Opinion : 趣味的面白さと現実の狭間 (2004/1/19)
 

鉄道でも自動車でも軍事でも何でもいえることだが、「趣味的面白さ」というのは往々にして、経済的事情などが原因となって現実的には受け入れ難いものになるようだ。

たとえば、個人的に新幹線に対する関心が深いが、東海道新幹線は趣味的観点から見ると、やや面白さに欠ける。なんといっても、主役の車両陣からして、100 系が引退した今となっては、300 系 J 編成×61 本と 700 系 C 編成×54 本の 2 種類しかない。
山陽新幹線や東北・上越・長野新幹線は、車両のバラエティという面では楽しい。だが、むやみに費用をかけられず、JR 東海みたいに編成単位でバッサバッサと取り替えられない「苦しいお家の事情」が原因で、こまめに改造や編成組み替えを行っている結果による部分が大きいわけで、そう考えると経営的にはつらい状況ともいえる。

経営や運用効率という観点からいくと、車種を少数限定として、さらに出入り口の位置やハコごとの定員まで揃えてしまっている JR 東海の流儀は、まことに理に適ったものといえる。しかし、これは趣味的なつまらなさを生む原因にもなる。


軍事の世界にも、似たような話はある。たとえば、空軍の戦闘機について、単一機種に揃えている例もあれば、複数の機種が入り乱れているケースもある。日本なんかはまだまだ可愛い方で、ギリシアや台湾のごときはアメリカ製戦闘機とフランス製戦闘機が混用されているから、整備・教育・訓練が大変だろうと、他人事ながら心配になる。インドのごときはソ聯製とイギリス製とフランス製が入り乱れているから、もっと大変なことになっているのではなかろうか ?

極端なことをいえば、「エリア 88」みたいに軍用機の展覧会みたいな状態になれば趣味的には楽しいが、あんな状態は整備・訓練・兵站の担当者にとっては悪夢だ。全部の機体を単一の機種に揃えてしまった方が、いろいろな意味で都合がいい。マルチロール戦闘機がもてはやされる理由のひとつには、機数だけでなく機種をも削減できるという点があるはずだ。

そう考えると、太平洋戦争中の日本は、戦力規模や開発・製造リソースの割には、航空機の種類が多過ぎたのではないか。確かに趣味的には面白いし、メーカーの技術者にしてみれば「俺の飛行機だ」といえるネタが増えることになるが、純軍事的観点からすれば、開発・製造リソースを少ない機種に集中した方が、少しはマシな結果になったのではなかろうか。
だいたい、開発チームが実質的にメーカーごとに一つか二つしかないにしては、大戦中に日本が送り出した軍用機の機種は多すぎるし、しかもそれぞれについて、細々したサブタイプの開発を次々に命じられているケースが目立つ。おまけに、大して数が出ない偵察専用機なんてものまで、いくつも新規開発している。これをリソースの無駄遣いといわずして、なんといおうか。

むしろ、その点ではアメリカの方がうまくやっていて、開発元以外のメーカーに同じ機種を生産させている事例が少なくない。たとえば B-17 や B-29 がそのパターンで、B-24 など開発元以外のメーカーが、本家と同等以上に大量生産している。また、数が少ない偵察専用機をわざわざ新規開発せず、戦闘機や爆撃機の流用で済ませてしまっているのも賢いし、エンジンの機種が比較的少ないのも理に適っている。こうしてみると、太平洋戦争は「マネージメントの敗北」でもあったわけだ。

そう考えると、烈風の開発中止を海軍から言い渡された際に「技術の筋を通さなければならない」といって開発を続行した堀越技師は、戦闘機の開発を通じて国防に貢献するための立場として見ると、いかがなものかと思う。もちろん、だからといって零戦開発などの功績が軽んじられるわけではないけれども、こと烈風の件についていえば、大戦末期の「非常時」に相応しいものだったのかどうか。


おっと、話が脱線した。元に戻そう。

趣味人は、往々にして趣味的観点からものをいってしまうので、現実味に欠ける意見を堂々と開陳することが少なくない。鉄道関係の掲示板など見ていると、「こいつは趣味的面白さや個人的満足感を基準にしてものをいってないか ?」といいたくなるような意見が投稿されているのを、しばしば目にする。

もちろん、個人の楽しみとして夢想する分には、どんな話でも「あり」だとは思うが、それを実現するよう提案する、あるいは求める段になってくると、いささか話が異なる。「それって経済的に成り立つの ?」とか「いささか非現実的じゃないの ?」といいたくなるような内容を大まじめに提案してみても、どれだけ相手にされるだろうか。

とはいうものの、あまりにも現実的・経営的な見地だけ考えると夢がなくなってしまうのも事実だ。多分、趣味的見地と現実的・経営的見地の両方から物事を眺めてみるのが、識見というものではないか。

自動車雑誌で日産車やホンダ車が絶賛される割にはトヨタの市場シェアが揺るがない一因は、もちろん販売力の件もあるにしろ、雑誌の編集者やライター陣の「趣味的見地」と実際の購入者の「現実的見地」に乖離があるのが一因ではないかと考えている。同じことが、他の業界にもいえたりしないだろうか。

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