Opinion : 小田急 VSE に見る "プレミアム" (2005/5/2)
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4/25 に、小田急の新型ロマンスカー、50000 形 VSE (Vault Super Express) に乗ってきた。最初は、片道だけ VSE に乗って、帰りは新幹線で引き返そうかとも思ったけれど、結局、<スーパーはこね 27 号> と <はこね 28 号> で往復、帰りは展望車の前から 2 列目で楽しんでしまった。
新宿駅に行けば実物大の車内断面図パネル (内装部品の材質説明入り) や、設計・製造過程を示したパネルが展示されているし、放送ではいちいち「50000 形・VSE」と形式入りでしゃべるし、乗務員は専属の「特急組」を用意するし、制服まで改めてしまうし。それ以外にも、VSE 登場に併せて新登場した、あるいは復活したネタがゴロゴロしている。
車体傾斜や操舵台車、連接構造の復活など、技術的な分野でも頑張っているけれど、デザインやサービスといったソフトの分野でも手を抜かなかった。典型例が、VSE で復活したシートサービス。もちろん、前面展望車の復活も無視できない要素のひとつ。NSE や LSE のように連窓になっていないので、左右の太い柱が邪魔くさいけれど、真正面が見えるところに価値がある。
ただ、ロングレール化が進んだせいで、連接車独特の「●● ●● ●● ●●」というジョイント音を聞く機会が減ったのは、ちょっと寂しい。それでも、駅を発車するときに毎回、ミュージックホーン (これも復活ネタのひとつ) を一発鳴らしてくれるから、それで埋め合わせということにしようか。
もともと過密ダイヤの小田急だし、最短所要時間のスジでもないので、スピードについては期待していなかった。実際、ちょっと加速するとすぐにブレーキがかかる状況が多かったので、車体傾斜装置の威力についてはよく分からない。
ちょっと古手の方なら御存知の通り、小田急は 1960 年代後半に古い通勤車の車体を使って強制振子の実験をしていたが、諸般の事情でお蔵入りになった経緯がある。それが四半世紀以上の時を経て結実したわけで、ぜひとも威力を体感してみたかったのだけれど。
車体傾斜の威力をフルに発揮するスラローマーということでは、函館本線で乗った <スーパー北斗> の 281 系が強烈過ぎるので、あれと比較されてしまったら気の毒かもしれない。
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もっとも、箱根観光のテコ入れのために登場した VSE にとっては、わずかばかりの所要時間短縮よりも、乗客に対する「もてなしの心」の方がはるかに大事。展望を考慮した窓の構造、その窓側に向けて角度をつけて配置した座席、木材を多用して暖かみをもたせた内装など、高く評価できるポイントは多い。(ただ、2m の窓を 2 連にしているわけだから、"幅 4m の窓" と称するのはインチキくさい)
それに、走りの面でも、スーッと加速して粛々と走り、スーッと止まる。プレミアムカーというのは、こうでなければならない。阪神ジェットカーや京浜急行みたいにドッカン加速する小田急ロマンスカーなんて、金輪際、願い下げだ。テーブルに置いた紅茶がひっくり返る。
びっくり仰天したのは、「車掌がこれから車内にうかがいます」という放送に続いて「写真撮影のお手伝いもいたします」(文面は少し違ったかも知れないけれど、こんな意味だった) と付け加えたこと。一発営業の観光列車でもないのに「写真撮影のお手伝いをします」なんて放送は初めて聞いた。実際、記念写真を車内で撮影するニーズは多いと思われるけれど、それを手伝います、と明示するのは珍しい。力の入れようが感じられる。
ひとつケチをつけると、窓框の位置が高すぎる。そもそも、小田急ロマンスカーといえば窓框の位置が低いのが基本で、3100 形 NSE や 7000 形 LSE では、床から窓の底辺までの高さは 750mm。VSE では 800mm を軽く超えているようで、ちょっと閉塞感が強い。車体強度の関係かもしれないが、せっかく、天井を高くして広々感を演出したり、車窓の展望に配慮したりしているのに、画竜点睛を欠く感じで惜しまれる。それに、車体と比べた窓の小ささが、外見の「もっさり感」を増幅させている。
窓まわりでもうひとつ気になったのは、ロールカーテンの誘導用に張り渡されているワイヤー。遠目には目立たないのだが、実は意外と太いワイヤーを使っていて、しかも細い鋼線を寄り合わせた表面がむき出しになっている。うっかりこれで肌をこすって、怪我をする人がいないといいのだけれど。
VSE で強く感じたのは、「特別な電車」を作ろうという気迫が至るところで感じられること。実のところ、VSE でもっとも嬉しいポイントは、これだと思った。
