Opinion : 領海侵犯事件に関する雑感 (2004/11/22)
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「風が吹けば桶屋が儲かる」とはよくいったもので、何か事件が起こると、その影響が及んで得をする人が出てくるというのはよくある話。しばらく前に、日本の上空をテポドン (衛星打ち上げ説が濃厚だが、そもそも弾道ミサイルと衛星打ち上げ用ブースターは縁戚関係にある) が 1 発飛んでいっただけで、情報収集衛星という名の偵察衛星導入計画がトントン拍子に進んでしまった、なんていう過去もある。
今回、石垣島の近くで領海侵犯した中国の原潜がいて、それを海自がしつこく追い回し、しかも潜水艦の航跡をマスコミまで一緒になって実況したのは、海自にとってはある意味、"神風" が吹いたようなものだったかもしれない。
ちょうど、今週号の JDW (2004/11/17 号) にも載っている話だが、防衛庁と財務省が、自衛隊の戦力縮小に関してモメている。陸海空すべてでモメているが、主要な内容は以下のようになっている。(数字はすべて JDW の記事から転載)
| 現状 | 防衛庁案 | 財務省案 |
陸自定員 | 160,000 | 162,000 | 120,000 |
戦車戦力 | 945 | 678 | 425 |
護衛艦 | 52 | 50 | 38 |
海自作戦機 | 170 | 156 | 125 |
空自戦闘機 | 300 | 282 | 216 |
空自輸送機 | 61 | 57 | 42 |
記事では、こうした削減はミサイル防衛に必要な資金捻出のために、5 年間で 1 兆円の倹約が必要だ、という理由だとされている。
確かに、ミサイル防衛も無視して通ることはできないわけで、少なくとも、中国や北朝鮮に対する政治的カードとして持っておくことには、一定の理があると思う。ただ、財務省側では「ドイツで軍縮できたのに、日本でできないことはないはずだ」という理屈を振り回しているという報道もあり、これが本当なら「アホか」といいたくなる。
常々書いていることだけれども、軍事力の必要性というのは周辺諸国との相対的なパワー・バランスによって決まる。だから、周辺に目立った脅威を抱えていないドイツと、近所がキナ臭さ満点の日本を同列に論じるあたり、いかにも秀才官僚が考え出しそうな空論ではある。
ちょっと冷静に考えてみれば分かることだけれども、日本が置かれている地政学的な立場と経済的な立場が変わらない以上、対外貿易と、それを支えるインフラとなるシーレーンの確保は、もっとも重要な課題といえる。そして、シーレーンに対する最大の脅威が潜水艦、それに次ぐのが航空機だというのは第一次・第二次世界大戦を通じて得られた定理であり、それに対応できるだけの中核戦力は維持する必要がある。企業経営でいうところの、コア・コンピタンスみたいなもの。
もっとも、世の中には「リスクを負いたくないから、中核となる事業ドメインは作りません」なんていっている経営者もいるが、これは無節操経営に対する言い訳でしかないというのが個人的見解。おっと、そんな話は措いておくとして。
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かような状況下で、海自の ASW 戦力に大ナタを振るおうという財務省は、何も分かっていないトンチンカンか、さもなくば外務相の「チャイナスクール」と同様の媚中主義者の集まりということなのかと問い詰めたいところだ。もっとも、ストックオプション税制をめぐる迷走ぶりを見る限り、あの役所には終始一貫した戦略というものはなくて、場当たり式に周囲のムードをみて動いているだけなのかもしれないが。
幸い、そこに中国の原潜が領海侵犯をやらかして、潜水艦の脅威を顕在化させてくれた。まさに、海自にとっては最強の追い風が吹いたといえる。空気を読めていない財務省を論破するために、おおいに頑張っていただきたい。
ついでに付け加えれば、近隣海域における脅威としては、昔も今も機雷を無視することはできない。だから、米海軍との共同作戦がどうだという話を無視しても、海自が ASW と MCM を中核に据えているのは、理に適っている話だと思う。
ただ、それを実現するための手段については、費用対効果を追求する必要がある。たとえば、常に国産装備に固執することが最適解なのか、という議論は、もっとあってもいいと思われる。だから、P-X と MMA を一本化するかどうかという話については、費用見積もり次第では、検討の余地があるかもしれない。護衛艦にしても、同じ性能のものをいかにして安く作るか、という努力をするように財政当局が発破をかけるというなら、まだ分かる。
ところで。
さすがに中国も「わざと侵入した」とはいえない訳で、"技術的支障" とかなんとか言い訳しているらしい。国内の軍事評論家の中にも、スピードがあまり出ていなかったという理由から、事故・故障の存在を主張する向きがあるようだ。だが、潜水艦が事故や故障を起こしたら、四半世紀ほど前に沖縄の近くでソ聯海軍のエコー II 型がやったように、まず浮上するのが筋。この件に限らず、ソ聯の原潜が自国近海でもないのに浮上して写真を撮られたケースの多くは、事故や故障に見舞われた艦じゃないのかといいたい。
だいたい、どこの国の旗を掲げていても、事故やトラブルに見舞われた潜水艦は後先のことを考えずに浮上するのが通例で、潜航したままでウロウロするなんて聞いたことがない。<クルスク> のように沈没してしまった場合は別として。
だから、問題の漢級原潜が潜航したままで速度を落としてウロウロしていたのは、故障でもなんでもなくて、むしろ放射雑音を減らして探知をかわそうと足掻いていたというのが真相じゃないかと思う。だいたい、あんな狭い海峡部分に "間違って" 侵入しますか。そんな器用な間違い、聞いたことがない。
ただ、外交儀礼としては不必要に事を荒立てたくないから、"技術的支障で" "間違って" "領海侵犯してしまった" ということにしておくのも無理はないところ。単に、それを誰も信じていないというだけで。
ついでに空自と陸自について書くと。
頭上の脅威を排除するのに必要な戦闘機を軽視できないのは、日本と同じように地理的縦深性を欠いているイスラエルをみればよく分かる。だから、空自の戦闘機戦力を大幅に削るのは難しい。とはいえ、なにがしかの効率化も必要だから、要撃 (FI) と支援戦闘 (FS) に分かれているのを、マルチロール化して一本化する程度の対策は、将来的に必要かもしれない。装備にも訓練シラバスに響くけれど、むしろこの両者を別々に持っているゴージャスな国の方が少数派な訳で。
陸自の場合、頭数は減らし辛い状況にあるから、戦車部隊や特科部隊にある程度の縮小が求められるのは、これは仕方ないかもしれない。当節、北海道や東北に大規模な着上陸侵攻という事態は考えられないから、要所に迅速に展開できる機動性が大事になるはず。
そのための手段として全国に高速道路網を張り巡らすというなら話は分かるが、そういう観点から高速道路建設をいっているわけでもなさそうだ。どうもこの国では個別にバラバラに話が動いてばかりで、大局的に大戦略からモノを見るのが苦手なんじゃないのと思える。
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