Opinion : "知る権利" の誤用例 (2006/8/21)
 

8/14 に、クレーン船が送電線をちょん切ってしまい、東京各地で大停電を引き起こす騒ぎがあった。たまたま拙宅は範囲外で、しかも寝ている間に停電が発生したものだから、騒ぎを知らずに過ごしてしまった。それで、後になってからいろいろと話を聞いて回った次第。

この件について、どうにも腑に落ちないのは、マスコミが余計なことまで報じていやしませんか、ということ。すでにあちこちで指摘されていることだけれど。


念のために書くと、東京電力の電力供給網がどんな構成になっているか、という話。TV を見ない人だから知らなかったけれど、TV 局によってはわざわざ図入りで報じたところまであったらしい。なに考えとんねん。

実際にこの方面で仕事をしている人に訊くと、空中に架設した送電線を保護するのは難しいし、新たに送電線を設置しようとするとそれはそれで大変だし、地下化するのはカネがかかって大変だし、という話だった。となれば次善の策として、ある系統が切れても、よその生きている系統から給電して回復させるのが妥当な対策ということになる。実際、そうなった。

そう考えると、3 時間足らずで全面回復したのは凄い話で、東京電力はまさにグッジョブだったといえる。それに、病院などの重要施設やデータセンターには自前の非常用電源があるだろうから、東京が全面的にブラックアウトするような事態は、滅多なことでは発生しないはず。

それでもいいたい。「電力供給網の内容を、わざわざ触れて回るとは何事じゃあ」と。系統を多重化して復帰しやすくするのが唯一の現実的な対応策であれば、それを阻止するのに役立つような情報を宣伝して回るなんて、まるで攻撃者を幇助しているようなもんじゃないかと。

電力供給網は重要なインフラだから、軍事作戦で狙われることがよくある。1999 年のセルビア爆撃 "Operation Allied Force" では、米軍がグラファイト製フィラメントを散布して送電線をショートさせる BLU-114/B 爆弾を投下したと報じられた。小説の世界でも、ラリー・ボンドの「核弾頭ヴォーテックス」では、南アフリカのウラン濃縮施設を止めるために発電所と送電線を同時に潰すくだりがある。

もっとも、正規軍が行う作戦であれば、実際に狙われるのは変電所や発電所になる可能性が高いと考えられる。送電線よりもこの手の施設の方が再建が大変だから。送電線そのものをちょん切る、あるいは送電線を架設した鉄塔を破壊するのは、どちらかというと不正規の攻撃手段ではなかろうか。小説の世界では、アーサー・ヘイリーの「エネルギー」で、極左過激派が原発を襲撃する話が出てきているけれど。

ただ、電力供給を潰すのはあくまで、インフラの正常稼働を妨げるとか、混乱を引き起こすとかいう類の手段で、本来の目的を支援するための支作戦になる、と考えるのが妥当。たとえば、何か本チャンのテロ攻撃を考えているときに、それに先立って停電を起こして混乱させるという具合に。となれば、もしもテロか何かで停電が発生しても、できるだけ早く回復させることで被害拡大を抑えられるかもしれない。

だから、その電力供給網を回復させるための重要なノウハウに属する情報を、わざわざ公衆の面前に晒すのってどうなのよ。という話になる。もしも、マスコミが情報を出すよう要求したなら、それはいささか不見識ではないだろうか。それでいて、「大規模停電に対する首都のぜい弱さが露呈した」とは、まるで他人事のようではないかと。

「そのことを知らないと (国民生活に多大な支障が生じる | 国民に対する重大な権利侵害のおそれがある | 国民の自由や安全を脅かす可能性がある)」という類の話なら、「知る権利」を行使する意味がある。でも、東電の電力供給網の場合、構成がどうなっているか知らないと国民の日常生活に支障がある、というほどのものではないのでは ? むしろ、事故や災害で停電したときにどう対処すればいいか、といった情報を流す必要があるはず。たとえば、ブレーカーを切っておく方がよいとか。

この件に限らず、余計なことを報じるのに時間をかけて、肝心なことを置いてけぼりにしている事例は、他にもありそう。


現実問題として、日本がテロと無縁かというと、まるでそんなことはない。地下鉄サリン事件もあったし、ハイジャック事件なんて何度も発生しているし、北朝鮮の拉致事件だってある。最近は治安面でも少し怪しい感じがする。そんなこんなで、意外と日本国民の生命は脅かされているのに、そういう危機意識が足りないというか、テロは対岸の火事だと思っているというか…

「狼が来た」と騒ぎすぎるのも、問題がある。でも、「ひょっとすると、この情報を広めることで悪用される危険性があるんじゃないか ?」という類の気配りが、もうちょっと必要なんじゃないだろうか、と思った。テロも災害も、往々にして忘れた頃にやってくるものだし。

だから、拉致事件を真っ向否定して「捏造だ」という論文を公表しただけでなく、北朝鮮が「拉致しました」とゲロした途端に件の論文を Web サーバから抹消して「なかったこと」にしてしまった社民党は、実際に発生している事件から国民の目を逸らそうとしたわけで、実に罪深いことをしたものだと思う。いったい誰のために政治をやっておるのかと訊いてみたい。

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