Opinion : 極論もたまには使いよう (2004/6/28)
 

先日、川島令三氏の「幻の鉄道路線を追う」なる本を読んだ。読み進むうちに、だんだん頭が痛くなってきたが、なんとか最後まで読み通した。

一言でいうと、この本は建設途上で放棄された未成路線をなんとかして実現できないか、というのがコンセプトで、建設現場の現状調査に加えて、建設を実現するための理屈をいろいろこねている本だ。ところが、その理屈がどうにもこうにも、極論というか屁理屈というか、突っ込みどころ満載なのだ。取り上げられている場所はいろいろなのだが、どこでも基本的なトーンは同じで、

  • ローカル輸送だけ考えていては駄目だ。都市間輸送を取り込む必要がある
  • 高速化が必要である。(といって、最高速度 160km/h という話や振子車輌導入の話が、毎回のように出てくる)
  • 今は需要がなくても、線路を結べば需要はできるはずである

といった調子の話が、所を変えて繰り返されている。結論に無理がありそうだなと思うと、フリーゲージトレインとか振子とか高速化とか、いろいろな話を持ち出してきて、最後は

  • 〜べきである
  • 〜は可能である
  • 〜のはずである

と、仮定の話や理想論をつなぎ合わせた「べき論」のオンパレードになってしまう。誰か暇な人がいたら、この本の中で上記のフレーズが何回出てくるか、数えてみてほしい。


たとえば、根室本線と平行して、新得から士幌 - 足寄と経由して白糠に抜ける短絡線の話が出てくる。当然、根室に向かう <おおぞら> 系統の高速化に使うべきだという論旨になるのだが、確かに線形の悪い場所をバイパスできる利点があるのは認める。
しかし、この路線では根室本線の最大需要地である帯広を一緒にバイパスしてしまうのだ。それについては「新得で帯広系統を分割すればよい」と一言で片付けている。分割・併合だけで 5 分かそこらのタイムロスは生じるのだから、それだけでも高速化効果をある程度食いつぶしてしまう。しかも、新線が都市間輸送需要を取り込んでしまえば、既存の根室本線に対して新たな「平行在来線問題」を引き起こすのに、そのことには一切触れていない。

他の場所でもパターンは似たり寄ったりで、高速化によって都市間輸送需要を取り込むべきだという話が繰り返されるのだが、そこでしばしば引き合いに出されるのが、新潟の北越急行だ。しかしである。
北越急行が、東京から北陸方面に向けた都市間輸送需要のおかげで潤っているのは事実だが、それは何もないところから創出された需要ではない点を、ワザとかうっかりかは知らないが、川島氏の著書では完璧に無視している。

実のところ、北越急行が潤っている都市間輸送需要は、長岡回りだったものが北越急行経由に転移したもので、北越急行と引き換えに、それまで使われていた長岡回りのルート (特に信越本線の長岡-犀潟間) がローカル線に転落している。そして、北陸新幹線が長野以北に延伸されれば、今度は北越急行に同じ運命が待っている。下の図を見て欲しい。

北越急行における都市間需要の正体

全編がこんな調子なので、読んでいて頭が痛くなってしまったという次第。
もっとも、この本のコンセプトとして、最初から「未成線を建設する名目を見つけ出す」という目的が先行していて、そのための理屈を考えさせられたのだとすれば、そんな仕事を引き受けてしまった川島氏には同情するのだが。


散々こき下ろしてしまったが、だからといってこの本に書かれているような内容にまったく価値がないかというと、そうでもないと思う。
往々にしてこの国では、「みんなと同じであること」を重視するお国柄の故に、何かアイデアを出せということになっても金太郎飴になってしまい、似たような発想ばかりになってしまうことが多い。こう書いている自分自身も、土台になる物を最初に作った後の積み上げ改良を得意とする傾向が強いから、まったく新規に斬新な発想を生み出すのは、どちらかというと苦手だ。

しかも、さらにタチが悪いことに、その「金太郎飴」の内容が両極端に振れることが多い。太平洋戦争中と戦後の、日本人の国防・平和意識の変化を見てみれば、そのことがよく分かる。近年の運輸関連ネタで、一般道や在来線から、いきなり高規格の高速道路やフル規格の新幹線に話が飛ぶのも、メンタリティとしては似ている。中間部分で現実的な解決策を探すという態度がなかなか出て来ないという点では、みんな共通している。
誰もが雪崩を打って一方の極論から他方の極論に振れてしまい、それ以外の意見や中間的な意見をなかなか許容できない傾向は、とても不幸なことだと思う。

太平洋戦争中の日本陸海軍でまずかったと思うのは、士官学校出や兵学校出だけが本チャンで、それ以外は傍流として冷や飯を食わせていたことだと思う。おかげで、似たようなバックグラウンドの持ち主ばかりが集まって、発想が画一化・硬直化した金太郎飴集団になってしまったのではないか。さまざまなルートで人材を取り入れている米軍の方が、そういう意味では強そうだ。現に、米軍で大活躍した将官には一般大学の出身者がゴロゴロしている。

その点、(世に出るに至った事情がどういうものかは別として) 川島氏の著書みたいな突飛な発想が出てくるというのは、それはそれで価値があると思う。突っ込みどころ満載といっても、既存の発想の枠に囚われていては思いつかないような話もあるわけだから、そこから使えそうなエッセンスだけ引き出して、現実味のある落としどころに結びつけることもできるかもしれない。みんながみんな、似たような発想で極論から極論に振れていたのでは、そういう解決も覚束ない。

そんな訳で、突っ込みどころ満載でも奇想天外でも非現実的でもいいから、まずは極論でも何でもいろいろな意見を出し合ってみて、そこから間を取って落としどころを見つけ出す鍛錬、あるいは間を取るべき場合と取るべきではない場合を識別する鍛錬を、もっと積んだ方がいいと思う。どうも、間を取らなくていいところで中途半端な妥協をしてみたり、かと思えば間を取るべきところで極論に振れてばかり、とフィロソフィーがズレているケースが多すぎやしないかと思うから。

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