Opinion : 地図を見よう、地理に親しもう (2006/8/7)
 

子供の頃、自宅の食卓で自分の指定席になっている席の脇に、なぜか地球儀が置いてあった。教育上の理由だとか何だとか、そんな深い理由はなくて、単に「他に適当な置き場所がなかった」というだけの理由だったのだろうと思う。けれど、これがとてもよかった。

なぜなら、ニュースで外国がらみの事件やイベントが報じられれば、地球儀をくるりと回してどこの出来事なのかを知ることができる。暇つぶしにもいい。地図や時刻表を眺める趣味がある方ならお分かりかと思うけれど、この手のものを使って、まだ行ったことがない土地に思いを馳せるのは楽しい。


いきなり話は変わって。

その昔、テレ朝の「ニュースステーション」に「金曜版」なるものがあった。もともとニュースをエンターテインメントにしてしまう傾向が強い番組だったけれど、さらに金曜版ではその色が濃かったのが特徴。そして、その金曜版で「金曜チェック」とともに人気があったのが、「奥様強要シリーズ」「奥様教養シリーズ」。

つまり、街角で「奥様」をつかまえて、いろいろと時事ネタについて訊くという企画。これがもう、どこまでがガチで、どこまでがネタなのか分からないぐらい、珍答・奇答が続発するのだった。
たとえば、ソウル五輪のときに東アジアの地図を出して「韓国の場所を塗ってください」とやったら、いきなり沿海州のあたりを塗り始めた人がいたぐらい。あと、「アメリカの首都はどこですか ?」と訊かれて「ニューヨークだからパリ」という意味不明の答えをした人も。

といわれて「沿海州」が分からなかったそこの貴方、正直に手を挙げましょう (まてこら)

もっとも、最近話題の "演出効果" というやつで、意図的にトンデモな解答を強調して放送した可能性もあるので、世の奥様方がすべてアホだと言い切るのは問題があるけれど。

そういえば、学校の先生をつかまえて時事ネタについて訊く「ニュースことば大賞」というのもあった。USS New Jersey (BB-62) がトマホークとハープーンを満載して佐世保に入港したときに「ニュージャージーとは ?」と訊かれた某家庭科の先生が「新しい布地か何かですか ?」と答えた、なんていう大傑作もあった。

おっと、閑話休題。


まあ、日常生活の中で地理的話題が直接的に役に立つかといえば、そんなことは滅多にないのが実情。食卓に並んでいる魚がノルウェー産だったからといって、それが 8-9 時間の時差を超えて運ばれてきたのだと知ったから、どうだというもんじゃない。
ただ、地理的な予備知識がないと、トンチンカンなことになってしまう話もいろいろある。

たとえば、先日の撃つ撃つ詐欺テポドン騒動では、「北朝鮮からアメリカに向けて撃った弾道ミサイルが、どこを通っていくことになるのか」が問題になった。メルカトル図法で書かれた地図だけ眺めているとピンとこないけれども、地球儀で地球を上から眺めてみれば、実は意外と北寄りの軌道をとることになるのがわかる。だから、アメリカはミッドコース要撃用の GBI をアラスカに集中配備している。早期警戒用の X バンド・レーダーが青森やアラスカに配備されるのも、同じ理由。この軌道のことが分かっていないと、「なぜアラスカに ?」ということになってしまう。

イスラエルは何かというと過剰なくらいに強硬な軍事的反応に出る。もちろん、周囲を「イスラエルを滅ぼしてやる」と呪い続けている国に囲まれていた、という事情はあるので、そのことは地図を見れば分かる。(過去形で書いたのは、エジプトとヨルダンの位置付けが微妙だから)
さらにいえば、イスラエルの国土は南北に細長く、東西方向の縦深に乏しい。だから、ソ聯が大祖国戦争でやったように、国土の広さを使って戦うことができない。常に水際阻止が求められる。そのことも、イスラエルの態度に影響しているのは確か。

だいたい、「レバノンで無用な殺戮をやっているイスラエルは怪しからん」とわめく人に中東の地図とペンを渡したら、何人の人が「イスラエル」と「レバノン」を正確に塗り分けられるのかと。

