Opinion : 計算されたリスクの原則 (2004/2/9)
 

ミッドウェイ海戦に臨むスプルーアンスにニミッツが出した指令の中に、こんな一節がある。

「貴官は、味方の艦隊を暴露することによって敵により大きな損害を与える見込みがなければ、優勢な敵艦隊による攻撃に味方の艦隊をさらすべきではない、という計算されたリスク (calculated risk) の原則に従うべきである」

これを平易な文章に訳すと、「成功の可能性がなければ無茶するな。だが、可能性があるならやれ」ということになるだろうか。十分な戦力を揃えるまでに時間がかかるのが分かっていた米海軍の状況からすれば当然の指令といえるが、いざ実行となると、なかなか難しい。
もちろん、失敗する可能性だけ考えて立ち竦んだ状態になっていたら、一歩も前に進むことができない。ちょうど、今の日本の社会状況はそんな調子で、過去の成功体験は忘れられないし、それと違ったことを今更のように始めるのはおっかないし、という立ち竦み状態にあるのではないかと思う。

だが、計算されたリスクの原則ということをちゃんと考えた上でのことなら、失敗するかもしれないけど、とにかくやってみろ、という姿勢も必要なのではないか。ミッドウェイ海戦におけるスプルーアンスは、ミッドウェイ島を空襲した日本の攻撃隊が空母に戻ってくるタイミングを狙って攻撃を仕掛ける決定を下し、さまざまな偶然も働いて、結果的に大成功を収めた。不利な全体状況の中で、もっとも有利になるタイミングを冷静に見極めることができたのは、尊敬に値する。


「不定期日記」を御覧になっている方は御存知の通り、最近、必死になって仕事を片付けては毎週のようにスキーをしに行っている。といっても、スキー場に出た延べ日数がやっと 2 桁に乗ったというレベルだから、上手いとか下手とかいう以前の話で、ちょっと違ったことをしたり、あるいは状況が変わったりすると、もう転倒ばかりしている。
それでも、失敗する可能性を考慮に入れた「計算されたリスクの原則」の下で、うまくいかない部分の原因を考えて、それを解消できるように練習を続けているところ。リスクを計算しないで破れかぶれになると事故や怪我の元だから、難易度を上げたり下げたりしている。といっても、なかなか身体がいうことを聞いてくれないのだが。

もし不幸にしてチャレンジが失敗に終わっても、私が常々いっているように、失敗の原因を把握して同じ失敗を繰り返さないようにできれば、最後に成功できる確率が上がるはず。失敗をしたことがないのでは、どこで転ぶか分からない。そちらの方が怖い。

仕事の上でも同じことで、「できること」と「できないこと」、そして「できそうなこと」を明確にした上で、「できること」の上に「できそうなこと」を積み上げる形でレベルアップを図るように心がけているが、これも一種の「計算されたリスクの原則」といえるかもしれない。
そこで重要なのは、失敗してもリカバリーが効くということと、成功したときに調子に乗って浮かれてしまわないことだと思う。ロンメル将軍の言葉を借りると、失敗したときにリカバリーが効かないのは、リスクではなく賭けという。

例の税務訴訟にしても同じことで、原告個人にとっては失敗してもこれ以上失うものはないから、リスクは計算できている (弁護士さんにとっては、成功報酬がなくなるという大問題があるが)。不幸にも一審敗訴に終わったものの、国側の考え方や突っ込みどころを掌握できたから、今は、こうした情報を活用して高裁で逆襲することだけを考えている。そう考えると、一審で勝って浮かれてしまうよりも、負けたところから逆襲する方がよかったかもしれない。いわゆる「後の先を取る」というやつだ。
リスクを計算した上で攻撃すべきポイントを把握できれば、後はミッドウェイにおけるスプルーアンスと同様、撃てる弾を片っ端から撃ち込むだけだ。

この、ストックオプションの課税問題で多くの納税者がカンカンに怒った背景として、最初は「一時所得」だといっていたものを、儲かっているなと見るや、突如として「給与所得」に解釈を変えた上で、さらに延滞税と過少申告加算税を賦課して、完全に悪者扱いにした点が挙げられる。この件に限らず、税務の世界では「通達」とか「解釈」が幅をきかせている、「租税人治主義」とでもいうべき状況がまかり通っているが、これでは「計算されたリスク」が成り立たない。会社経営や自営業に携わっている方ならお分かりの通り、日本で税務申告を行うことは、一種の「賭け」とでもいうべき要素を伴っているわけだ。

いいかえれば、権利行使益の所得区分に関する解釈がどうこうというのは表面的な問題で、本質的な問題は、この「納税者に賭けを強いている税務行政」の体質にある。リスクが計算できなければ、必然的にそれに対応する側の考え方は保守的になるし、思い切った行動に出ることが難しくなる。税務に限らず、日本の官僚社会全般にそういう体質があるように思える。(例 : 厚生労働省の、医薬品 TV 電話販売問題)
現在の日本の社会が、冒頭で書いたような立ち竦み状態になっている一因として、こうした、リスクの計算を難しくする要素の存在もあるのではなかろうか。


日本では全般的に、「失敗しないこと」「リスクを冒さないこと」が重んじられる。だから、親は子供に「安定した公務員になるのが正しい」と吹き込むし、いわれた側もそれを信じてしまう。しばらく前に、新幹線で隣の席に座っていた女子大生とおぼしき女の子の 2 人連れがそんな内容の話をしていたので、つい「そんなことでどうする」とどやしつけたくなった。本当に実行したら、ただの怪しい人になってしまうので踏みとどまったが。

しかし、安定志向とリスク回避にも限界がある。右肩上がりの社会状況で成功者の後をついて行っていればよかった高度成長期と違って、今みたいな乱世の時代には、もっとチャレンジングにならなければ駄目ではないか。とはいえ、単に破れかぶれになったら失敗したときに悲惨だから、そこで「計算されたリスクの原則に従うべきである」というニミッツの指令を思い出してみてはどうだろう。

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