Opinion : 地球市民教育なんて絵空事 (2005/11/7)
 

ホワイトバンド・キャンペーンが掲げているお題目のひとつに「地球市民教育」がある。いかにも "そっち系" の臭いがプンプンするけれども、これが今回のお題。


そもそも、「地球市民」なる概念は、どういう思想から出てきたものだろうか。ひところ「宇宙船地球号」なんて言葉が喧伝されたことがあったけれども、その流れでいくと「地球上で暮らす人は、みんな運命共同体だ」という考え方ではないか、という推測がひとつ。

もうひとつは、「国家」という枠組みがあるからこそ戦争だの貧困だのという問題が発生するのだ、という考え方によるものだという推測。個人的には、どちらかというと後者の意味合いが強いのではないかと思える。だからこそ、ホワイトバンドに御執心の辻元清美議員が、例の「サイン入りバイブ」のイベントで、こんな発言をしたのではないか。

「国会議員って言うのは、国民の生命と財産を守るといわれてるけど、私はそんなつもりでなってへん。私は国家の枠をいかに崩壊させるかっていう役割の国会議員や」

なるほど、国家の枠組みを崩壊させて「地球市民」という概念にしてしまうという考え方は、この発言と符合する。

アフリカや中東に顕著な傾向として、植民地時代の宗主国の線引きをそのまま国境線にしてしまい、そのせいで民族が分断されたりして実情に合わなくなっている、という指摘がある。仰せの通り、その通り。
では、国境線を引き直せば解決する問題かというと、そんな簡単な話ではあるまい。そういう実情を無視して「地球市民」とかなんとかいわれても、それは単なる絵空事。

現実問題として、アフリカや中東では複数の国が合併、あるいは連合体の形成を目論んだ事例がいくつもある。しかし、たいていの場合、それらは長続きしないで終わっている。長続きしないのには、それ相応の理由があるはずだ。

国境線を引き直せば、それまで自国のものだった資源地帯が他国の手に渡る、という事態はおおいに考えられる。そこまで行かなくても、国境線にまたがって資源が埋蔵されていれば、東シナ海のガス田がそうなっているように、「吸い上げ疑惑」でケンカになる。

また、複数の国家をひとつに統合すれば、政治指導者や大臣などのポストが減ってしまう。当然、ポストの奪い合いが発生してケンカになる。日本でも、地方自治体の合併が相次いでいるが、これにも首長ポストや議員定数などの分野で、同様の問題がある。これは、統合の足を引っ張る強い要因になりやすい。

それに、同じ国家の中でも民族の違い、あるいは宗教の違いによるイザコザは日常的に発生している。イラクでスンニ派とシーア派、さらにクルド人まで交えてゴタゴタしているのが典型例だけれども、多くの国に似たような問題がある。
そして、この手の問題は往々にして「それなら分離・独立だ」という考えにつながる。ところが、それをテロリスト呼ばわりして弾圧する中央政府もある。チベットや東トルキスタンに対する中国政府のように。また、クルド問題のように、普段は決して仲が良くない関連諸国が大同団結してしまい、手に手を取って民族弾圧をやらかす事例もあるから始末がわるい。

日本ではさっぱり報道されない SCO (上海協力機構) だけれども、SCO 加盟諸国が「テロリスト」と称するのは、自国からの分離・独立を企てる勢力のことだ。ロシアも中国も、自国内に分離独立派という爆弾を抱えていて、それに対して力任せに対処しているという点では共通点がある。
一方、アメリカが「テロリスト」と称するとイスラム過激派のことになってしまう。同じ言葉でも立場が変われば、かように意味が違ってくる。

だいたい、かつては「民族自決だ」といって、それぞれの民族が独立国家を打ち立てるのを煽っていたのに、今になって「国家の枠組みをなくせ、地球市民教育だ」とは調子が良すぎないか。

今だって、同じ国家の中でもいがみ合いが絶えないのだ。世界全部をひとつの国家にまとめたところで、国家同士の争いごとが内戦に看板を掛け替えるだけに過ぎない。だから、国家という枠組みをつぶせば戦争や貧困の問題が解決するという考え方は、あまりにもおめでたいといわざるを得ない。
さらに「話し合いで解決できる」の一本槍で来られても、それまで力任せに争っていた人達が簡単にテーブルに着けると思うのか。

結局、「戦争」というときに第三次世界大戦的なものしか考えられない、冷戦思考に囚われた人が未だに多いのと同じように、「国家と国家がいがみ合うから戦争になる → だったら、国家というものをなくしてしまえばいい」という超単純な発想で、地球市民教育なんていう寝言をいっているのではないかと思える。


極論を書いてしまえば、地球市民なんて概念が実現するのは、地球の外にとんでもない外敵が出現して、全人類が壊滅の危機に瀕したときぐらいしか考えられない。たとえば、冥王星からガミラスの遊星爆弾が降ってきて、地球全域が放射能汚染されてしまったとか (おい)

でも、そうなったら今度は、抜け駆けして自分たちだけが助かろうとする人が出てきてエゴのぶつかり合いになり、外敵そっちのけで内ゲバ大会になってしまうような気もする。過去の歴史をひもといてみても、戦争中、それも自国の旗色が悪いときに、同じ国の中で内ゲバをやっていた事例はいくつもある。太平洋戦争の敗色濃厚な時期になって、飛行機の生産配分を巡って場外乱闘を繰り広げた日本陸海軍のように。

人間の業というのは、まことに始末がわるいものだと思うが、そういう歴史があることを無視して妄想のファンタジーに入り込んでしまっても、何の解決にもならないと思う。現実は現実として認めた上で、その枠内で少しでも事態を良くしていく方法を考える方がよいのではないか。

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