Opinion : 武器輸出三原則の見直しに関する疑問 (前編) (2004/7/26)
 

最近、武器輸出三原則を見直して、海外への兵器輸出ができるようにしようという動きがあるらしい。賛成派としては「販路を広げて生産数を増やせば、価格低減に役立つ」という実利面の考え、あるいは「優秀な国産兵器で世界制覇」というプロジェクト X 的な考え方があるのだろう。一方の反対派は当然ながら、「平和憲法との矛盾が云々」というようなことをいい出す。

正直な話、どちらの側も思い違いをしているように思えてならない。


まず、武器輸出の動機や、それによって得られる利点について考えてみたい。

クラウゼウィッツがいうように「戦争は政治の延長」であれば、その戦争に使用する道具である武器の輸出にも、当然ながら政治が絡んでくる。つまり、兵器の輸出は相手国を自国の陣営に引き入れる道具、という側面がある。
もちろん、輸出先の国を自国と同じ装備体系に引きずり込めば、相互運用性を向上させられる利点がある。このことは、航空自衛隊と米空軍を並べてみれば、よくわかる。単に、使用している航空機が同じとかいうレベルの話ではなくて、訓練シラバスや工具・計器の単位、使用する用語など、いろいろな意味で "米軍規格" に染まってしまえば、容易には他国の兵器体系に移行できない。

だから、旧ソ聯陣営から NATO 陣営に転換した東欧諸国やバルト三国は、この面で苦労しているはずだ。まず、自動小銃や戦車砲の口径が違う。ソ聯製の AK74 は 5.45mm だが M16 用の NATO 弾は 5.56mm だし、戦車砲も 125mm から 120mm に変わるから、兵器を変えれば備蓄していた弾薬は使えなくなってしまう。その他の兵装も規格が変わる場合が多いし、計器の表記単位まで違ってくる。多分、通信手順や兵站業務の手順も、ソ聯規格と NATO 規格では内容が違うだろう。
このように、カルチャーが全面的に変わってしまうのは大変なことだ。裏返せば、いったん仲間にしてしまえば長い付き合いにできる。

だから、アメリカ製戦闘機とフランス製戦闘機を並べて使っているギリシアは、政治的配慮のために、わざわざ面倒を背負い込んでいることになる。フィンランドやインドが、東西両陣営の兵器を混用しているのも同じだ。日本だって、イギリスの舶用ガスタービンとアメリカの舶用ガスタービンを併用しているのだから、他人のことをいえた義理ではない。

さらに、メカニズムが高度化している昨今の AFV や航空機、艦艇を輸出すれば、輸出した後も、アフターサービス、スペアパーツや補修用パーツ、人員の教育・訓練、ある程度古くなった際のアップグレード、といった形で取引が継続するので、輸出後も長い間にわたって関係を維持できるし、商売も続けられる。そして、訓練支援などの名目で輸出元の国から軍人やメーカーの人員が相手国に送り込まれて、否応なしに関係が強化される。
はたして、世界の兵器市場ではポッと出の新人である日本に、そこまでの長期的な政治的計算に基づいて武器輸出ができるのか、という問題がある。

ちなみに、航空機や AFV の輸出に際しては、JDW のサマリーを見ていればお分かりの通り、スペアパーツ、補修用パーツ、工具類、文書類、教育訓練などを含めたパッケージとして輸出するケースがほとんどだ。そして、これら付属品の量や価格設定によって、総額はかなり変動する。しかも為替相場の問題もあるので、単に取引総額を飛行機や車輌の数で割って単価を算出しても、大して意味を持たない。
実際の兵器輸出では、さらにオフセットが絡んでくることが多いので、オフセットが本体価格に影響する可能性もある。オフセットについては後述しよう。


あけすけな言い方をすれば、実際に使ってみてくれそうな国に兵器を輸出することで実戦テストになり、威力が証明される。イスラエルに輸出されたアメリカ製兵器の使われ方を見れば、このことは一目瞭然。ところが、輸出先によっては「輸出した兵器が住民抑圧の道具に使われた」などといってイメージダウンになる例もあるので、EU のように、何らかの輸出制限を課している例がある。また、アメリカでは、FMS (Foreign Military Sales) 経由の輸出案件について、どこに何をいくらで輸出するかを議会に通告する、一種のガラス張りシステムになっている。

もっとも、輸入する側にしてみれば、いちいち輸出元の国内事情まで斟酌しないのが普通なので、輸出時に用途制限をつけても実効性がないことが多いようだ。まったく、兵器輸出というのは矛盾の塊で、「売って使ってもらい、実戦で威力を証明したい」「でも、体面の悪い使われ方はしないでもらいたい」という相反する願望を抱えている、困った商売だ。

