Opinion : 自己責任ということ (2004/4/19)
 

「自己責任」という言葉がある。コンピュータ、とりわけ自作 PC の世界でも、"with your own risk" という言葉でおなじみだ。例のイラクの人質事件に関するニュースを見聞きしていて、この言葉の意味を考えさせられた。


といったところで、いきなり話は変わる。
3 月に表万座スキー場に行ったとき、林間コースのスタート地点に上がるリフトに乗っていたら、コース以外の場所にぶっといシュプールが何本もあるのに気がついた。スキーであんな太いシュプールができるはずがないから、スノーボーダーの仕業に違いない。実際、スノーボーダーにはオフピステ (圧雪されていないフカフカの雪) 好きが少なくないようで、よそのスキー場でもしばしば、スノーボーダーがコース外を滑走している様子、あるいは滑走した形跡を見かけることがある。

日本の場合、コース外は立木がそのままになっていることが多いから、コース外のオフピステを滑れば、立木に衝突して怪我をするリスクを伴う。中にはオフピステを立ち入り禁止にしないで開放している珍しいスキー場もあるが、もちろんそこで怪我をしても自己責任で、スキー場を管理不行き届きで訴えることはできない。

そんなスキー場のひとつに ARAI がある (私はまだ行ったことがない)。「SKI MAPPLE」で ARAI のコースマップを見ると、「ここは気象状況に応じて解放されることがある」というコース外のエリアが何ヶ所か示されているのだが、その中のひとつに「ここが立入禁止の場合は絶対に入らないこと。下を初級者コースが通っているので、ここに立ち入って雪崩を起こし、下を滑っている人を巻き込んだ場合は過失を問われる。この言葉の意味を考えること」という物騒な注意書きが書かれている。

実は、イラクの人質事件を伝えるニュースを見ていて、しばしば出てきた「自己責任」という言葉から連想してしまったのが、この ARAI のオフピステの話だった。

オフピステを滑って、何か危険な事態に巻き込まれるといっても、発生する事態の中には、個人の責任範囲で収拾できるものと、そうでないものがある。たとえば、オフピステを滑って立木に衝突したとしよう。その場合の "被害者" は自分一人だから、自分が仕事を休むとか、怪我の治療費がかかるとか、そういう程度の話で済む。これなら、自分で収拾できるから、「自己責任」といっても大したことにはならない。

ところが、ARAI のコースマップにある警告文のように、立入禁止になっているオフピステを勝手に滑って雪崩を起こし、下を滑っていた他人を巻き込んで死傷させた日には、自分以外の人を巻き込んだ被害を起こしたわけだから、治療費その他の賠償責任も、その分だけ大きくなる。
しかも、立入禁止エリアに入って雪崩を起こしたとあっては、他の誰かに責任の一部、あるいは全部を転嫁することはできず、自分ですべてを背負い込む羽目になる。自動車のように任意保険が行き渡っている世界ではないから、全部まとめて個人で補償する事態になる。そうなったら人生の破滅だし、他人の人生まで巻き込んだ騒動を、簡単に「自己責任」と一言で片付けていいものかと思う。

余談だが、スキー場の入場者が自動的にスキー保険の対象になるケースはまれだ。そんな珍しいスキー場のひとつに NASPA がある。といっても、コース外滑走に起因する事故まで対象になるのかどうかは知らないが。

これを、イラクの人質事件に置き換えて考えてみよう。
人道支援活動でも、報道活動でも、イラクの中には生命の危険を伴いかねない場所があるわけで (なにしろ、あれだけ「戦争地帯だから自衛隊派遣反対」と運動した人がいるのだし、マスコミもイラクで物騒な事件が起きると我先に取り上げてくれるから、この点については異論はあるまい)、そういう場所に出向くことには、生命財産に関するリスクを伴う。ただし、自分の意志でイラクに出かけていって、拉致、負傷、最悪の場合は死亡する事態になっても、自分の意志で決めたことなら「自己責任」という言葉で片付けられるかもしれない。

