Opinion : 福知山線の脱線事故に関する雑感 (2005/5/9)
 

福知山線の脱線事故は、私が VSE に試乗していたのと同日の出来事だったので、先週の掲載にすることも考えたのだが、ある程度、情報が出揃ってから書いても遅くあるまい、ということで見送らせていただいた。(日比谷線事故の時のように、いささかピントの外れたことを書くのも嫌だったので…)

ところが、その一週間の間に、話はなんだか妙ちきりんな方向に行ってしまった。どうも不愉快だ。ちょっと長くなるけれども、分野ごとに話を分けて書いてみたい。


ATS-P さえ付ければ解決する問題 ?

今回の事故、スピードオーバーが一因なのは確からしい。スピードオーバーの状態でカーブに突っ込んだのもさることながら、その状態で非常制動をかけたのがまずかったのではないか ? と、個人的には考えている。クルマを運転しているときでも、コーナリング中で強い横 G がかかっている状態でブレーキを踏むと挙動を乱しやすいし、重心の高いクルマならコロンとひっくり返る (報道向け試乗会の席で、某社の背高ワゴン車が何台もコロコロ転倒したという話がある)。

で、スピードオーバーということで当初に出てきた話が、「ATS-SW を使っていたのは安全軽視、ATS-P にするべきだ」というもの。
でも、根本的には ATS-SW だろうが ATS-P だろうが、赤信号の冒進を防ぐのが主目的のシステムで、カーブでの速度制御に利用できたとしても、それはあくまで副次的用途。あくまで ATS とは「停止装置」であって、速度制御装置として開発されている ATC とは違う。JR 東日本のデジタル ATC なら事情は違ってくるだろうが、「ATS-P さえ付ければ問題解決」といわんばかりの論調、果たしていかがなものかと。

挙句の果てには国土交通省まで便乗して「ATS-P を取り付けるまで運転再開は認めない」とか「補助金を出してでも ATS-P の主要線区への導入を義務付ける」といいだすに及んでは、いささか便乗の気がないかと思う。まさかとは思うが、ATS-P 導入にかこつけて予算を取りたいだけではないかと疑ってしまう。


遅延の責任問題〜どっちに転んでも叩かれる

今回の一件を通じてクローズアップされたのが、いささかムチャクチャじゃないの、といいたくなるような JR 西日本における労務管理体制の話だった。アーバンネットワークの芸術的なダイヤ、そして各方面への複雑な相互乗り入れのことを考えると、遅延に対してピリピリする気持ちは分からんでもない。

ただ、運転士がヘタクソで列車が遅延するのであれば、運転士の責任を問うのは筋が通るけれども、列車の遅延というのはむしろ、乗務員にはどうしようもない外的要因によるものの方が多いのではないか。飛び込み自殺にしろ、駆け込み乗車にしろ、車輌故障にしろ。なのに、その責任まで運転士におっかぶせて「日勤教育」というのは、それは違うだろうと。

スピードアップや "過密な" ダイヤは、元はといえば乗客が求めているものでもある。それでいて、その乗客がダイヤを乱す原因になったり、ダイヤが乱れると文句をいう存在になったりする。乗客とは加害者なのか、被害者なのか、どっちだろう ?

遅延に対する柔軟性を持たせるには、運行時間に余裕を持たせるのがもっとも分かりやすいけれども、余裕時間を増やしすぎるとスピードダウンになる。この件について、何か事故が起こるとマスコミはたいてい、「スピードダウンする勇気が必要だ」「余裕時間を増やせ」「過密ダイヤがいけない」と騒ぐのはお約束だ。
だが、スピードアップや運転間隔短縮といった利便性を求めているのは乗客である。電車がちょっと遅れただけでも文句をいう乗客がいるからこそ、JR も遅延にピリピリするのだし、「過密ダイヤ」を叩くマスコミだって、事故さえなければ何もいわないのが普通だ。

でもって、「過密ダイヤ叩き」を真に受けて、JR が所要時間を増やしたり列車を間引いたりしたら、今度は事故で騒いだときのことなんかきれいさっぱり忘れて「利用者不在のダイヤ改悪だ」といって騒ぐのがオチじゃないの、という気がする。結局、いったん JR を悪者にすると決めたら、後はどっちに転んでも叩かれるという訳だ。

似たような話は他にもある。
マイクロソフトが Windows を頻繁にバージョンアップすると「バージョンアップをユーザーに強制して金儲けする」と叩く。で、Windows XP みたいに何年もそのままだと「バージョンアップしないせいで、新しいハードウェアや規格への対応が遅れて云々」といって叩く。セキュリティ対策にしても同じで、Service Pack を出さないと「パッチを大量に当てなければならなくて面倒」「早く SP を出せ」と騒ぐのに、いざ SP が出ると「互換性に問題があるから SP のインストールは待て」「調査会社によると、SP の普及は進んでいない」と叩く。じゃあ、どうしろっていうの。


軽量ステンレス車体がいけないのか ?

