Opinion : 補給艦は楽しい (2004/7/5)
 

今売りの「世界の艦船」誌は、海上自衛隊の新型補給艦「ましゅう」の特集を組んでいる。こういう、地味な特集をドンと組むことがある硬派なところが気に入っているのだが、人によっては今月の特集を「面白くない」と評しているらしい。

確かに、補給艦は大砲やミサイル、機関砲をぶっ放すわけではないし、ハイテクなセンサーなどを満載しているわけでもないから、パッと見の面白みには欠けるのだが、よくよく見てみると、面白い話は意外なほどいろいろある。
もっとも、当の海上自衛隊からして、一般公開などで補給艦を出すことは滅多にないし、これは鶏と卵の関係のようなものかもしれない。


もう 10 年以上前の話になるが、機会があって、海上自衛隊の某補給艦にお邪魔させていただいたことがある。(一般公開の席ではないので、関係者に迷惑がかかるといけない。だから、艦名や場所、日時については触れない)

海自も、その他の海軍も含めて補給艦にお邪魔したのは初めてだったので、見るもの聞くもの、みんな珍しかったのだが、中でも面白かったのが、艦内の補給品格納スペースや、そこから補給ポストに物資を移送するためのメカニズムだった。
満載で 50,000t 近くある米海軍の高速戦闘支援艦に比べれば小さいとはいえ、海上自衛隊の補給艦だって決して小さな艦ではないし、搭載する補給物資の量も馬鹿にならない。しかも、乗組員がそんなにたくさん乗っている訳ではない。だから、機械力を上手に使って物資移送をする仕組みになっていて、そこがとても興味深かった。

「世界の艦船」誌の特集にも出てくるが、補給艦の基本的なレイアウトは、中央部に弾薬庫や糧食用の冷蔵庫、その他のドライ・カーゴ用のスペースを置き、両舷に作業通路を通したレイアウトになっている。そのため、通路などが意外と場所を取っていて、ガタイの割には収納スペースは少ないかもしれない。
作業通路の床面にはレールが設置してあって、その上をサイドフォークが行ったり来たりしている。サイドフォークはガイドを床のレールに突っ込んでいるので、レールの上だけを走れるのだが、こうしないと、揺れる艦上で安全にフォークリフトを動かせない。

サイドフォークとは、両舷の通路から中心線側の倉庫にフォークを突っ込めるように、フォークを横向きに取り付けたフォークリフトのこと。こんなもの、陸の上では一度も見たことがない。「点検に出すときには、これが陸上を走るんですよ」という話を教えてもらった。ナンバーは付いていないから公道には出てこないだろうが、面白そうな風景だと思う。

収納スペースは搭載する貨物の種類によって造りが違っていて、あるスペースは単なるだだっ広い倉庫になっていた (もっとも、サイドフォークが入ってくるので、床にレールが設置してあるところが違う)。かと思えば、糧食用の冷蔵庫のように、コンピュータ制御のラックが行ったり来たりするつくりになっている場所もある。もちろん、冷蔵庫の扉は熱を遮断できるような分厚い構造になっている。

そして、上甲板に上がると、燃料補給やドライ・カーゴの補給に使う装置が所狭しと設置されている。停泊している場合はまだしも、揺れる洋上で艦と艦の間にワイヤーを渡して、それを通じて給油ホースやドライ・カーゴを行き来させるのだから、これはなかなか大変そうな仕事だと思った。で、こちらは素人だから「どうやってワイヤーを渡すんですか」なんていう素人丸出しなことを訊いてしまった (苦笑)。

このとき初めて知ったのが、海自の護衛艦が使っている燃料は軽油だという話だった。護衛艦の多くはガスタービンだからケロシン系の燃料かと思っていたら大間違いで、びっくり仰天した記憶がある。後で「世界の艦船」誌が「艦艇用燃料の話」という特集を組んだことがあり (これまた渋い特集を…)、その際に海自が使用している燃料「軽油 2 号」を導入したいきさつが書かれていたので、貪り読んだものだ。(初出時に「軽油 5 号」と書いてしまった。大間違い)

常識的に考えれば、蒸気タービンは重油、ガスタービンはケロシン、ディーゼルは軽油ということになる (実際には、さらに航空機用の JP-5 も加わる)。これでは艦によって使う燃料が違ってしまうし、特に補給艦の場合、自艦燃料と給油用の燃料が違ってしまって効率が悪い。ところが、燃料を全部軽油に統一していれば、補給上の面倒は軽減できそうだし、調達も楽になるのだろう。納得。


こんな経験があったおかげで、それまではロクに関心を持っていなかった補給分野に目を向けるきっかけができたのは、今にしてみれば、とてもいいことだったと思う。どうしても、軍事力というと第一線でドンパチする連中にばかり陽が当たりがちだけれども、それを支える物資補給がちゃんとしていなければ、ドンパチそのものが成り立たない。

海軍だけ見ても、燃料などの補給に支障をきたしたせいで作戦がパーになった事例は、戦史を探せばなんぼでも出てくる。たとえば、ドイツ海軍が大西洋上に展開していた補給艦のネットワークがズタズタにされたせいで通商破壊艦や U ボートの活動は相当に妨げられたし、ビスマルク追撃戦でも英独双方が燃料不足で苦労している。日本でも、トラック島空襲などで海軍の給油艦を大量に喪失したことが、大戦末期の作戦にかなり影響していたようだ。

主機が原子力推進になれば、自艦航行用の燃料については負担を減らせるものの、空母だけが原子力推進になったところで随伴する護衛艦の燃料は必要だし、航空燃料、糧食、その他の補給品、スペアパーツなどなど、送り届けなければならない物資はいくらでもある。糧食ひとつとっても、空母 1 隻で乗組員が 6,300 人。空母だけで毎日 20,000 食かそこらのメシを食わせなければならないのだから大変だ。
最近、米海軍では艦を前線に張り付けたままで乗組員だけ交代させる研究をしているそうだけれども、そうなればなおのこと、物資の補給や艦の整備が大変になる。だが、そんな分野に目を向ける人が少ないのは、惜しい話だと思う。

また、"Operation Enduring Freedom" が始まる前の米軍の契約状況を見ていたら JP-8 ジェット燃料 (米空軍の標準燃料。海軍は JP-4 と JP-5 を使う) がいきなり大量発注されていたので「空軍が突発的に大規模な航空作戦を実施することになったのではないか」という予想を立てることができた、なんていう経験もしている。
当時は陸軍の予備役動員が空軍に比べて少なかったせいもあり、世間一般の予想に逆らって「湾岸戦争みたいな大規模地上戦はない、主体は航空攻撃」と予想してズバリ的中させることができたけれども、これだって、多少なりとも補給面に関心があって、補給という観点から予測を立てられたからこその話。

さまざまな物資を大量に消費するのが現代戦だから、それを支えるための補給業務も必然的に大規模になり、ハイテク化、あるいは民間宅配業者のノウハウを取り入れた効率化など、さまざまな工夫をやっている。イラク戦争ではとうとう、米陸軍の補給業務が常識外れの "just in time" 方式になってしまった。しかし、ドンパチの話しか見えない新聞や TV は、こんな面白い話を全然取り上げないのだから嘆かわしい。
多分、陸軍や空軍に比べると補給という活動が見えやすいのが海軍だと思うから、戦闘艦だけでなく、食わず嫌いしないで補給艦にも関心を持ってみていいんじゃないかと思う。首を突っ込んでみると、意外と面白い世界ですよ。

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