセイン政権が瓦解した後で「次は北朝鮮だ」と煽る人が少なからずいるようだが、イラクと北朝鮮では事情が全然違う。

イラクの場合、巷間いわれる石油の件もさることながら、フセイン政権という不安定要因の消滅、最近になってアメリカ離れの傾向があるサウジアラビアに対する依存度低下と代替基地の確保、アフガニスタンとイラクの両方からイランを "挟み撃ち" にできるなど、政治的・軍事的なメリットが少なくない。

しかし、北朝鮮の場合は石油が出ない。しかも、北朝鮮が崩壊して韓国と一本化なんていうことになれば、韓国が経済的に支えきれず、共倒れするリスクが大きい。おまけに、緩衝地帯になっている北朝鮮がなくなって、韓国がじかに国境を接することになれば、中国だって喜ばない。下手をしたら、中国東北部にいる朝鮮族に対する刺激要因にもなりかねず、民族紛争の火種が増えてしまう。そうなると、回り回ってアメリカにとっても面白くない。

となると、(北朝鮮の人民にとって幸福なことかどうかは別にして) 北朝鮮という国家が存在することに、一定の価値はあるわけだ。
ただし、その北朝鮮が NBC 兵器を弄んだり、その NBC 兵器を第三国、あるいはテロリストに対して輸出したり、その他の手段でテロリストを支援したり、あるいは自らが (日本における拉致事件や工作船事件も含めて) テロ行為に手を染めたりすることになれば、それはそれで困る。

したがって、軍事的に考えれば、こちらから北朝鮮に攻め込んで平壌を占領する必要はない。北朝鮮が 38 度線を越えて南進してきて、韓国に脅威を及ぼすようなことさえなければよい。それなら、手持ちの韓国軍と在韓米軍、そして応援としての在沖海兵隊があれば、用が足りる。
そもそも、以前にも書いたことだが、朝鮮戦争の経過を見ていれば分かるように、北朝鮮が誰の後ろ盾もなく単独行動で南進してくるとは考えにくい。少なくとも中国かロシアを味方につけなければ、物資や人員の面で不自由してしまう。現在の情勢で、それは考えにくいだろう。

ただ、もし戦争ということになってしまった場合には、南進を抑えるために後方の補給路や指揮統制施設を叩く必要があるし、ヤケクソになってミサイルをぶっ放されても困るから、大量破壊兵器関連施設を爆撃や巡航ミサイル攻撃などで潰す必要がある。しかし、それは海軍と空軍と特殊作戦部隊の仕事で、なにも陸軍の機甲師団が出て行く仕事ではない。

それに、平坦な砂漠が多いイラクと違い、地形的に天然の要害だらけの朝鮮半島は、護るに易く、攻めるに難い地勢といえる。それを考えると、わざわざ犠牲ばかり増えて得るものが少ない北進戦術を取る理由はない。先に書いたような政治的要因を考え合わせると、北朝鮮はイラクと違って、「潰さず、暴れさせず」というのが現実的な対処なのではなかろうか。


そんなわけで、「南進を抑えるための圧力手段」として有用な在沖海兵隊を撤収するというのは、(少なくとも今の時点では) まったく現実的ではないし、アドバルーンとしても出来が悪すぎる。個人的見解としては、「当面、在沖海兵隊の撤収はない」と思うが、その一方で、「イラクと同様にアメリカが北朝鮮に攻め込む」というシナリオも考えにくいと思う。
「イラクに攻め込んだから、次は北朝鮮だ」と煽るのは、あまりにも物事を単純に見過ぎているのではないか。

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