Opinion : マスメディアの自殺 ? (2006/7/31)
 

なんだか最近、マスメディアをめぐる不祥事が多い。

筆頭は、なんといっても TBS。石原都知事の発言に関する字幕が「日韓併合の歴史を 100% 正当化するつもりはない」が「100% 正当化するつもりだ」と 180 度反転してしまったり、ヘンリー・ハイド米下院国際関係委員長の「(靖国神社参拝について) 行くべきでないと強く感じているわけではない」が「行くべきではないと強く思っている」に "誤訳" されたり。

そんなことがあった後に、731 部隊をめぐる番組の冒頭で、どう見ても関係なさそうな安倍官房長官の写真パネルを "偶然" 映してしまった。電話する場面を横合いから写すカメラワークはよくあるけれど、それを同じ部屋じゃなくて隣室から撮影していて、しかもそこに何故か都合よく安倍官房長官のパネルが置いてあるという、いわゆる偶然にしては出来過ぎなお話。さすがに、放送行政を管轄する総務省も放っておけずに、調査を始める始末 (参考)。

意図的だったか偶然だったかはともかく。よしんば本当に偶然だったとしても「これがこのまま放送されたら、誰か突っ込んでこないか ?」と確認できなかった脇の甘さというか、チェック体制の甘さというか、それについては弁解の余地がないのでは。もしも「抗議があっても構うものか、全速前進」とファラガット提督みたいなことになっていたのなら、それは「未必の故意」に近い。


あるいは、「日経のスクープ」でおっぱじまった、靖国参拝をめぐる「昭和天皇メモ」の話。真贋論争とは別にこの件で問題だと思うのは、普段は基本的に皇族の政治利用に反対しておきながら、都合のいいところだけ皇族を担ぎ出してつまみ食いしているところ。これでは、昔の陸式革新派クーデター将校と大して変わらない。

たとえば、この「昭和天皇メモ」に続いて広田弘毅・元首相の遺族を引っ張り出して、勢いづいて「靖国参拝反対キャンペーン」を打っている感がある朝日新聞。だけど、女系・女性天皇問題では、さる皇族に対して「発言を控えられては」とやってなかったですかね。

そもそも、「国民統合の象徴」たる皇族の御発言が根拠になって、靖国参拝みたいな政治問題が左右されるんだとしたら、そのこと自体に問題があると思うのだけれど。この感覚って、ヘン ?


兵庫県沖で発生した、自衛隊の IR フレア使用をめぐるドタバタにしても、本当は兵庫県のレベルで通報が握りつぶされていたのに、「事前通報はなかった」として防衛庁を悪者にしてしまったマスコミ多数。しかし実際には、ちゃんと通報はされていた。

2006 年 205 項 本州北西岸 - 若狭湾北方 射撃及び爆撃訓練
 期 間  平成 18 年 7 月 1 日〜31 日の日曜日及び祝日を除く 0700〜1900
 区 域  5 地点で囲まれる区域
(1) 39-27-10N 136-09-49E
(2) 37-14-11N 136-09-49E
(3) 36-33-11N 134-44-50E
(4) 37-40-10N 133-24-50E
(5) 38-33-10N 134-01-50E
 備 考  自衛隊航空機による空対空射撃及び空対水射爆撃訓練
 海 図  W162 (FW、LCW 共) - W1154 (LCW 共)
 出 所  防衛庁航空幕僚監部

(第八管区海上保安本部サイトの「水路通報」より)

ASM-2 みたいな赤外線誘導の対艦ミサイルでは、使用するシーカーの性能を検証するために、実際にフレアを使って、正しい目標と偽目標 (フレア) を弁別できるかどうかを検証する必要がある。だから、ミサイル実験でフレアを撃つのは筋が通る。ミサイル実験といっても、全部が全部、実目標に向けて実弾をぶっ放す訳じゃあない。

なんぼなんでも、一般の読者向けにそこまで解説しろとはいわないけれども、「地元の漁船に恐怖を感じさせた」あるいは「またテポドンかと思った」なんていう話ばかりを強調して、無意味に防衛庁を悪者にするのはいかがなものか。まさに「予断・先入観による報道」でしかない。いや、もはや「報道」ですらない。

かと思えば、テポドン騒動のときには不必要に恐怖感を煽っていた感もあるし。


TBS は放送局で、放送局は総務省から免許を受けて電波を出している立場。だから、TBS で「間違い」が相次いだのを受けて「放送免許を剥奪せよ」という強硬論をぶつ人が現れている。もっとも、実際には「言論の自由」との兼ね合いがあるから、政府としてもおいそれと放送免許剥奪という挙には出られない。そんな簡単に免許を剥奪したら、それはそれで問題がありすぎる。