イラクにしても、「中東の産油国 = 国全部が砂漠」という先入観で見る人が多そうだけれど、実は山岳地帯もあれば、植生に恵まれているエリアもある。砂漠といっても砂の砂漠ばかりではなくて岩石砂漠もあるし、湾岸戦争のときに SAS 隊員が寒さで命を落としたぐらい、気温が冷え込むこともある。

OEF (Operation Enduring Freedom) が 5 年近く前に始まったとき、アメリカが湾岸戦争と同じようにアフガニスタンで大戦車戦をやるんじゃないかと思った人が少なからず存在したけれど、地理的条件を考えれば、そんなのはすぐに不可能だと分かる。

だいたい、そういうことをいってる人に限って、アフガニスタンがどこにあるかを知らなかったりしないか ? なにも、ひとつひとつの省 (province) の場所まで正確に知っておいてくれとはいわないけれど、せめて現地のおおまかな地理的状況、地政学的状況ぐらい考えてからモノをいってくれと。

ソ聯ならびにロシアが北方領土を手放したがらないのも、メンツの問題もさることながら、オホーツク海を SSBN の聖域にしておきたいという事情があるから。それには千島諸島の列島線をピケット・ラインにするのが基本で、北方領土を手放すとピケット・ラインに穴が空いてしまう。
そこまで考えた上で、「じゃあ、どういう落としどころにすれば先方は納得するか ?」と論じてもらいたいところ。昔のアラスカじゃあるまいし、いまさらカネを積んだだけで売ってくれるもんか。だいたい、千島列島を全部押さえていても、オホーツク海の奥の方まで忍び込んで海底ケーブルに盗聴器を仕掛けていった原潜がいたというのに。

ピケット・ラインという点では、アイスランドも同じこと。昨今では死語と化している G-I-UK ギャップという業界用語があるけれども、この大西洋北部を扼するピケット・ラインの一端に陣取る地理的状況があるからこそ、アイスランドは軍事力がないのに NATO に加盟して、米軍の駐留を受け入れていた。

自国がこんな位置にあるのでは、ソ聯がひとたびコトを起こそうとすれば、無防備宣言していようが平和憲法を掲げていようが軍隊が無かろうが、占領される可能性が高い状況にあるのは明白。そして、NATO が G-I-UK ギャップを失うと極めて厄介なことになるのは、トム・クランシーの「レッド・ストーム作戦発動」を読めば分かる。
まさか、戦争になったからといって、アイスランドを担いでどこかに逃げるわけにはいかない。だから、アイスランドの NATO 加盟はやむにやまれぬ必然だった。

ここに書いたような話は、普段から地理的な知識に親しんでいれば、ある程度はトンチンカンを回避できるはずの話ばかり。いくらなんでも、アフガニスタンに機甲師団をいくつも送り込んだときの兵站について考えろ、というのは無理がある話だけれど。


もっとも、地理に関心を持てない原因の一端は、学校の地理の授業にあるのかも知れない。国の名前や国旗ぐらいならともかく、ただひたすら人口や GNP やその他の統計的な数字を覚え込ませたところで、地理に対する関心なんて湧かないし、そもそも面白くない。苦労して覚えた頃には数字が変わっているかも知れないし、昨今では下手をしたら、国が無くなったり分裂したりしているかも知れないし。

地理というのは、歴史や地質学や気象学や経済や、その他のいろいろな学問が関わってくる、実はものすごく総合的な話題。だから、話の持って行き方ひとつで、とても楽しいものにできる可能性がある。そのことは、「国マニア」(吉田一郎著、交通新聞社刊) や「アメリカ 50 州を読む地図」(浅井信雄著、新潮文庫) みたいな本を読むと、とてもよく分かる。

学校の授業に縛られなくて済む大人になったときこそ、切り口は何でもいいから、地理に親しんでみてはどうだろう ? 文学と地理的知識は「無用の用」ってやつで、「これが何の役に立つんだよ」と思っていたものが、いつか何かで役に立つ日が来るとも限らないし。

関連 :
UT Library Online (米テキサス大学オースティン校のサイト。各地の地図サイトへのリンクが豊富)

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