Opinion : 現実は時代劇みたいに単純じゃない (2004/7/12)
 

あっという間に「曽我さん」の陰に隠れて沈静化してしまった、ライブドアによる近鉄バファローズ買収騒動。あるいは、それに続いて持ち上がった 1 リーグ化を巡るドタバタを見ていて、なんだかすっきりしない気分が続いていた。
あれこれ考えてみたところ (そんなヒマがあったら仕事しろ)、本来は別々の問題として扱われるべきさまざまな問題をひとからげにして扱った挙句、

「改革勢力・ライブドア」vs「守旧派・抵抗勢力ナベツネ」

という単純な善悪対立の図式に落とし込もうとしている論調に、違和感を感じていたのではないかと思い至った。


そもそも、1 リーグ化、あるいはその他の球界再編話は、何も今になって突発的に出てきた話ではない。だから、バファローズとブルーウェーブの合併が原因で 1 リーグ化の話が持ち上がってきた、なんていうと事実誤認もいいところ。ともあれ、こうした球界再編が、本当に球界の活性化につながるのか、というのが第一の問題としてある。

また、それに関連する問題として、特定の球団に富が偏在していて、その一方で経営に苦労している球団がある現状の是非、という問題もある。たまたま、「巨人戦ができれば放映権料が云々」という問題があるから、先のリーグ編成の問題とこの問題が一緒くたに扱われるが、本来は別個の問題だ。
もっとも、親会社に十分な体力があれば、赤字でも何でも関係なく、社会貢献・文化事業として球団を維持する選択肢だってあるのだが。

そして、球団が合併することで贔屓球団がなくなってしまうというファン心理がある。もっとも、過去にも球団の譲渡やフランチャイズ移転といった出来事はあったわけで、何も「贔屓チームがなくなる」という事態は今回が初めてというわけではない点に留意する必要がある。
しかし、そんなにバファローズがなくなるのが嫌なら、どうしてみんな、もっと球場に足を運ばないの ? と突っ込みたくなる。まるで、国鉄末期の赤字ローカル線廃止騒動みたいだ。

そして、最後に出てくるのが「そもそも、ライブドアは球団を経営できるのか」という問題。手当たり次第に M&A を繰り返してネット財閥を目指している (らしい) ライブドアだが、その割には、どの分野でもなかなか一番になれない。1 年前に大々的にぶち上げた Lindows が、今では全然話題にならないのは典型例。今度は Opera が同じ運命を辿るのではないかと思えてならない。
そんな調子だから、今はバファローズに関して景気のいいことをいっていても、しばらくしたら「やっぱりやーめた」といって放り出すのではないか、という懸念は拭えない。

これが、社長がもともと熱狂的な猛牛党で、合併騒動を見ていて我慢できずに買収をいい出したというなら、まだ分かる。目先の利益を度外視して個人的な熱狂で進められた事業が、後から高く評価される事例は確かにあるから。でも、買収をいい出してから、とってつけたように初めて大阪ドームに行っているのだから、そういう状況ではなさそうだ。

もし、本当に「球界に風穴を開けたい」のなら、買収が駄目でも自力で新チームを作るぐらいの覚悟がいる。でも、おそらくこの会社はバファローズを買収する方法しか考えていない。なにしろ、自社の事業拡大手法がそうなのだから。
そもそも、スポーツでも文化振興でも、リアルタイムで数値的な効果をはじき出す考え方とは正反対の部分がある。J リーグを見れば分かるが、苦労や障害を乗り越えて、辛抱強く種をまいて育てる工夫と根気が必要。これまでの行状からいって、ライブドアにそれができるのかどうか。

これらの問題は、互いに関連はあるものの、本来は別個の問題として扱ってしかるべきものだ。ところが、なにかと物議をかもすことが多い「ナベツネ流」に対する反発 (それ自体は理解できる) が、ライブドアの買収提案を応援する形に、あるいは 1 リーグ化や球団合併に反対する形に反作用をもたらして、さらにそれをマスコミが煽った結果として、論点がグチャグチャになってしまった。これでは、まとまるはずの話もまとまらない。


そもそも、こんなグチャグチャな事態になってしまった一因は、一連の物事を無理やり結びつけて、登場人物を「正義の味方」と「悪者」に二分した挙句、「正義の味方のいうことはみんな正しい」「悪者のいうことはみんな間違ってる」「だから正義の味方を応援する」と、時代劇のような単純二分をやってしまっている点にある。

今回の一件でいえば、「バファローズを残してくれるライブドアは正義の味方」「それに反対するナベツネは抵抗勢力」という図式になる。だが、この単純な対立図式に持ち込んだことで、

  • ライブドアがバファローズを買収してちゃんと経営できるのか
  • 近鉄がバファローズを手放す羽目になった理由は何なのか
  • そもそも、今の 2 リーグ制を残すことが最適解なのか
  • プロ野球の人気を維持して盛り上げていくにはどうすればいいのか
といった根本部分に関わる議論が消し飛んでしまい、さらにポジション減を気にした選手会の思惑まで絡んで「とにかく現状維持が正しいのだ」というムードが煽られてしまった。なんてこった。

ついでに嫌味を書けば、(野球協約上は実現不可能だが) バファローズを買収するといい出したのがライブドアではなくて海外の投資ファンドだったら、今度はきっと「バファローズをハゲタカ外資から護れ。オリックスは救済合併を」の大合唱になっていたのではないか ?

実のところ、似たような話は、マスコミ報道のさまざまな局面で日常的に見られる。たいてい、まず前提条件として「正義の味方」と「悪者」を決めてしまい、「正義の味方」は常に持ち上げられて、「悪者」は常に叩かれる。最近だと、三菱車の出火事故が大々的に報じられたりしているが、これなんか、燃えたのが "三菱" でなければ箸にも棒にもかからなかったはずだ。車輌火災なんて日常的に起きているのに。
そして、こうした傾向に便乗しようと思えば、簡単にできてしまう。これは案外と危険だ。

たとえば、テレビ受けするぶった切り発言をズバズバと繰り返す政治家は人気者になりやすい。もちろん、ここぞというところで旗幟を鮮明にすることも必要だとしても、単に「分かりやすく物事をぶった切るから人気が出る」というのでは、その傾向を利用してファッショがのさばる原因にもなりかねない。他所の国には「世の中の悪いことはみんなユダヤ人のせいだ」と宣伝した前例もある。
(共産党のように、なにかというと「大企業から金を取れ」などと、特定の "悪者" を持ち出して叩く論調を脊髄反射のように繰り返す事例があるが、これは上記のような傾向に阿る思考の現れかもしれない。Web ではこんな説明をしているが、"世間並みの負担" や "社会的責任" といった、まるで定量的ではない言葉を使っているところがミソだ)

これが時代劇なら、最初から「正義の味方」と「悪者」という属性を付けた状態で登場人物が決まってシナリオが書かれているから、最後に正義の味方が悪者を切り捨てて一件落着、となって分かりやすい。だが、それと同じ図式をシナリオのない現実社会に持ち込もうとするのは、非常に危険度が高い考え方だ。
正直な話、時代劇よりもはるかに複雑怪奇な現実社会の出来事を、単純な時代劇的善悪対立の構造に落とし込もうとするのは、ただの現実逃避、思考停止ではないか。そんなことばかりやっていると、いずれは国の行く末を誤りますぞ。

…あっ、しまった。「物事を単純二分するのが悪い」と、マスコミ報道を悪者にして単純二分してしまった。これでは話が無限ループしてしまう。どうしよう。

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