そうした状況の中で、カタログ上の性能はともかく、実戦で威力が証明されていない (それはそれで幸せなことだが) 日本製の兵器が、果たして国際的な競争力を備えているのかというと、まことに疑問に思える。しかも、輸出して生産数を増やしたいというぐらいだから、もともと値段が高いわけで、高くて実績のないものを買う人が、いったいどれだけいるか。
これがアメリカなら、韓国に F-15K を押し付けた場合のように "政治力" や "相互運用性" といった殺し文句を使えるが、日本が兵器を輸出しようとしても、そうはいくまい。

イザコザを避けるためのひとつの方法として、輸出の際に、スペックをわざと落とした製品を出す方法がある。ソ聯が冷戦時代に得意としていた手法で、レーダーや電子戦装備などのスペックを落とした戦闘機は「モンキー・モデル」と呼ばれていた。アメリカも、F-16 のエンジンを F100 から古い J79 に替えた「F-16/79」を用意したことがある (が、まったく売れなかった)。
ところが、超大国のコントロールが行き渡っていた冷戦期ならいざ知らず、すっかり買い手市場になってしまった当世の兵器輸出市場では、へたにスペックを落としたものを売りに出すと、買ってもらえない。そのため、スペックを落とした輸出モデルを用意する手法は、最近ではすっかり流行らなくなった。

もっとも、最新兵器を出すにしても、ソフトウェアのソースコードを開示するかどうか、といったあたりでモメることがある。FS-X もそうだったし、トルコに AH-1Z を輸出する案件でも、ミッション・コンピュータをどうするかがモメる原因になった。


そして、この「買い手市場」という現状が、オフセットという形で兵器の輸出元に負担を強いている。
オフセットとは「見返り」という意味で、輸出国が輸入国に対して、何らかの反対取引を約束することで相手に利益を落とす手法を指す。この反対取引と、元の兵器取引の額の比率をオフセット率といい、100% はザラ、へたをすると 100% を超えるオフセットを約束させられる場合すらある。

たとえば、A 国が B 国に戦闘機を輸出すると考える。
単純なオフセットでは、A 国が B 国から別の品物を輸入することにして、その額を戦闘機の輸出額と揃える。これで 100% のオフセットになる。
もっと複雑なケースでは、輸出する戦闘機の最終組立を B 国内で行なう、部品の一部を B 国内で製造する、B 国に対して機体の製造・組立に必要な技術を移転する、といった方法がある。さらに複雑なオフセットになると、A 国が別の第三国向けに同じ戦闘機を輸出する際に、B 国製の部品を使うよう約束する場合もある。

輸入する側にすれば、商談を餌にして、できるだけ多くのオフセットを勝ち取りたい。単に目先の利益を増やすだけではなく、最新兵器の輸入を足がかりにして自国の兵器産業を育成したいと考えるケースもあり、その場合、オフセットの一環として技術移転を要求することが多い。すると、これがまたモメる原因になる。輸出側にしてみれば、将来のライバルを増やすことになりかねないのだから。
現に、ポーランドが F-16 の輸入を決めたケースでは、オフセットの交渉がモメて、決着が遅れた。他の案件でも、輸出元が高率のオフセットを要求されたケースは少なくないようだ。それでも、既存のメーカーにとっては輸出を勝ち取って商売を維持することが大事だから、厳しいオフセット条件でもなんとかして飲んでしまう場合が多い。

輸入国に利益を落とすための手法としては、オフセット以外に、輸入国の企業が輸出国の企業とチームを組んで共同受注するケースがある。輸入国の側にそこそこの産業がある場合によくあるパターンで、最終組立、部品の製造、あるいは納入後のサポートを、輸入国側の企業が受け持つパターンが多い。輸出側にしてみれば、利益の一部を輸入国に移転するわけだが、何もないよりマシということになる。


日本で兵器輸出の解禁を唱えている人は、これだけの厳しい状況に耐えて、それでも兵器輸出をしたいと思っているのだろうか。完全なる買い手市場 & 過当競争と化している現在の兵器輸出市場で、日本が新規参入してどれだけやっていけるのかというと、いささか疑問に思える。

兵器輸出については、まだいろいろと書くことがあるのだが、分量が増えすぎてしまうので、続きは来週。

Contents
HOME
Works
Diary
Defence News
Opinion
About

| 記事一覧に戻る | HOME に戻る |