Opinion : 戦うための軍隊と再建のための軍隊 (2004/1/12)
 

歴史をひもといてみると、そもそも戦争とは国家間の競争を武力で行おうとする行為であり、軍隊とはそのための道具、ということになる。だから、これまでの軍隊は「仮想敵国」の軍隊に勝つことを考えて、戦力整備や訓練を行っていればよかった。

その辺の状況が変わってきたのが、1990 年代以降ではないかと思う。冷戦思考に凝り固まった人たちは、冷戦の終結がすなわち世界平和時代の到来だと勘違いしたが、当時から業界筋では、低烈度紛争や地域紛争の多発が予見されていた。冷戦終結で世界に愛と平和の千年王国がやってくると勘違いした "平和主義者" が、そうした見方を無視してきただけだ。どちらが正しかったかは歴史が証明している。

だから、1990 年代以降の軍隊はしばしば、"敵国の軍隊" とは違ったものを相手にしている。対テロ活動や平和維持活動、NATO や EU といった複数国家の連合体による安定化活動・平和執行活動の類は、みんなこの分類に該当する。そうなると、従来のように「国家の手で養われている正規軍」を相手に戦争するのとは違った状況を想定した、組織・装備・訓練・ドクトリンが必要になる。


2003 年の暮れに、ペンタゴンが「DoD Considers Creating Stability and Reconstruction Force」というプレスリリースを出した。まだ検討段階であって正式に決まったものではないが、国家の再建や安定化任務に従事するための専任部隊創設を検討中、とのことだ。

明治以来の、攘夷思想とアメリカ相手のルサンチマン (その一因には太平洋戦争の敗戦があるだろう) に凝り固まった人達は、イラクで米軍相手の襲撃が止まないのを見て、内心では大いにはしゃぎ、米軍がイラクから撤退すべきだと主張する。
だが、単に米軍やその他の国の軍隊が撤退して、名目上は「イラク人の統治状態」になったところで、周囲からおかしな連中が入り込んでテロの温床と化している現状から見て、イラクが第二のアフガニスタンになってしまうのは間違いない。そうなってから国連が乗り込んだところで手遅れだ。アフガニスタンに代わってイラクがテロリストの策源地になってしまったのでは、テロに関わるすべての犠牲者、そしてイラク国民の犠牲が無駄になる。

もちろん、米軍に対する襲撃が続いているのは、首都やスンニ・トライアングルといった重要拠点を米軍が押さえているという点や、反米攻撃を煽る勢力の存在が影響している訳だが、無視できないのはアメリカの占領統治の拙さではなかろうか。ひらたくいえば、現地人の人心掌握が下手で、ついつい力任せにやってしまって余計な反感を買っている側面があるように思える。
その一因として、そもそもイラクに派遣されている米軍部隊は「戦うための軍隊」であり、カルチャーが違う土地の住民をうまく手なずけるための訓練など、たいして受けていないだろうと予想される点が考えられる。だからこそ、ペンタゴンも先のような検討を始めることにしたのではなかろうか。

国家相手の戦争に勝つための軍隊ということなら、今の米軍は最強だ。装備や訓練の面に加えて、情報武装という点では他国の追随をまったく許していない。だから、ヨーロッパ諸国がなんとか独自に追いつこうとして必死になっている様子が、毎週のようにやってくるニュースを見るとよく分かる。
だが、さすがに植民地支配の歴史が長いだけあって (そのことの是非はまた別の問題だ)、占領地で現地住民を味方につけるという点では、ヨーロッパ勢に一日の長があるように感じられる。もっとも、これが全般的にヘタクソだったのは太平洋戦争中の日本だって同じことで、他人のことをいえた義理ではない (もちろん例外はあるだろうが、ここでは一般論としてこう書く)。

今の米軍で、そのような任務に耐えられる人材がいるとしたら、真っ先に名前が出てくるのはグリーンベレーだろう。グリーンベレーや SAS について書かれたものを読むとよく分かるが、特殊作戦部隊にとって大きな仕事のひとつは「地元民を味方につけること」であり、そのために医療活動や土木作業を初めとする、さまざまな民心掌握工作 (hearts and minds という言葉が多用される) に関する訓練を取り入れている。これこそ、イラクで直面しているような戦後処理作業には必須の能力ではなかろうか。

また、地元住民の "hearts and minds" を味方につけることができれば、一般市民の支援なくしては活動が成り立たない反体制ゲリラ活動やテロリストの活動を根絶やしにする効果が期待できる。そういう観点からも、民心掌握工作の重要性は明らかだ。

しかし、撃ち合いの戦争に勝つために訓練されている通常の軍隊に、そこまでのレベルを期待するのは難しい。グリーンベレーや SAS が民心掌握工作に向いた人材を集めて訓練を実施できるのは、少数精鋭で人材を集められる特殊作戦部隊だからで、通常部隊に同じレベルを求めるのは難しい。米海兵隊のように「俺達は全員が特殊作戦能力を備えている」と称している例も、あるにはあるが…

となれば、冒頭で紹介したプレスリリースにあるように、軍隊として武装して敵対勢力に対抗する能力を備えつつ、一方では国家の再建や治安維持といった戦後処理任務にフォーカスした装備や訓練を施した専任部隊を設置する、という構想には、おおいに現実味があると思う。もちろん、ゲリラ戦に対処するための戦闘能力は必要だが、それは敵の戦車や航空機の大群を迎え撃つための能力とは異なった内容になるハズだ。


現実問題として、今のイラクのような場所で国家の再建任務に当たるのに、丸腰の民間人が自国と同じ調子で乗り込んで作業に当たれるとは思えず、これはやはり「軍隊の仕事」だと思う。だが、戦うためだけの軍隊では地元住民との間に軋轢が生じやすいから、そこに "reconstruction force" の存在価値が出てくる。

そういう見地から見ると、日本の "平和活動家" が主張するような、「危険なイラクに自衛隊を派遣するな」とか「自衛隊のイラク派遣は戦争につながる」とかいう類の単純極まりない主張は、まことにピント外れなものに見える。
もし、軍隊 (ないしはそれに類するもの - 苦笑) をイラクに派遣することで事態が悪化するとしたら、それは地元民の人心掌握に失敗して、ソマリアで起きたようにすべてを敵に回してしまう事態を招いた場合だ。それなら、そうならないような能力を備えた部隊を用意するというのが現実的解答であり、いきなり「米軍撤退」に話を飛ばすのでは、単なる反米運動といわれても仕方あるまい (どっちみち、その辺が本音だろうと思われるが)。

だからこそ、"戦うための部隊" とは別に "再建のための部隊" を設置して、戦後処理に当たらせるというのがもっとも現実的な落としどころではないかと思う。ただし、一定レベルの武装や戦闘能力は必要だから、民主党がいうような「自衛隊とは別組織」にするのは非現実的。むしろ、各国の軍の一部門としてこの手の部隊を設置した上で、NATO や EU のような多国間の共同構想にするのが現実的だと考える。(NATO が昨年に設置した NRF (NATO Response Force) は、それに近い構想だろうか ?)
さて、読者の皆さんは、どうお考えになるだろうか ?

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