なにしろ、新宿駅の特急券券売機で買った切符からして、わざわざ「スーパーはこね 27 号 (VSE)」と車種入りで書いてあるのだから、タダゴトではない。JR 西日本が「500 系」あるいは「レールスター」といった言葉を押し出した車内放送をしているけれど、その JR 西日本でも、切符に「500 系」とは書いていない。
小田急沿線で生まれ育った方ならお分かりかと思うけれど、小田急ロマンスカーというのは、沿線住民にとっては憧れの的。週末にあれで箱根や江ノ島に行き、シートサービスの紅茶やお菓子をいただく。で、運が良ければ前面展望車の最前列。これが小田急沿線住民にとっての "ハレの日" だったといっても、過言ではなかろう。ちょっと手を伸ばせば届くプチ・ブルジョア的贅沢だけれど、そこがポイントだ。
ところが、1980 年代に入って通勤特急としての需要が増大したあたりから、話がだんだんおかしくなる。日東紅茶の「走る喫茶室」と森永の「エンゼルティールーム」が消えてしまい、20000 形 RSE で連接構造や前面展望車がなくなり、そして味も素っ気もない 30000 形 EXE の登場となる。
もちろん、30000 形も 1990 年代の特急電車としての内装水準はクリアしていた。だけど、果たしてあれが「特別な電車」「ハレの日の電車」「憧れの対象」といえたかどうか。30000 形に "ほげほげ Super Express" と命名しなかったところを見ると、小田急自身も、そこのところは自覚していたのかもしれない。そもそも、前面展望車も連接台車もない小田急ロマンスカーなんて、クリープを入れないコーヒーみたいなもんだ。
その鬱憤を晴らすべく (?)、VSE では原点に立ち返って、やれるだけのことは全部やってくれた、という感じがしている。帰りに前展望車に乗ったのでよく分かったけれど、駅で視線を集めたり、カメラを向けられたりしている度合が凄い。小田急ロマンスカーの歴史始まって以来、最高レベルの注目度ではないか。"準特急" EXE は措いておくとしても、LSE や HiSE、RSE が、デビュー当初にこれほど注目されていたかどうか。「鉄」ではない人までなにやら注目しているという点では、新幹線 500 系以来かもしれない。
それに、車内でも発車前に後ろの方から前面展望車にやってきて、記念写真を撮る人がひきもきらない。それってマナーとしてはどうなのよ、という話はあるにしても、前面展望車が歓迎されていることの証左ではある。そして、フツーの人に注目されて「あれに乗りたい !」といってワクワクしながら乗り込んでくれるというのは、立派な成果だと思う。(ひょっとすると、NSE が 1963 年にデビューしたときも、同じだったかもしれない。ただ、まだ私は生まれていなかったので、コメントのしようがない。あしからず)
自動車業界では、多くのメーカーが、最高の技術や手間を盛り込んだプレミアムカーをラインナップに加えて、イメージリーダーとしての任を負わせている。鉄道業界でもイメージリーダーが存在するという点では同じことで、特に小田急・東武・近鉄の「私鉄特急御三家」にはその傾向が強い。この御三家の中で、やや寂しい状況が続いていた小田急が VSE で一挙に盛り返してくれたのは、子供の頃から小田急に馴染んでいた一人として、素直に喜びたい。
鉄道業界において、イメージリーダーたるプレミアムカーとは、普段の通勤・通学・用務などの用事で一般車に乗っているときに、それが走っている姿を見て「あっ、あれに乗ってみたい」とか「いいなあ、あれ」(古) と思わせるものでなければならない。そして、それに乗ることで非日常への逃避ができる「憧れの存在」でなければならない。プレミアムカーたるもの、あまり生活臭が強いのもどうかと思う。
願わくば、運転開始当初に盛り込んださまざまなサービスの質が、この先、下がってしまうことのないように。どこでも往々にして、最初はドカンと盛り上げてみたけど、だんだんと手抜きになって竜頭蛇尾、というケースはみられるものだ。そんなことになったのでは、VSE を投入した意味が半減してしまう。
早くも、車体の一部で外部塗装が傷んでいる部分が散見されたけれど、なにしろ 2 編成だけの「特別な電車」なのだから、ちゃんとメンテナンスしていただきたい。ここのところ、微妙に手入れの悪さが感じられる 500 系の轍を踏まないように。
VSE に乗ったら、終点に着いて乗客をすべて降ろした後で先頭車のところまで行って、運転士が出てくるところを観てみよう。扉が開いて梯子がスーッと降りてくる様子は、まるでサンダーバード 2 号だ。
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リンク :
「小田急電鉄 50000 形(VSE)」(間違いだらけの電車選び)
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