Opinion : 軍用と民生用はボーダーレスだから… (2006/5/8)
 

先週の記事「松下電器はパソコン兵器の回収を、だって !?」は、昨年 9 月の「意外な兵器輸出国」に比肩する勢いのアクセスをいただいている。
試しに「パソコン兵器」というキーワードでググってみると分かるが、「Toughbook は兵器だから回収すべし」という主張は、少なくともネット界の大半では「お笑いのネタ」にしかなっていない。

どうしてそういうことになるのか、もうちょっと詳しく掘り下げてみたいと思う。


主婦の友社が「戦争の科学」という本を出している。有史以来の、科学技術の発展と戦争の関わりについてまとめた労作だが、この本全体を通じて分かることを簡単にまとめてみた。

  • 戦争に勝てる国家は、相手国よりも優れた科学技術を持つ国家である
  • 科学者にそのつもりがなくても、偉大な科学的発明が軍事的に利用されることは日常的に起きている
  • また、軍事的勝利を企図して、国家がスポンサーになって科学技術研究に巨費を投じて人材を集める事例は、有史以来事欠かない
  • そして、戦争のために開発された科学技術は民間に、民間で開発された科学技術は戦争に、それぞれフィードバックされ、活用されている

具体的な事例を挙げるとキリがなくなるが、数学でも化学でも物理学でも、あるいは心理学でもオペレーション・リサーチでもなんでも、大概の分野にこの原則があてはまる。軍用に開発されたテクノロジーが民需用にスピンアウトして、我々の生活を便利にしている事例については、先週の記事でたくさん例を挙げた。

最近では特に IT 分野において、民生品が急速なスピードで進歩を続けていることから、それが軍用に活用される COTS 化事例が目立っている。ただし、これは IT 業界に限った話ではなくて、使えるものなら民生品を活用してしまえ、という事例はなんぼでもある。たとえば、平和のシンボルのように扱われることもある旅客機。実は、旅客機が軍用に使われている事例は掃いて捨てるほどある。

元祖・ジェット旅客機のデハビランド・コメットからして、今でも英空軍のニムロッド対潜哨戒機 (おっと、ELINT/SIGINT 型もあるか) として人知れず生き延びているし、メジャーどころだけでも、B.707、B.737、B.747、B.767、A300、A320、A330、DC-9、DC-10、L1011 とゾロゾロ出てくる。もっと小型のリージョナル旅客機、あるいはビジネスジェット機でも、軍用利用例はわんさとある。こんな調子だから、「軍用に使われている旅客機には乗らない」なんていいだすと、乗れる機体が極めて限られてしまう。

逆に、爆撃機や軍用輸送機が民間機にバケラッタした事例も、ソ聯などに散見される。おっと、アメリカにも B-29 から発展した B.377 ストラトクルーザーや C-130 から派生した L-100 があった。

ロケットの世界も大同小異。CS 放送や衛星放送、衛星通信、GPS など、人工衛星のない生活なんて考えられない状況だけれども、その衛星打ち上げの技術と、ICBM などの弾道ミサイル技術は不可分の存在だし、人類を月に送り込んだアポロ計画もしかり。
何かと話題の Google Maps や MSN Virtual Earth などで使われている衛星写真は、元をたどれば CIA のコロナ計画に端を発する偵察衛星の歴史とつながる。そして、これらのサービスが安全保障上の脅威になると考える政府関係者も存在する。

最近だと、IT 分野だけれども携帯電話。OIF (Operation Iraqi Freedom) では、どこをどうやって調べたのか、イラク軍の指揮官クラスが持っている携帯電話にショート・メッセージを送り込む心理作戦を米軍が展開した。イラクの武装勢力は携帯電話を改造して IED のリモコン起爆装置にしている。米軍は Iridium 衛星携帯電話を特殊作戦部隊などで活用している。
今のところ実用化はしていないようだが、携帯電話の基地局網を対ステルス用のマルチスタティック・レーダー (Cellular + Radar = Celldar という) に活用する話がイギリスで出たこともある。

だいたい、既存の民生品を活用してコストを引き下げれば国防予算の節減につながるのだから、「国防予算を減らせ」と主張する人にとっては理想的な展開のハズなのだが :-)

あまり戦争と関係なさそうな鉄道の世界でも、「列車砲」というものがあるし、日本陸軍では満鉄向けに「装甲列車」なんてものまでこしらえていた。というか、モルトケなら「兵士や物資の輸送に使うのだから、鉄道だって兵器だ」というだろう。

いざ戦時となると、予想もしていなかったようなアイデアが出てきて、それまでは見向きもされなかったものが突如として「重要戦略物資」にバケラッタすることもある。典型例が、風船爆弾の材料になった和紙とコンニャク糊だろうか。物資じゃないけれども、川に石を投げ込んでポンポン飛び跳ねる様子がダム破壊用爆弾のアイデアにつながるなんて、誰が予想しただろうか。

こんな調子だから、なにも IT 分野に限らず、大概の分野では昔から「軍用と民生用はボーダーレス」だったのだ。それを、わざわざ別物であるかのように取り扱おうとするから論旨が破綻するし、無理して批判するとギャグになってしまう。
そして、もともとボーダーレスなものだから、いちいち転用事例をあげつらったところで平和の役に立ちはしない。石器時代にまでさかのぼったところで、石を武器にして殴り合っていたのだから同じこと。


なんだか先週の内容とかぶっているような気がするけれども、本題はこの後。

世の中、なんでも善悪分けて白黒はっきりさせられるほど簡単ではない。どちらかというと、答えが出ない命題、白黒はっきりさせられない問題、対立する利害のどちらか一方だけが絶対的に正しいとはいえない問題の方が多いように感じられる。多分、科学技術と戦争の関わりも、もともとボーダーレス化しているだけに、こうした問題の中に含まれるのではなかろうか。

平時にはアカデミックな観点から「軍事利用なんてとんでもない」といっている科学者も、国家の存亡、自らの生死が関わってくると、きれい事だけいって済ませるわけにはいかなくなる。そんな状況下で、現実と良心の狭間で苦しんだ科学者がたくさんいることは、冒頭で紹介した「戦争の科学」を読めばよく分かる。逆に、スパッと (?) 割り切って、軍事技術の開発に粉骨砕身した科学者もいるが、往々にして、そのことが戦後になって非難される結果になりやすい。後出しジャンケンみたいな非難だと思うが。

だからこそ、「軍用だから悪、民生用だから善」という単純な思いこみにしたがって物事を一刀両断しようとすると、ギャグのネタを提供するだけになってしまう。有史以来、多くの科学者が悩まされてなかなか答えを出せずに悩んでいる大問題を、そんな簡単に割り切れるもんじゃない。

いわゆる平和活動家に顕著な傾向と思えるのだが、白黒はっきりさせるのが困難な問題を無理矢理単純化して、強引に一刀両断してぶった切ろうとする傾向がないだろうか。実際にはグレーゾーンを避けて通ることができないのに、強引に白か黒かに分類して、一方だけを持ち上げて他方を排斥しようとすることはないだろうか。

ディベートが盛んなアメリカにも、実は「ディベートにそぐわない」としてディベートのテーマから排除される話題があると聞く。それは、簡単に白黒をつけることができない、境界線のはっきりしない問題が世の中にいろいろ存在していることを理解しているからこそ、ではないのだろうか。

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