ところが、「自衛隊撤退要求」なんていう、国策に関わる事態に首を突っ込んでくると、これはもはや「自己責任」の範疇を超えてしまう。国策に関わる事態は、日本国民 1 億 2,000 万人すべてを巻き込むからだ。
実際、イラクから帰国した "被害者" の中には、「イラク人が悪いのではなく、悪いのは自衛隊だ」などと余計な発言をしている人がいると聞く。こうなってくると、例の「3 日以内に自衛隊撤退」という要求も、被害者が犯人に入れ知恵したのではないかという見方が出てきそうだし、あながち否定できないような気がしてきた。

しかしである。もしも、自分の生命をダシにして国策を動かそうとしたのだとすれば (これはあくまで仮定の話である。為念)、それによって生じた結果のすべても、原因となる事象を引き起こした人の双肩に降りかかってくるのだ。それはもはや、先のオフピステと雪崩の話と一緒で、個人で背負える領域の話ではない。秋葉原でノーブランドの安いメモリを買って苦労するとか、英語版 Windows XP に日本語設定を追加して ATOK16 や日本語版 Office 2003 を使っているので動作保証外てんこ盛り、という類の「自己責任」とは次元が違うのだ。

これは、人質に限らず、この事件に便乗して自衛隊撤退を主張した人すべてにも、同じことがいえる。「人命は地球よりも重いのです」という美辞麗句で、人質の生命を助けるために自衛隊を撤退させるべきだと主張するのであれば、それに伴って発生する政治的・経済的リスクについての責任を負う覚悟があるのだろうか ? よもや、そんなことはあるまい。いうだけいって、それによって生じた事柄の責任を取らないのでは、まるでどこかの無責任官庁と同じだ。

だいたい、こんな美辞麗句を並べ立てる人に限って、"地球より重い" ことになっているのは「アメリカが起こした事件に巻き込まれて命を落とす人」に限られている。こういわれるのが嫌だったら、悪いことはいわないから、ブルンジやコートジボワールやソマリアやコロンビアやスリランカやリベリアに平和を取り戻すためのデモ行動を開催してみるべきだろう。話題性の高い戦争にだけ反対するのはインチキというものだ。


だから、"被害者" 諸氏にしろその家族にしろ、自衛隊派遣の是非について記者会見の席で云々するような真似は、するべきではないと思う。単に、渋谷や永田町でデモ行進するだけなら自由だが、人の生命という、誰も逆らえない名目に便乗して国策を左右しようとしたのだとしたら、それは不遜極まりない話だからだ。(繰り返すが、これはあくまで仮定の話である)
何はともあれ無事に帰国できたのだから、そのことについて感謝する発言をする分には誰も責めないだろう。それと、交渉その他に奔走した政府関係者のところに真っ先に出向くのが筋だと思う。一部でいわれているように、イラクに行くべきではない、とは思わない。自分の意志でそうしたいのなら行けばいいが、その結果として生じた事態や付随するリスクについては自分で引き受ける。それが「自己責任」というものではないか ?

一方で、「自己責任」という言葉を妙にひねくれて解釈して、かかった費用の負担を要求する、などといっている政府・与党関係者も大人げないと思う。だが、こんな大人げない態度を引き出してしまった一因には、例の「人質と引き替えの自衛隊撤退要求」や、それに関連する家族などの発言、それに便乗した諸氏の行動があったのではないか。本当に国が 20 億円も請求するのかどうか知らないが、そんなことになったら、これまた個人で背負える責任範囲の話ではなくなってしまう。いかに資産家の家庭でも、対処できる人は限られるだろう。
と、これまた「自己責任」の話になってしまったところで終わりとしたい。

追記 (2004/5/3)

この記事をライブした後の 5/3 に新潟県の田代スキー場に行ったら、こんな看板が出ていた。

これぞ本当の自己責任
(クリックすると拡大します)

コース外滑走で事故や遭難に遭ってもスキー場の責任範囲外だから、救助に出動した場合は実費をいただきますよ、というのだが、これぞ本当の自己責任。スキー場が無限責任を負うわけにはいかないのだから、それをきちんと利用者に示しているのは立派だと思った。こういうことを有耶無耶にしてはいけない。

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