Opinion : 下積みを嫌がっちゃ駄目です (2004/9/13)
 

先日、北海道で日本初の WRC 公式戦、ラリー・ジャパンが開催された。F1 や耐久は世界選手権級のレースを日本で開催したことがあるが、ラリーで世界選手権級のイベントがやってきたのは、確か初めてのことだったはず。運営面などでいろいろと改善を求める意見もあるようだが、まずはイベントが成功したことを素直に喜びたい。

なにしろ、ラリーには公道を使用するという難しさがある。日本のように国土が狭隘な国では、ラリー競技に使用できるような場所を探すのが大変で、その点、北海道という場所を選んだのは大正解。それに、なんといっても警察を納得させるのは大変だったハズだ

日本の警察は犯罪捜査についてはそれなりに優秀だと思うけれども、こと交通行政については頑迷極まりないといわれても仕方ない部分がある。しかも、簡単に反則を摘発できる一時停止違反なんぞに、わざわざ人手を割いて目を光らせているあたり、他にやるべきことがあるだろうに何を考えてるんだか、と思う。

その警察が、公道でモータースポーツ イベントを開催するといって、簡単に「はいそうですか」と納得するとは考えにくい。国内選手権級のラリーにしても、今回の WRC にしても、「暴走行為を助長する」とか何とかいって、グダグダと文句をいいそうだ。ただでさえ、官僚機構というのは新しいことを受け入れるのに抵抗が激しいものなのに。(もし、これが事実に反するようなら失礼 > 北海道警)

それに、警察以外でも、自治体の説得や、イベントの開催に必要な資金や場所、人員の確保など、実現までに超えなければならないハードルは大量にある。だから、国内選手権から段階的にステップアップして、ようやく WRC の国内開催にこぎつけるまでには、オーガナイザーはものすごい努力をしてきているのだろう。これは素直に賞賛するに値する偉業だし、来年以降も WRC を日本で開催して、地元に根付いたイベントにしたいものだ。機会があれば、自分も見に行ってみたい。


といったところで思ったのが、「ローマは一日にしてならず」というか、地味なところから努力を重ねて、コツコツと土台を作っていくことの大切さということだった。

たとえば J リーグ。新規参入したチームが、いきなり J1 で試合をするというシステムにはなっておらず、たとえどんなにスター選手を揃えていても、下のリーグから勝ち上がって段階的にステップアップして、やっとこさ J1 で試合ができる。
その過程でチーム運営のノウハウを蓄積することもできるし、実際に試合をして見せることで地元に対するアピールになり、それが人気拡大などのフィードバックになる。そうやって力を蓄えて、初めて J1 で試合ができる。そういうシステムをとっているからこそ、逆にトップリーグとしての J1 のプレステージも維持できる。

モーター スポーツの世界でも、いきなり新人が F1 や WRC で走るというのはあり得ない訳で、ときには "飛び級" もあるにせよ、基本的には下の方から実績を蓄えつつステップアップするルートができている。
トヨタの F1 参入にしても、それ以前に WRC や耐久で実績を作っているし、実は意外とモーター スポーツのさまざまな分野で貢献している会社だからすんなり参入できたわけで、いきなりポッと出のチームが F1 に乗り込んだというのは正しくない。

いきなり話は飛ぶけれども、石油なんかの収入で経済力だけは強化された国が、最新兵器を買いあさって最強の軍隊を作ったつもりになっていたら、実は張子の虎だった、という話にも似た部分がある。はっきりいってしまえば、これはフセイン政権時代のイラク軍のことで、頭数と装備水準は世界有数だったが、張子の虎ぶりというか、外見と中身の落差という点でも世界有数だった。(個別の話ではよく戦った部分もあるので、あくまで全体的に見た場合、という話だけれど…)

これだって、ドクトリン、訓練、兵站支援、組織作り、各種インフラなど、目に見えにくい土台をきちんと作ってこなかったところに、さらに独裁体制ならではの悪癖が加わった故のこと。所詮、フセイン時代のイラク軍は、大統領の虚栄心を満足させるための成金軍隊だったということか。イラク軍で世界最強だったのは、かのサハフ情報相ぐらいのものだ (笑)

だから、「米軍の強さ」について触れる際に、どうしても目につきやすい最新ハイテク装備にばかり注目しているのは浅薄というもので、その背後にあるシステム、つまり訓練・兵站・通信・指揮統制などの面までちゃんと見ないと駄目。


個人レベルの経済力という話でも、同じことがいえる。「一攫千金」は万人の夢だけれど、たとえばジャンボ宝くじの一等を当てて億単位の現ナマがいきなり手元に転がり込んできたら、舞い上がって我を忘れる人がいてもおかしくない。高額宝くじに当たった人には「心得」のようなものを説いてから当籤金を渡すという話をどこかで聞いた記憶があるが、それが事実なら、さもありなんと思う。
それでも、舞い上がって人生を狂わせる人が、過去に何人もいたんじゃないか。いきなり身の程知らずの大金を手にすると、ロクな使い方をしなかったという類の話はいろいろある。

そんな自分も、「億単位」には遥かに及ばなかったものの、たまたま NASDAQ の株高のおかげで、ストックオプションで一山当てているから、立場としては、宝くじに当選したのと似ている。山といってもちっぽけな山だが、幸運に恵まれて当てたという事実は変わらない。(さらに、国税が "取らんかな精神" を発揮して暴走してくれたおかげで、国を相手の税務訴訟という人生最強のネタまでついて来た :-)

が、今の自分の暮らしぶりは、以前と大して変わっていない。たまたま一山当てたからといって、いきなりゼイタクに走るのは何か間違ってるだろうと思ったし、何の保障もないフリーランスで仕事をしている身となれば、キリギリスよりもアリになってしまう。だから、仕事をして得た収入の範囲内で暮らしているという点では、会社勤めをしていたときと同じ。住んでいる場所は至って地味なものだし、高級外車があるわけでなし、高級ブランド品があるわけでなし。世間一般の基準と比べて多いのは、本とコンピュータとネットワーク機器ぐらいのもの。

それに、肝心の仕事にしても、いきなりベストセラーを出して一山当てたなんていうことはなくて、独立した初めの頃は大赤字だったし、仕事の内容も至って地味。知名度のある媒体で仕事ができるようになったのは、ここ 2-3 年の話に限られる。でも、下積みでコツコツと仕事をしてきたからこそ今があると思っているので、まったく後悔などしていない。


で、何をいいたいのかというと、どんな仕事でも何でも、下積みを嫌がらず、目立たないところからコツコツと実績を作ることを忌避して、いきなり桧舞台で脚光を浴びることばかり考えているような人は、ロクなもんじゃないということ。以前に書いたように、マスメディアなんていうのは上げて落とすのが商売なのだから、流星のように桧舞台に登場して、「マスコミの寵児」などと呼ばれていい気になっていると、後で散々な目に遭わされるのがオチではなかろうか。
もし、自分の意思ではなくてそうなってしまったのであれば、よほど足元をしっかり固めて冷静にならないと駄目で、そこで舞い上がったら終わりだ。

モノやサービスを売る商売でも、出来合いの製品やサービスを買ってきてチョコチョコと手直ししたものを、派手に宣伝して「自社製品」として売るような商売ばかりしていると、いつになっても事業中核になるノウハウが蓄積できず、ただの「安売り屋」から脱却できないのではないか。誰のこととはいわないけれど…

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