Opinion : 小国が大国と戦争して勝てるもの ? (2005/8/8)
 

毎年、8 月になると突然、国を挙げて「戦争」とか「平和」についてあーだこーだとやり始めるのは、この国の定例行事。御多分に漏れず、この国も過去の歴史の中で大量の戦争を経験している。にもかかわらず、なぜか「戦争」について論じるときには太平洋戦争がベンチマークになってしまうのは妙な現象。
そもそも、ボロ負けした途端に "戦争嫌い" になるってどうなのよ、と突っ込みたくもなるのだが、「国家は、前回戦った戦争に備えるものだ」という格言と関係あるんだろうか。(そういうところに、この国の "平和志向" の底の浅さを感じる)

それはそれとして。
毎度の「あーだこーだ」の内容は多種多様だけれども、意外と議論が分かれるのが、「そもそも、太平洋戦争とは勝てる戦争だったのか」という話。


ひところほどではないにしろ、書店に行くと、「大逆転」モノの妄想戦記や「こうすれば勝てた」的な書籍がいろいろ出回っているところを見ると、太平洋戦争に負けて国土を丸焼けにされたことに対する怨念は、年代を問わず、根深いものがあるのかもしれない。何度も書いていることだけれど。

ただ、その「逆転指南書」の多くは戦術レベルの話に終始していて、たとえば「ミッドウェイ海戦ではこうすれば負けなかった」的な内容になっている場合が多いように見受けられる。なるほど、個々の戦術レベルで見れば、改善の余地があったのではないか、と後知恵をつけられる部分はいろいろあるのだが、では、軍隊という名の戦争機械を支える根幹たる国力、そして国家戦略についてはどうだろうか。

個人的には、以下のような理由から、どうあがいても太平洋戦争に勝ち目はなかったと考えている。はっきりいってしまえば、軍事的能力がどうとか兵器の性能がどうとか以前の段階で、すでに勝負がついていたということ。

  • 経済的にアメリカに依存しているのに、そのアメリカに喧嘩を売った時点で、根本的に大失敗
  • どうにもならない天然資源の欠如。もともと、天然資源欲しさに始めた戦争というところからして終わっている。しかも、その天然資源を本土に搬入するためのシーレーンの重要性に関する認識が甘すぎた
  • 工業生産力の欠如。さらに、マネージメントやリソース配分の失敗で、ただでさえ大きい格差をますます広げて自滅している
  • 人的資源の差。人的資源に恵まれていれば、とりあえず負けても補充が利くが、人的資源に乏しければ補充が利かない。しかも日本軍は体質的に、人的資源を大事にしていない傾向が強い
  • 過度の職人指向による弊害。これが、人材の補充を難しくした。アメリカのように「サルでも戦争できるシステム」を作る方が、少なくとも第二次世界大戦に向いていたのは確か
  • また、行き過ぎた職人指向が、精神論への傾倒や科学技術の軽視につながった可能性もある

ただ、国力に関連する話を論拠にすると、「いや、小国が大国を打ち破った例もある」といって、日本にも勝ち目があったのではないか、と主張する向きがある。そんな乱暴な。
そういえば、ヒトラーが対ソ開戦をいい出したときに、フィンランド軍がソ聯軍を敗北寸前まで追い詰めたじゃないか、という主張をしたらしい。周辺条件を考えずに、フィンランド軍がソ聯軍の大群に立ち向かったのだからドイツ軍だって、というところが、すでに暴論としかいいようがない。

天才的指揮官が、少数の手勢で敵の大軍をやっつける、というストーリーは人の心を魅了するけれども、第一次世界大戦、あるいは第二次世界大戦みたいな国家総力戦では、最後に効いてくるのは総合的な国力。そのことを無視して戦術レベルの事例を持ち出しても、「戦闘」に勝てるだけで、「戦争」に勝てるとは限らない。

とはいえ、小国が大国に勝った事例、あるいは寡兵をもって衆を撃った事例が、戦史にまったくないわけではない。ただ、それにはそれなりの条件があるわけで、常に寡兵が勝つわけではない。そこで、寡兵、あるいは小国が勝てる、あるいは負けないための条件を考えてみた。