今回の事故が結果的に側面衝突になった点を指摘して、電車の設計に際しては側面衝突への安全性を考慮せよ、とトンチンカンな主張をしている人がいる。しかし、衝突安全ボディというのは衝撃を吸収できる部材と空間があってこそ成り立つもので、車輌限界で寸法を制限されている鉄道車両で、クラッシャブル ゾーンを確保するなんて、どだい無理な相談だ。
かといって、車体そのものを頑丈に作れという主張は衝突安全ボディを勘違いしているし、そもそも、衝撃吸収のためにボンネットやトランクルームを犠牲にできる乗用車と混同しているのだとしたら不勉強だ。第一、乗用車だって側面衝突は前後方向の衝突より苦手だ。(衝突安全ボディの本質を見事に証明した写真は、こちら)

前面については、鉄道車両でもそれなりに構造が強化された事例が多いし、先頭まで乗客を乗せる小田急ロマンスカーや名鉄パノラマカーでは、衝撃吸収用のオイルダンパーを隠し持っている。名鉄パノラマカーだと露骨に分かるし、小田急 NSE のヘッドライト部もオイルダンパーをカバーした形のように見えるが、さすがに後年の LSE や HiSE、VSE ではキレイに隠されている。

この辺の話題に興味がある方は、「ダンプキラー」という単語でググってみるとよいと思う。なにしろ、衝突事故に見舞われた際に、本当に相手のダンプをやっつけてしまったのだから。名鉄パノラマカー最強。

閑話休題。
前面衝突にしろ側面衝突にしろ、100% の安全性を確保するのはどっちみち不可能な相談。乗用車の衝突安全ボディにしても、想定している速度は 60km/h かそこらなので、もっと速いスピードで走っていれば、乗っている人が助からない場合もあるだろう。私が中央道でトラックに蹴飛ばされたときに助かったのも、GOA がいい仕事をしたことが根底にあるにせよ、大雨でスピードが出ていなかった点や、転倒や火災がなかった点も無視できない。どんなクラッシュにも耐えられる頑丈な乗り物が欲しい新聞記者さんは、M1A2 エイブラムズ戦車にでも乗れば ? といいたい。

ついでに書くと、「207 系はステンレス製の軽量ボディだから、強度がなくて危険だ」という珍説。じゃあ、従来の鋼製車が事故で際立った頑丈さを発揮したかといえば、そんなことはあるまい。こんな珍無類な主張をする前に、過去の事故事例を調べて、古いクルマがそんなに頑丈にできていたかどうか調べてみる方がいいと思うのだが。

軽量ステンレス車体を目の敵にする人に訊いてみたい。営団 5000 系が荒川中川橋梁で宙を舞ったときに、「5000 系は軽量ステンレス車体だから危険だ。もっと重くしろ」という主張があっただろうか ? 根室本線でキハ 183 が強風に煽られて転倒したときはどうだった ? だいたい、軽量車体というのは、強度を犠牲にして軽く作ったものではなくて、同じ強度を維持しながら軽く作った車体のこと。そこのところを勘違いしないでいただきたい。

それに、鉄道車両の強度設計に際して、今回のような事例はどちらかというと「想定の範囲外」に近いわけだし、想定したとしても、できることは限られている。事故ったのが戦前生まれのクモハ 42、あるいは重量級の新京阪デイ 100 や阪和モヨ 100 でも、似たような結果だったのではないか。むしろ、古い電車の方が、台枠に頼っている分だけ、車体部分はヤワかも知れない。(現金輸送車マニ 30 なら、多少は違うかも… いや、そんなことはないだろう)

さらにいえば、飛行機だって船だってバスだって、側面からぶつけられたら同じように壊れると思うのだが。たとえば、ドイツ海軍の重巡プリンツ・オイゲンが僚艦の舷側に突っ込んで真っ二つにしそうになった写真を見れば、そのことが理解できるハズ。


"不適切行動" は本当に不適切 ?

ATS-P や軽量車体に絡んで、ややこしい技術解説に話が行くのが嫌がられたのか、いきなり盛り上がり始めたのが「不適切行動」の話。もはや、叩けることなら何でも叩いておけ、という履き違えた正義感、サディズムの発露としか思えない。そりゃまあ、大企業のトップを記者会見の席で堂々と罵倒するなんて、滅多にできることじゃないけれども。

発端となった、「救援に参加しなかった運転士」の件にしても、別の仕業を抱えて出勤途上だったのであれば、それは仕方ないだろうと思う。電車が 1 分遅れただけでも絞られるのに、救援に参加して乗務ができなくなったら、後で何をされるか分からない、と考えても無理はないのだから。(にもかかわらず、当該乗務員を庇わないで処分云々をいいだした上司もあんまりじゃないの ?)
そもそも、運転士という "救援活動の素人" が現場にいたところで、できることは限られていたのではなかろうか。

何か事故が起きたら「JR 西日本」と名刺に書いてある人はどこにいようが関係なく、遊びに行った途端に「不適切行動」だ、という論旨が、そもそも狂っている。まるで、昭和天皇が御病気になられたときの過剰な自粛騒ぎと同じだ。
そこまでいうなら、事故の際にテレビ局はバラエティ番組を中止したのか、新聞各紙は娯楽関連の話題を紙面から取り除いたのか、と訊いてみたい。ついでに書けば、武富士から 5,000 万円の金を受け取っておいて、その話を伏せていた週刊朝日 & 朝日新聞社の方が、よほど不適切行動じゃないかと。そんな調子で JR 西日本のことを叩ける立場かと。