しかし、だからといって何をやってもいいかというと、そんなことはない。以前にも何回か書いているように、メディアの側が調子に乗って暴走すると、それを名目にして国家権力が規制その他の介入を行う原因になってしまう。だからこそ、TV でも新聞でも「李下に冠を正さず」の心がけが必要だと思うのだけれど。

これは別に、権力に阿るべきだという意味ではなくて、つけ込まれるようなポカをやらないように注意しないと駄目、という意味。特に TBS は「字幕事件」を何回もやった後だけに、今回の安倍官房長官の「写真事件」でも「また TBS か !」といわれている、いわば狙われやすい存在。そういう自覚がどれだけあったのか。

新聞の場合、許認可権の問題はない。でも、例の「特殊指定」の問題があるから、国に首根っこを押さえられているという立場は似たようなもの。また、戦時中みたいに物資が統制されれば「紙の割り当て」という問題が出てくる。だから、何か大失敗をやらかせば国につけいる隙を与える、という点では似ている。

そもそも、杉山隆男氏が「メディアの興亡」で指摘していることだけれども、朝日、毎日、日経、讀賣、産経と、どこの新聞社も東京の本社用地は国から土地を払い下げてもらったもの。つまり、国から土地の払い下げを受けて「言論の砦」を建てて、国の機関である公取から「特殊指定」という恩典を受けて新聞を出している身。それならばなおのこと、系列下のテレビ局ともども、国家権力に対してつけいる隙を与えないように、脇を甘くしないように、日頃から注意しないとマズいんじゃないの ?

政府・与党などの悪口を書くことに全力を挙げている、まるで床屋談義のネタ製造器みたいなメディアもあるけれど、あれは最初から世間的に「そういうもの」という共通認識があるから、また話が違う。不偏不党・中立公正を掲げておいて、実はそうではなさそうだ… という方が始末が悪い。


自分もメディア業界の片隅でメシを食っている身。現実問題としては、何か記事を作るときに、最初にテーマだけでなくおおまかな落としどころまで決めた上で、取材や執筆にかかることもある。といっても、それは当初に集めた材料に基づいて決めるもので、予断、思いこみ、あるいは「社是」によって決めるものではない。はず。

これは自分が記事を書く過程で実際にあったことだけれど、取材先に対して事前の企画趣旨も踏まえた上で、「そうすると、こんな落としどころに持っていくのが良さそうですね」と取材時に確認を取ったこともある。それであれば、取材を受けた側も納得してくれるし、その内容が筋の通ったものであれば、特に問題にはならない。
もっとも、落としどころが事実に反していたり、露骨なごますり・提灯記事になったりすれば、また話は違うけれど。

そのプロセスを間違えて、取材された側が喋った内容を、そのまま正しく記事にしなかったとなると問題。Web や blog が普及している昨今、取材を受けた側が後から「記事の内容が事実に反する」と主張するようなことも起きる (最近の一例)。
そういえば、朝日新聞の「ネット右翼」記事でも、なにやら似たようなことが起きてなかったっけ ?

これも、時と場合と相手次第では、メディア側の脇の甘さ、ひいては突っ込みを受ける原因になり、長期的には自分で自分の首を絞めることになってしまう。もっとも、自分も「福島コピペ」の件で詰めの甘さを露呈した身なので、自戒の意味も込めて。


商業メディアとしては、商売のことも考えなければならない。それは分かる。でも、その中でも最低限の矜持、あるいは守るべき一線というものはあるはず。どうも最近、それが怪しくなっているのでは、と思わされる事件が目立つ。それって、マスメディアの自殺であって、本当に報道機関としての機能が必要なときに役立たずになる危険をはらんでないか、と心配になる。

逆に、国家による介入を怖れて、いわば「羮に懲りて膾を吹く」状態になり、国家権力に対して過度にすり寄る方向に突っ走るマスメディアが出てこないとも限らない。それはそれで問題がある。

こういうことを書くと、「だからこそ市民メディアが」ということをいう人が出てくるかもしれない。でも、それはそれで「予断」や「思いこみ」と無縁の存在かというとそうではないわけで、本質的な部分では大差ないと思っている。現に、市民メディアの支持を得て担がれた (?) 困り者の某国大統領 (しかも、自分の支持母体と違うメディアに対してはやたら厳しいし) みたいなのもいるわけで、市民メディアが万能薬ってことはない。そもそも、「市民」の内容にもよるし。

突き詰めると、「情報を伝達するのがメディア」なのか、「世論を作り、誘導するのがメディア」なのかというメディア論の問題になってしまうかもしれないけれど、それについてはまた別の機会に。

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