Opinion : 初心者も大事にしよう (2004/5/24)
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私の Web を御覧になっている方は御存知の通り、今年初めからスキーに盛大にはまってしまっている。自分でいうのもなんだが、1 月半ばと 5 月初頭を比べると、いろいろな意味で別人になってしまった。とりあえず、今なら「スキーをやっているように見える」と思うが、ビデオに撮ってみた訳ではないから分からない (苦笑)
別にスキーに限らず、何事も最初はなかなかいうことを聞いてくれなくてジタバタするものだが、ある程度できるようになってくると「もっと2」と、かつての JR 東日本の CM のような状態になってしまい、いろいろと欲が出てくるもの。ペーパードライバーを脱してクルマを運転するようになったときもそうだったし、過去に遡ればコンピュータを扱うようになったときも同じだった。
で、ある程度滑れるようになってきたので「そろそろいいか」ということで、3 月に板を買い換えて、5 月にはブーツを買い換えたのだが、マテリアル選びを始めてみて途方に暮れたのは、この業界、あまりにも上級者向けの情報ばかりが出回っていることだった。自分のように「初級」に毛が生えた程度のユーザーに向けた情報が、なかなか見つからない。
たとえば、雑誌でも Web でも板の試乗レポートはたくさん載っているが、出てくるのは上級者モデルばかり。これではまるで、自分の参考にならない。仕方なく、神保町のお店を手当たり次第に回って店の人を質問攻めにしまくり、一番応対がよく、親身に説明してくれた店で買う作戦を立てた。後でブーツを買い替えたときにも、同じ店にしている。
とはいえ、こんな作戦をとれたのは、自分が東京に住んでいて、たくさんのお店をハシゴできる環境にあったから。こんな贅沢が出来る人ばかりとは限らない。
板のチューンアップにしても、状況は似たり寄ったり。たまたま、家の近くにあるお店を見つけて話を聞きに行ったのだが、「競技をやるような人ばかりをフィーチャーしているお店が多いけれど、うちは違うんですよ」といわれた。
中でも面白かったのがホットワックスの話。書籍や Web でみかける「ホットワックスのかけ方」という奴はむやみに面倒そうで、それを見ただけでひいてしまうような内容だったが、そこのお店では、簡単にホットワックスをかけられるような道具を売り出している。実際、後でそれを使って自宅で試してみたら、簡単にできてしまったのだから素晴らしい。
そして「競技をやるような人は 100% の性能が出ないと駄目だけれど、普通の人はそんなの必要ない。むしろ、70-80% の性能でも、それが一日持続する方が大事」「何も手入れをしないより、ちゃんと構ってあげた板の方が滑りやすいし、それで一シーズン過ごせば差は大きい」「まだ不慣れなお客さんには基本的なチューンだけをして、レベルアップしてきたら次を考えればいい。店としては高い値段の注文がある方が嬉しいんだけど、効果を実感できないものを薦めてもね」といった話を聞いたときには、目から鱗が落ちる思いがした。
そう。自分みたいなユーザーにとっては、100% を追求することよりも、ゼロにしないことの方がはるかに大事。そこから少しずつパワーアップすればいいのだから。
そういえば、自分のスキーを飛躍させてくれた師匠にも同じところがあって、「早く美味しいところにたどり着かないと楽しめない」といって、いきなり初心者にパラレル ターンをマスターさせる指導法を考えて、実践を始めている (自分は、その実験台第一陣だった)。もちろん、正指導員やデモンストレーターを目指すなら話は別だが、楽しむこと自体が目的なら、この考え方は筋が通っているし、裾野を広げる役に立つ。
よくよく考えてみると、「上級者向けの情報ばかりが幅をきかせている」という点では、他の業界も似たり寄ったりだ。自分がフィールドにしている IT 業界は比較的「初心者市場」が存在する方だけれども、それでも、メディアで御高説を開陳しているのは所謂パワー ユーザーばかりだし、自動車雑誌の世界もしかり。どうも、そうした「上級者向け」「好き者向け」の情報と平均的ユーザーの姿が、ひどく乖離しているように思える。その一方で、右も左も分からない初心者、あるいは「フツーのユーザー」が、あまり大事にされていない場合が少なくない。
だから、メディアにあふれる情報と現実の姿が、なんとなくミスマッチになる場合が出てくる。たとえば、自動車評論家が高く評価したクルマがさっぱり売れなかったり、IT 関連メディアにあふれる「オピニオン」通りにエンド ユーザーが動いていなかったりする。
たとえば、「IE は危ないから Opera を使おう」と煽る論調はしばしば目にするけれど、その割に、Opera のシェアが *劇的に* 上がっているという話は聞かない。極めてローカルな話だが、当サイトのアクセス ログを見ると Opera のシェアは 1% に満たない状態が普通で、ネスケのバージョン 4 に負けていたりする。OS の状況だって似たり寄ったりだ。(自分が MSKK の元社員だから、アクセスする皆さんが気を使って MS 製品を使っている、なんてことはあるまい)
こうなってみると、どの業界であれ、メディアを通じて喧伝されている「評論」とか「推薦」とか「オピニオン」といった類のものは、いったい何なんだろう、と思う。どうも、多くのエンド ユーザーはメディアが吹く笛に合わせて踊っている訳ではないようだし、メディアにあふれるさまざまな論調は、実は単なる「好き者の自己満足」だったんだろうか ? そして、それを見て満足しているのも「好き者」とか「パワー ユーザー」が大半なんだろうか ?
実際、コンピュータの世界でははるか昔から、一般的なユーザーと同じ環境で使うのはパワー ユーザーの恥、という考え方をする人が見受けられる。MS-DOS の時代に、さまざまな常駐プログラム (TSR) を使ってカスタマイズしまくっている人が少なからずいたのは典型例で、そうした「自分はちょっと違うんだもんね」的な優越感を持つユーザーの存在は、今でも大して変わらない。そうした考え方から生み出されるさまざまな論調は、パワー ユーザーにはウケるだろうが、ボリューム ゾーンを占める平均的ユーザー、あるいは初心者ユーザーに対しては、あまり響かないのかもしれない。
だいたい、「OS は所詮は道具なんだから、道具のために手間をかけるなんて間違ってる」と主張する人ほど、えてして、その "道具" のために思い入れ満載でべらぼうな手間をかけていたりするもの。すごいパラドックスだ。
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あまりこんな調子で書いていると自己否定になりそうだが、それはそれとして。自分も IT 関連メディアの中でメシを食っている立場だから、こういう問題は他人事ではない。だから、エキスパートばかり相手にするのではなくて、平均的ユーザー、あるいは初心者ユーザーも大事にしないといかんな、と考えている。
もちろん、相手が初心者だからといって「単に操作手順を並べて終わるのではなく、できるだけロジックを理解して使うのがベター」という基本理念を捨てる訳ではなくて、内容によって媒体を使い分ける、あるいは同じネタでも切り口や料理の仕方を変える、といったやり方になるハズ。実際、まだ世に出るのは先の話だが、こうした考えを実行に移している事例もある。
ともあれ、マジョリティである平均的ユーザーや初心者ユーザーを大事にしなければ、ユーザーの裾野が広がらず、結果として業界の発展が阻害されるのは確か。何の世界であれ、少しでも役に立ちたいものだ。
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