ちょいと過激な言い方をすれば、今の報道状況というのは、マスコミ各社が JR 西日本を相手に「日勤教育」をやっているようなものではないか。
もっとも、マスコミがそういう体質を持っているのは今に始まったことではないし、叩かれる事態を予期して、先手を打って「宴会自粛」を言い出さなかった JR 西日本の関係者も、ずいぶんと脇が甘いということはいえるけれども。

もし、何か事故が発生したときに知らん顔して遊びに行ったのが、軒並み「不適切行動」だというのであれば、自分だって「不適切行動」をやっている。
先日、玉原までスキーしに行く途中、関越道で単独事故を起こし、本線上で横を向いて止まっていたヤンキー仕様のセルシオがいた。となると、その横を素通りした私も、「事故車を見捨てて、自分だけ遊びに行ってしまった不適切行動」ということになるのか ? (と書くと、さすがに屁理屈が過ぎるか)


安全を実現できる組織

もちろん、JR 西日本に何の責任もない、なんて主張するつもりはない。例の「日勤教育」の件もそうだが、安全運行、あるいは定時運行という点に関して、いささかピントがずれた施策が幅をきかせていたのは確かなようだし、それは改善しなければなるまい。

鉄道会社に限らず、どんな組織にもいえることだけれども、失敗や不具合の話をオープンにできないような施策をとることの方が、長期的にみると大きな害毒を流すのが常だ。
というのは、後で (「日勤教育」のように) 処罰される事態を怖れて、失敗や不具合の話を伏せてしまうような事態を誘発しやすいから。現に、当該列車でもオーバーランの距離を少なく報告しようとして、乗務員が口裏を合わせようとしている。そういうやり方は、後々、もっと大きな事故やトラブルの遠因になりやすい。

また、本筋とは関係のない些細な話でマスコミが延々とバッシングを展開するような事態が相次げば、不具合の話をマスコミに出さないようにしよう、として組織全体で口裏を合わせるような事態にもつながる。だから、マスコミは変なところで重箱の隅をつつくような真似をしてはいけないのだ。

それと、呆れてしまったのが、いきなり安全体質について云々し始めた労働組合。平素はベアのことばかりいっているくせに、事故った途端に自分だけ「いい子」になろうとは何事か。JR の労組だけでなく、それに便乗した連合の笹森会長だって同じだ。普段から、春闘なんかの席で「安全対策の徹底」を申し入れている労組が、一体どれだけあっただろうか ?


ふう。
ちょっと熱くなりすぎたかもしれない。分量が平素の 2 倍以上になってしまった。

どこをどう叩こうが、起きてしまった事故を元に戻すことはできないのだし、できることといったら、再発防止しかない。それは、関係者が毎日、地味な努力をコツコツと積み重ねてこそ実現するもので、誰かさんがいうような、神懸かりの「安全神話」なんてものではない。

警察の調査は、あくまで責任者を見つけて「刑事罰として立件」するためのものだから、原因調査と再発防止という点については事故調の調査を待つのが筋。だが、今みたいにピント外れの感情論が幅をきかせている、国を挙げたヒステリー状況では、事故調がまともな結論を出しても、それが実効性のある対策につながるのかどうか…

ひとつ断言できるのは、「利益を度外視して安全を実現する」のではなく、「利益と利便性と安全のバランスを、可能な限り高い次元で取る」のが最善の落としどころだということ。これ、いうは易く、実現するのはとても難しいのだけれど。
資本主義社会である以上、「利益を度外視して」なんていうのは、所詮、ウケ狙いの美辞麗句でしかない。本当に利益を度外視したら、JR 社員の生活が成り立たなくなり、JR がなくなる。そうなったら困るのは誰 ? 少なくとも、会社差し回しのクルマで走り回っているマスコミ関係者じゃないだろう。


そういえば、中央道の上を通る陸橋で「死にたくなった」といって飛び降り自殺騒ぎを起こし、GW 中で渋滞銀座の中央道を何時間も通行止めにした輩がいた。これなんて、万単位の人に迷惑をかけまくった、究極の「不適切行動」ではないか。
自分だって、生きていくのが嫌になってしまったことがない訳ではない。だけど、交通機関を巻き込んで万単位の人に迷惑をかけるような、そんな迷惑な死に方をしようと思ったことはない。
もし、誰かが「死にたくなって」JR 西日本の列車に飛び込みをやり、それで列車が遅延して乗務員が「日勤教育」の対象になった挙げ句に自殺してしまったら。それは、飛び込みをやった本人が間接的に殺人を犯したようなものじゃないかといってみたい。刑法で立件して罰するのは無理だろうけれど。

Contents
HOME
Works
Diary
PC Diary
Defence News
Opinion
Ski
About


| 記事一覧に戻る |