Opinion : 戦場のメンタルヘルス (2004/5/10)
 

4 月は妙に細々した仕事が多く、実際の作業量以上に疲れた。ひとつひとつの仕事の規模はさほどのことがなくても、いろいろな案件が入れ替わり立ち替わり登場したり、そんなところに「緊急のお願い」なんていう件名をつけたメールが舞い込んできたりすると、肉体的にはともかく、精神的にこたえる。

もちろん、フリーランスで仕事をしている身としては、仕事をいただけるのはありがたいことなのだが、それで自分が潰れてしまっては身も蓋もない、というのも真実。実際、4 月下旬から 5 月初頭にかけてかなり精神的に参った感じがしていた。

仕事が溜まって煮詰まったときの対処としては、根性を出して仕事を片付けることを優先する方法と、いったん仕事を放り出して気分転換を図り、英気を養う方法がある。日本的なスピリットとしては前者の方法ということになりそうだが、実際の効果としてはどうだろう。むしろ、働き過ぎて「燃え尽き症候群」になってしまうのではないだろうか。個人的経験からすると、そうだ。
短期的に燃え尽きただけなら回復のしようもありそうだが、「燃え尽き」の度が過ぎると回復不可能なまでに潰れてしまう可能性がある。そうなってからでは遅いし、周囲にも迷惑をかけてしまう。

だから、フリーになってからの鉄則として、疲れて調子が出ないときはいったん仕事を止めてしまう。もちろん、最終的に締切を遵守するのは当然としても、途中で行き詰まったときはいったん作業を中断して「ガス抜き」する方が、いい結果を残していることが多い。
人によって、ガス抜き、つまり「参った」ときの回復方法はいろいろあるだろうが、自分の場合、夜中にクルマを走らせたり、「鉄」したりする場合が多い。今回は連休明けに、突発的に「鉄」を発動してしまった。


そんな中で、例のイラクにおける「虐待事件」の話に思いがいった。
もちろん、根本的には「あってはならないこと」であり、ことと次第によってはアメリカの対イラク政策をパーにしかねない大失態だ。中には、イギリスの一件のように怪しげなものもあるようだが、大統領が頭を下げているのだから、何もなかったというわけではなさそうだ。国防長官の首が飛ぶ可能性も、皆無ではあるまい。

もっとも、アメリカの対イラク政策が失敗していると思わせそうなネタを鵜の目鷹の目で探しているブン屋さんにとっては「好都合是絶好機」というところだろうが、そういう、はなからバイアスがかかっている人のことは措いておこう。この手の人たちは、よしんば何もなくても文句をいうのだから。

この「虐待事件」で思ったのは、イラクに派遣されている米軍の兵士も、相当に精神的に参っていたのではないか、ということだ。なにしろ、イラク派遣米軍のローテーション期間は 1 年間。それも、場所によっては騒乱が続いていて、緊張を強いられる状態が 1 年も続く可能性だってある。それだけでも、精神的負担は想像を絶する。
長期の任務というと、米海軍の空母戦闘群は日常的に半年程度のデプロイメントをやっているが、さらにその 2 倍のローテーション期間ともなると、いささか長過ぎやしないだろうか。軍人という商売が、精神面でおおいに鍛えられているのだとしても。

非常に個人的な話だが、自分の場合は仕事続きで燃え尽き状態になって煮詰まると、よく眠れなくなって、その結果として頭がボンヤリしてきて、そのうち人当たりまで悪くなってくる。たいていの場合は自覚があるから悲惨なことにならないうちに手を打つように心がけているが、それは自分で自分のスケジュールなどをある程度コントロールできるから。命令に従うのが商売の軍人では、そうもいかない。

もちろん、10 万人を超える陸軍部隊を本土から派遣して交代させるとなると、ものすごい兵站業務を必要とする。だから、そうそう簡単に派遣部隊を入れ替えるわけにはいかないのは分かるが、それならそれで、過酷な砂漠の気候で緊張を強いられる任務を 1 年間も続ける兵士に対して、肉体面だけでなく、メンタルな面でも配慮してあげたいところだ。米軍ではこの点について、どういう体制をとっているのだろうか ?

長期任務の限界というと、原潜 USS Triton が潜航したまま世界一周航海を実行した際に実施された、乗組員の精神状態に関する調査や実験の話を思い出す。
この調査では、一定の日数を超えると乗組員の士気が下がりっぱなしになることが確認されたため、その結果を基にして、弾道ミサイル原潜の航海日数を 60-70 日程度に設定したのだそうだ。もっとも、ミサイル原潜が現行のオハイオ級に代わってから、展開期間が少し伸びたようだが。

これは海軍の話だが、同じことを陸軍が考えていたのかどうか、もし考えていたのなら具体的にどういう配慮をしているのか、といったところが気になる。精神的に煮詰まった状態の兵士とそうでない兵士では、当然、捕虜や収監者に対する接し方にも違いが出てくる可能性が高い。現場の兵士に限らず、その上で指揮を執る指揮官クラス、あるいは情報担当者なども同じことだ。こうした事情に起因する一種の焦りが、今回の「虐待事件」の一因になったという見方は穿ちすぎだろうか ?

もちろん、虐待云々の話は兵士の精神状態だけで決まるわけではなくて、個々の兵士の人格というか、年の功というか、そうしたファクターも関わってくると思う。そのことだけ考えると若手の現役部隊兵士よりも年を食った予備役兵士の方がよさそうだが、一方で、予備役兵士は国に家族を残して長期派遣任務に従事しなければならない、という精神的負担要因もある。(そのせいか、ここしばらく米軍の予備役動員は減少の一途をたどっている)
だから「ベテランの予備役や州兵なのに虐待なんかして、なんだ」というのは、いささか短絡的な非難ではなかろうか。ベテランにはベテランなりの負担があるのだから。


最近では MOOTW (Military Operations Other Than War) なんていう言葉があるくらいで、大規模な国家間紛争以外の任務に従事する軍人が増えているし、国によっては、そうした任務に従事する「国際共同作戦専任部隊」にフォーカスする事例も出てきている。
だが、単に部隊という名のドンガラを作るだけでは、こうした任務への対処は難しいと思う。平和維持部隊でも平和執行部隊でも、あるいはアフガニスタンに展開している PRT (Provisional Reconstruction Team) のような再建任務にしても、精神的修練や人格、見識、粘り強さを要求されるという点では、むしろ本格的な戦争より難しい部分があるように思える。対テロ戦もしかり。

だから、訓練の内容や組織構成といった表面的な部分だけでなく、任務に従事する兵士に対するメンタル面でのトレーニング、あるいはケアといった部分にまで、従来以上に気を回す必要があるのではないか、と思った。
実は、これは何も軍隊に限った話ではなくて、少人数で多くの仕事をこなす傾向が増している民間企業 (特殊部隊化してるってこと ?) にも同じことがいえるはず。あなたの会社は大丈夫 ?

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