Opinion : 目指せスプルーアンス (2004/3/22)
 

以前から私のサイトを御覧いただいている方は御存知の通り、レイモンド A.スプルーアンス提督のことを、個人的に非常に高く買っている。太平洋戦争で作戦の指揮を執った、日米海軍のあまたの将星の中ではスプルーアンスが最高だと評価しているのだが、なかなか賛成してもらえない。

スプルーアンスというとつきものなのが、「冷静さ」という話ではないかと思う。中でも、半藤一利氏の「『真珠湾』の日」(文春文庫刊) で、最後の方に出てくるエピソードがいい。

真珠湾攻撃があったとき、スプルーアンスは巡洋艦戦隊の司令官で、たまたま航海に出ていたので空襲に遭っていない。そして、母港に帰ってきたら味方の艦がボコボコにやられていて、米海軍関係者の中には、日本軍がすぐにでも上陸してくるのではないかとパニックを起こしている人までいたそうだが、そんな中でスプルーアンスは「日本艦隊はもう引き上げた」と判断したそうだ。その理由を訊かれて、

「さもなければ、我々はいま攻撃されていなければならないじゃないか」

と答えたという。周囲が予想外の事態であたふたしているときに、これだけ冷静な判断力を失わないというのは凄い。もっとも、それだからこそ「氷のように冷たい人物」なんていう評判を立てられることもあるわけだが。

そういえば、F1 ドライバーのキミ・ライコネンは「アイスマン」という綽名を奉られているが、そのライコネンも、いつもクールという評判があるらしい。決して、北欧の出身だからアイスマン、というわけではなかろう。


こんな調子だから、当然、スプルーアンスの伝記 (学研から出ている「提督スプルーアンス」のこと) も持っているが、不思議なのは、スプルーアンスの生まれ育ちや軍歴を見ても、こんな突出した冷静さを涵養する原因になるような、特別なイベントが見あたらないことだ。感情を交えない合理的な判断ということなら海軍大学時代の話があてはまりそうだが、そこで性格まで決まるだろうか。
それとも、本人が何かのきっかけで冷静さを養うべく修練を積むようになったのだろうか ? それはありそうな話だが、伝記を読んでいるだけでは分からない。若い頃に盲腸の手術を見学してひっくり返ったぐらいだから、特別に神経が太かったわけでもなさそうだ。(かく申す自分も、映画「ブラックホーク・ダウン」の流血場面で貧血を起こして倒れた。自慢にならないが)

以前、マリアナ攻略作戦で上陸部隊の掩護を優先して、日本艦隊の撃滅を後回しにしたスプルーアンスの判断を高く評価する記事を書いたことがあるが、これも、冷静に物事の優先順位に関する判断ができればこそ。現に、レイテでは日本の空母が出現したと聞いて熱くなったハルゼーが "ブル・ラン" をやらかしている。こちらは、あまり褒められた判断とはいえない。MSKK に勤めていた頃に、上司から「プライオリティを正しく判断しろ」とさんざんいわれた記憶があるが、この辺の話はいいお手本になる。

座って仕事をするのではなく、立って仕事をするように机をセッティングしていた、なんていう話を読むと、冷静さに加えて合理主義的な一面もあったようだ。立って仕事をすれば、報告その他で長々と時間を食うことがなくなる可能性は高いから。また、幕僚の数を増やしたがらず、少数の優秀な幕僚を集めて仕事をさせたところも、なかなか凄い。部下の頭数で地位の高さを測るような人なら、こんなことはしない。

合理主義というと、もうひとつ。艦隊司令官を務めていたときのスプルーアンスの朝食メニューはいつも同じで、コーヒーとトーストと桃の缶詰だったそうだ。これは、冷蔵庫がアテにならなかった昔の海軍でも常に問題なく利用できるメニューだから、という理由だったそうだ。筋は通っているが、飽きなかったのだろうかと思う。

また、若い頃に経済的に苦労した経験から、倹約家でもあったらしい。有名な話では、新しい軍帽が高いといって、徽章のデザインが古い昔の軍帽を、延々と使い続けていたエピソードがある。ただし、ケチではなかったので、たとえば子供の教育に関わるような話では出し惜しみはしなかったという。

往々にして、冷静さや合理主義が前面に出る人は人間味に欠けることがあったりするものだが、スプルーアンスはそういうわけでもなかったらしい。件の「提督スプルーアンス」にも、家族との関わりに関する話や、太平洋艦隊の参謀長を務めていた頃に、ニミッツにコーヒーを嗜む楽しみを覚え込ませてしまったエピソードが出てくる。


こうしてみると、ミッドウェイやマリアナにおける海戦指揮官としてのスプルーアンスはもちろん立派なものだが、それ以外の面でも魅力的な部分が多いように感じられる。いうまでもなく、他の将星にもそれぞれ違った魅力を感じる部分があるわけで、スプルーアンスだけが突出した魅力を備えているというわけではないが、個人的に共感できる部分が多いのは確かだ。
とはいえ、ハルゼーにしてもレイテで大失敗しそうになったものの、部下を大事にするところや、窮地において周囲を鼓舞するエネルギーは魅力的といえる。ただ、自分がハルゼーみたいになれるかというと、それは無理っぽい。

そんなわけで、まだまだ修養が足りないが、いつかはスプルーアンスみたいな「出来た人」になりたいものだ、と思いながら日々を過ごしている。はたして、この願望は実現する日が来るのだろうか ?

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