Opinion : テポドン騒動の勝ち組と負け組 (2006/7/10)
 

先週、ここで「テポドンって実はハリボテなんじゃないの ?」と書いたのを金ちゃんが読んだ、訳ではないだろうけれど、本当に撃ってしまった。それも、1 発だけならともかく 7 発も。

こういうのは「撃つか、撃たないか」とギリギリのところで神経戦をやって、相手から譲歩を引き出せてこそ本物。そこで最終的に撃たずに済ませることができれば、「撃たずに済ませてやった」と恩を売りつけることもできる。
なのに、そこで我慢できなくなって撃ってしまったら、撃った方が一方的に悪者になるし、実際、そういう状況になっている。しかも、7 発も撃って見せたのに日米両国はまったく譲歩する気配を見せていないのだから、ますます負けを積み重ねた格好になっている。

その北朝鮮を庇えば国際社会から白い目で見られるし、庇わなければ北朝鮮に対する影響力に響くし、ということで、中国も負け組。いってみれば、北朝鮮を噛ませ犬に使い、その北朝鮮を 6 ヶ国協議に引き戻すための影響力を発揮することで発言力を確保するのが中国のやり方だったのに、噛ませ犬が本当に噛みついてしまった。庇っても庇わなくても、どっちに転んでも中国にとっては嫌な展開。

だから、今回の一件で最大の負け組が北朝鮮と、そのバックにいる中国なのは衆目の一致するところ。

どちらに転んでも困るという意味では、例のコピペを肯定しても否定してもロクな方向に転ばないので、自身では白黒つけずに曖昧な状態にするしかない社民党の福島党首も、似たような状況ではある。閑話休題。


逆に、日米両政府は勝ち組。何も譲歩しないうちに、北朝鮮が勝手に暴発してミサイルを撃ってしまったので、いい具合に北朝鮮を悪者にできた。しかも、肝心のテポドンがどうやら失敗に終わったらしいということで、しばらくは時間を稼ぐこともできる。

そのアメリカでも特に、アラスカに配備したばかりで、どう見ても完成品とはいえない GBI をぶっつけ本番で使わずに済んだ MDA は得をした。これからイージス BMD と SM-3 の実戦配備を進めて、さらに GBI の熟成、後継機となる KEI の開発、そしてブースト段階要撃用の ABL、終末要撃用の THAAD や MEADS と道具立てが揃えば、ますますパワーバランスが有利な方向に進む。そのイージス BMD に加わっている日本も、同様に勝ち組。

しかも、「弾道ミサイルが飛んでくるかも」ということで震え上がった人がたくさん出現したおかげで、MD を推進する名目も立てやすくなった。だから、MD を推進する立場にある人は全員が勝ち組。MD 反対を標榜する活動家の杉原 "タフブック" 浩司氏 (参考) が必死になって反論を試みている状況も、そのことを裏付けている (参考)。

ロシアはちょっと微妙。もっとも、露骨に北朝鮮の味方をするのでもなければ、ロシアが損をすることはないはず。盧武鉉大統領が露骨に北にすり寄っている韓国は、どちらかといえば負け組。


日本国内で最大級の負け組は、この件でダンマリを決め込んでしまっている「無防備」の人達と「護憲」の人達。わざとなのか偶然なのかに関係なく、日本国内の地上に着弾しなかったという結果は厳然としてあるのだから、これに乗じて「無防備宣言をすればテポドンは飛んできません」「9 条があればテポドンは飛んできません」と宣伝すればいいのに、どうしてそれをやらないの ?

狙って洋上に着弾させたのか、たまたまそうなったのかなんて、発射した当事者にしか分からない。反論しようと思っても evidence がないのだから、反論できない。だから、日本の陸上に着弾しなかったという結果を最大限に活用・宣伝してもイイと思うのだけれど。それをやらないのは、元々の主張に根拠がないのを認めてしまった、ということか。

テポドン騒ぎの直後に「無防備」の全国サイトからリンクされている blog を片っ端から見てみたけれど、この件について言及しているところは皆無。それどころか、ここ何ヶ月も更新されていないところがゾロゾロ。平時には調子のいいことばかりいっていたのに、肝心のときに沈黙しちゃって、まったくもう…

北朝鮮のお友達・社民党だって、普段の威勢の良さはどこへやら。「推移を見守る」なんて煮え切らない発言をするのは社民党じゃない。
個人的には「朝鮮中央放送に問い合わせたところ、テポドンを発射した映像はないという返事をいただきました。ぜひブログで取り上げていただいきたいと思います」ぐらいのことをいってもらいたかったけれど (まてこら)、当の北朝鮮が発射を認めてしまったから、さすがにこれは無理か。


えーと、最後に。この件を受けて「先制攻撃して発射器を潰せ」あるいは「北朝鮮という国家そのものを葬り去ってしまえ」などと、やたらと威勢のいいことをいっている人がいるようだ。だがちょっと待って欲しい。(あれ、いつからここは「天声人語」になったんだ ?)

迂闊に北朝鮮に対する先制攻撃なんかして、日本が悪者になりかねない状況を作るのは、政治的には賢明ではないと思うがどうか。BGM-109 トマホークを用意して抑止力に使う選択肢は考えられるものの、まずは "盾" となるイージス BMD や PAC-3 を充実させる方が先決。そうすることで、弾道ミサイルによる脅しを効かなくできればポイントを稼げる。MD を推進する最大の利点はそこにある。(それに、MD がモノになれば台湾も間接的に得をする)

発射器を攻撃する手段として唯一の選択肢となるであろう BGM-109 トマホークは、巡航速度が遅い欠点がある。だから、弾道ミサイルの発射器、とりわけ移動式発射器みたいな TCT (Time Critical Target) の攻撃には向かない。発射してからターゲットに到達するまでに少なくとも小一時間はかかるから、その間に弾道ミサイルを発射されてしまったのでは意味がなくなる。まさか、「どうもヤバそうだ」となったところで先にミサイルを撃ち込んでおいて、上空でロイターさせておくわけにも行かないのだから。

「トマホーク」というときには「BGM-109」と付けておかないと、この会社の製品と勘違いされてしまう可能性がなきにしもあらず (ないない)。
ちなみに、"Tomahawk" は合衆国政府の登録商標だから、○の中に "R" まで書けば完璧。(参考)

北朝鮮に住んでいる人民にとっては非常に不幸な話だけれど、北朝鮮が崩壊して南北統一、なんてことになれば、みんな困る。韓国は経済力を吸い取られるブラックホールができるし、日本は難民が押し寄せてくる心配と韓国の経済劣化に伴う不安定化の心配をしないといけないし、中国は手下にしておける緩衝地帯が無くなるしで、誰にとってもありがたくない。

実は、世界政治のパワーバランスという見地だけから考えると、北朝鮮が大量破壊兵器を弄んだり他国の国民を拉致したり国境線で花火を上げたりしない限りにおいては、「現状維持」がもっとも好ましい。朝鮮労働党でも、あるいはその他の何党でも、もっと穏健な政策をとってくれるのであれば、ぶっちゃけ何でも OK。

今の日本がやるべきことは、アメリカなどと連携して中・朝コンビを追い込みつつ、状況がこちらに有利な形で運ぶように工作しつつ、MD の開発を粛々と進めつつ、事態の推移を生暖かく見守ることなのでは。

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