条件 1 : 地理的条件に恵まれること

1939 年から 1940 年にかけての冬に、フィンランド軍がソ聯軍を迎え撃った事例が典型例。もともと、フィンランドは沼沢地や森林地帯が多く、しかも人跡未踏の土地が多い。これは、攻めるに難い地勢といえる。特に、機械化部隊や戦務支援部隊にとっては辛い。

また、カレリア地峡のように狭い場所では、敵がどこに攻めてくるのかと悩む必然性がないので、護りを固めるのは容易になる。しかも、戦線の幅が限られれば攻撃側が一度に投入できる戦力は限られる上に、交通渋滞を起こすことになりやすい。
つまり、地理的条件を利用して局地的な優位を実現、それによって決定的な勝機を得られれば、勝てないまでも、負けずに済ませることができる可能性もある。

例外はあるにせよ、基本的に小国は攻めるより守る方が有利。国力に劣る小国が大国に攻めかかるのは、自爆行為になることが多い。

条件 2 : 強力な後ろ盾が得られること。それが無理なら短期決戦

ベトナム戦争におけるベトナム、朝鮮戦争における北朝鮮が典型例。どちらも、ソ聯や中国がバックについて軍需品や人員をドンドコ供給したのが効いている。朝鮮戦争のごときは、頭数だけで見ると「韓国 vs 北朝鮮」というより「アメリカ vs 中国」の戦争というのが実情。

アフガニスタンでも、ムジャヒディンに西側諸国が武器を供給していた影響は無視できない (特にスティンガー SAM)。逆に、OEF (Operation Enduring Freedom) でタリバンが潰滅したのは、強力な後ろ盾がなかった上に、攻撃側が最新ハイテク兵器と空からの支援を受けていたため、装備や情報面の差が、地理的条件の有利さと防御側の利を上回ったためと考えられる。

正規軍だけでなく、ゲリラ戦といえども人員・物資・資金面での支援は必要で、それには外部からの支援が必須。本当に独力で政権をひっくり返したり外敵を追い返したりしたゲリラは、案外と少数派のはず。

もし、経済面・物資面での後ろ盾が得られなければ、短期決戦で決定的な打撃を与えて、相手の継戦意思を挫いて追い返すしかない。それに失敗すれば、敗北する。

条件 3 : 大国の側が自滅すること

ベトナム戦争で、アメリカが攻撃目標を自ら制限したり、戦力の逐次投入をやったりしたのが典型例。ワシントンが攻撃目標にいちいち口出ししたのも、一種の自滅行為。こうした行動が、北ベトナムにとっては戦力蓄積のための聖域を実現できることにつながった。

また、民心掌握に失敗するケースもこれに該当する。南ベトナム政府が典型例。

条件 4 : 士気や実力に大差があること

頭数がいっぱいいても厭戦ムードいっぱい、逆に迎え撃つ側は少数でも士気旺盛でやる気満々、決死の覚悟を固めている… となれば、人数の差をある程度、埋められる可能性はある。ただ、それだけでは限界があるので、他の条件と組み合わせる必要はあるだろう。

また、装備や戦闘力の差が桁違いに大きい (または大きいと信じ込んでしまった) 場合にも、同様の逆転現象が発生する可能性がある。たとえば、スペインが中南米諸国を蹂躙したときが典型例で、フランシスコ・ピサロの軍勢は頭数こそ極端に少なかったものの、銃も馬も知らなかった現地の軍勢を、物理的にというより心理的に圧倒して勝利を得ている。ただ、現代ではこれほど隔絶した差を生むのは難しい。


と、過去の戦史をひもときながら、いろいろ考えてみた。このように、好条件に恵まれれば、小国が大国に勝つ (少なくとも負けない) ことも不可能ではないが、あくまでそれは、条件付きでの話。基本的には、頭数や国力に勝る方が有利という原則を崩すには至らないと思う。

そういう事情を無視して、「小国が勝った事例もあるのだから」と都合のいい結末だけを抜き出して論拠とするのは、いくらなんでも無理があるのではないだろうか。第一、太平洋戦争における日本は、先に挙げた条件をひとつも満たしていない。

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