Opinion : いかに偉功を立てた軍人といえども… (2004/9/6)
 

少しタイミングを外した話題ではあるけれども、アテネ五輪で「金メダル確実」とかなんとかいわれていたらしい、野球の長嶋ジャパン。もっとも、特に TV では、五輪に出る選手には半ば自動的に「メダルの期待がかかる」という枕詞がつくものではあるのだが。

自分はほとんど TV を見ない人なので、マスコミがどれだけ騒いでいたのかは正直、ピンと来ない。しかし、「長嶋ジャパン」と謳いつつも、当の本人は病気入院中、代理を出すような状況で「それでも長嶋ジャパン ?」と、奇妙な違和感を感じた。

もちろん、長嶋氏が球界の大物であり、歴史に残る名選手なのは分かるけれども、自分ぐらいの世代になると、ON 現役時代の最後の方が、辛うじてひっかかる程度。その後に「長嶋監督」という時代があるにしても、もっと上の、たとえば自分の父親ぐらいの世代と比べると、「長嶋茂雄」という名前に対する思い入れの程度には、ずいぶんと落差がある。

ところが、新聞でも TV でも、あるいは球界上層部でも、仕切っている人達の世代がまさに、ON 現役時代に熱狂した世代とオーバーラップするからなのか、その辺で温度差が出てくる。長嶋氏が巨人の監督に復帰した後で背番号を「33」から「3」に変えたとき、「背番号 3」のユニフォームがいつ出るかといって大騒ぎしていたが、これは「背番号 3」の現役時代を知っている人でなければ分からない感覚で、自分は極めて冷ややかに眺めていたのが実情だったりする。
おそらく、五輪の日本代表チーム監督に長嶋氏を担ぎ出したのも、それと同じ世代の仕事なんじゃないかと思うが、どうだろう。


で、この件を見ていて思ったのは、日本ではしばしば、過去に活躍したビッグネームが、延々と水戸黄門の印籠のごとき威力を発揮する、という話だ。

何も、野球の「長嶋ジャパン」に限った話ではない。ありし日の帝国海軍で、とっくに第一線を退いていた東郷元帥を引っ張り出して、神格化して祭り上げた挙句、なんでも東郷元帥に伺いを立てないと話が進まないような状況を作ってしまった先例がある。
また、あちこちの企業でありそうな話だけれども、創業者、あるいは会社を飛躍させた「名経営者」と呼ばれる人たちが神格化され、批判を許さないような状況ができたり、「○○さんが立ち上げた事業を放り出すことはできない」なんていう感情論が幅を利かせたりする。それで会社全体が傾いたら、どうしようもないでしょうが。

井上成美大将は「いかに偉功を立てた軍人といえども、それを神格化するなどもってのほか」といっているが、これは軍人に限った話ではなくて、どこの業界にも適用できる原則ではないか。ビッグネームや成功体験に対する神格化、あるいは寄りかかりは、往々にして発想や組織作りを硬直化させる。人でもモノでも同じことだ。

つまり、ひとたび大成功を収めると、その成功が忘れられなくて、後になって没落する原因を作る、ということになりやすい。零式艦上戦闘機がいい例で、最初に劇的な大活躍してしまったせいで欠点がなかなか問題視されず、さらに後継機の開発を滞らせるという副作用まで生んだ。帝国海軍はそのツケを、1943 年以降、たんまりと利息をつけて払わされている。


過去のビッグネームに弱いというか、それにいつまでも寄りかかる傾向は、マスコミ報道全般に見られる。マスコミを仕切っているのが年上の世代だからかもしれないが、もっと若い側から見ると「へ ?」となってしまうような回顧調・詠嘆調の記事が、しばしば出てくるのは事実だ。

最近だと、「湘南色の電車が引退」の話。そもそも「湘南電車」という言葉自体が死語と化しているが、本来の意味でに「湘南電車」とは 80 系のことで、今度引退が決まった 113 系ではない。そして、80 系はもう 20 年以上前に、飯田線を最後に引退している。だが、そのときに「湘南電車が引退」といって騒いだ新聞記事なんて見たことがない。(さらに細かいことをいえば、飯田線にいたのは全金属車の 300 番代だから、「遭難電車」といって馬鹿にされた元祖・80 系とも違う)
しかも、代車となる E231 系にも "湘南色" のストライプは入っているのだから、厳密にいえば「湘南色の電車が引退」とはならない。極めていい加減な記事だ > asahi.com

昨年夏に引退したボンネット型クハ 481 だって、これを「こだま型」と呼ぶのは大嘘で、本物の「こだま型」たる 151 系なんて、とうの昔に形式消滅している。百歩譲って 181 系のことだとしても、これまた 22 年前に引退している。当節、「こだま」といえば新幹線しか思い浮かばないのが正常な感覚というもので、もはや「歴史」と化している名前を持ち出されても、たいていの人は違和感を感じるだけだろう。なにしろ、東海道本線に <こだま>という名前の特急が走っていたのは、40 年前の話だ。

それで思い出したが、今年は「東海道新幹線開業 40 周年」ではないか !

そういえば、R34 スカイラインが登場した際に、2 ドアモデルを評して「あのサーフィンラインがついに帰ってきた」と書いていた自動車雑誌があったが、この業界も、過去のビッグネームにこだわる古手が幅をきかせているらしい。どこの業界も同じということか。


たまたま、冒頭で「長嶋ジャパン」の話を引き合いに出したが、決して、プロ野球選手としての長嶋氏の功績を否定するつもりはない。ただ、それが原因になって、いつまでも「頭を押さえられた」状態になっているのはいかがなものか。いや、当事者にはそういう意識がないのかもしれないが。

「五輪で勝つためのチーム運営」ということなら、情実もしがらみも廃して、せめて病気入院となったところで代わりの人事を発令するのが当然ではないか。それなのに、「過去のビッグネームの神格化」が原因なのかなんなのか、誰も手を打つことができなかった。それとも、他に誰も適任の監督がいないほど、日本球界は人材不足なんだろうか ? それで、事実上の指揮官不在状態でアテネにチームを送り出して金メダルを取り逃がしていては、世話はない。手段と目的を取り違えている。

過去のビッグネームに過度にこだわってはいけない、という観点から井上大将の発言を手直しすると、こうなる。

「いかに偉功を立てた人や組織、製品といえども、
 それを神格化して不可侵・不可触の存在にするなどもってのほか」

関連過去記事 :
"過去の栄光" を捨てよう


追記
「神格化」とは違うけれども、ニュースで会社名を正しくいわないで、知名度は高いが消滅した過去の名前を使うのも問題がある。典型例が「ロッキード・マーティン → ロッキード」と「ノースロップ・グラマン → グラマン」。前者はまだしも、後者は吸収された側の社名だけを抜き出しているわけで、まるで日産自動車のことを「プリンス自動車」と呼ぶようなものではないか。馴染みがある名前なら不正確でもいい、ってものじゃないだろう。

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