Opinion : 産業遺産を大事にしよう (2006/11/13)
 

「A 社の先行製品に B 社の後発製品が酷似している」なんてことが、ときどき起こる。すると、B 社は往々にして「同じ目的をもって設計すると、似たような形になる」とかなんとかいいわけをする。典型例がコンコルドと Tu-144。

もっとも、確信犯的に似せてしまう、ありていにいえばパクる事例も少なくない。PC ソフトウェアの世界で「Microsoft Office のそっくりさん」がいろいろ出てくるのが典型例。ひところ、ライブドアが提供するサービスが軒並み、先行他社の同種サービスとよく似た画面デザインを採用していたことがあったけれども、あれも確信犯の匂いがする。まあ、かつて「Windows そっくり」(と称して、実は全然そっくりじゃなかった) Lindows を担いだ会社だし (おい)。

逆に、まるで似ていないのに「似ている」と称する事例もある。最近だと中国のステルス UAV。どこだかで報じていたように「F-117 に似ている」なんてことは、天地がひっくり返ってもいえない。まだしもイタレリのプラモデル "F-19" の方が近そうだ。


閑話休題。
実際には、同じ目的をもって設計したのに、全然違うアプローチをとっている事例がたくさんある。だから、「同じ目的をもって設計すると、似たような形になる」と主張すると、世間的には「何を言い訳してるんだ」と白い目で見られる。

たとえば、同じ「軽量ステンレス車」でも、東急 8090 系と JR 209 系を筆頭とする「走ルンです」一族では、構造が全然違う。アルミ車体でも同様で、見た目は同じ鉄道車両用アルミ構体でも、内部構造にはいろいろなバリエーションがある。台車であれば、目的が同じでも、設計思想の違いが見た目や構造の違いに現れる。

ジェットエンジンでも、見た目はよく似ているのに、P&W と GE と RR では微妙な個性の違いがある。それぞれの会社がパテントを持っている部分について、他のメーカーでは違う処理で対応していることもある。コンプレッサーの段数構成が違ったり、ブレードの形状が違ったり、ブレードを取り付ける部分の処理が違ったり、軽量化のための手法が違ったり、etc, etc。

そういう違いは、もちろん図面や写真でも分かるのだけれど、やはり現物を見るに越したことはない、と思う。風の息づかい、もとい、設計思想の息づかいを知るには、図面よりも写真よりも、やはり現物。
特に、何でもコンピュータ制御でどうにかしてしまうようになった昨今よりも、設計の工夫、あるいは機械的な工夫でさまざまな課題に対処していた昔の工業製品は、見ていて面白いし興味深い。もちろん、絶対的な性能では当節の製品の方が優れているのだとしても。


前置きがむやみに長かったけれど、それで何をいいたいかといえば、車体をちょん切られた挙げ句に、渋谷駅前で晒し者にされてしまった東急 5000 系 5001 号のこと。

5000 系 "青ガエル" といえば、いうまでもなく軽量車体のパイオニア。有限要素法も何もない時代、それも鋼製車体で画期的な軽量化を実現したのだから、当時としてはものすごい快挙だったはず。そんな貴重な産業遺産を、青少年の健全育成だかなんだか知らないけれど、あんな使い方をするなんて out of 論外、論外のそのまた外。

百歩譲って、置き場所に困って車体をちょん切るぐらいは仕方ないとしても、あんな使い方をするのは大間違い。次世代の技術者を育成するための教材として、内装を全部ひっぺがして、車体構造を子細に見られるようにしておく方が遙かにマシじゃなかったのかと。
今だったら有限要素法があるから、そんなものは要らないだろうって ? いや、有限要素法は計算の手段なんで、どういうアイデアで作りやすさと軽さとコストをバランスさせるかは設計者のアイデア次第。それを知るための教材、昔の先輩達がどんなアイデアを盛り込んだのかを知るための教材としては、古い車輌でも十分に意味があるだろうに。

古い工業製品でも、今の製品につながる進化の過程を知ることは、技術者の工夫や思想について知る上で無駄じゃないはず。ときどきポンとブレークスルーが発生するとはいえ、工業製品の世界では過去の経験に立脚した積み上げ改良を重ねてくるケースが多いわけだし。

そういう意味で凄いと思うのがトヨタ博物館で、自社製品にこだわらずに「自動車の進化の歴史」を知ることができる博物館を作ったところがえらい。ちなみに、かかみがはら航空宇宙博物館も同様のコンセプトを掲げてスタートしているから、「日本における航空機進化の歴史」を理解するのにお薦め。

鉄道車輌の場合、なにせ種類が多いしブツが大きいしで、なかなか過去 130 年以上の歴史を体系的に俯瞰できる施設を作るのは難しいと思うけれども、それならせめて、節目節目のトピックとなった車輌を、たとえ一般非公開でもいいから、次世代を担う技術者が見られるように「産業遺産」として大事に保存しておいたって、バチは当たらないだろうに。我々好き者のことは後回しでいいから。

三菱名航が零戦や秋水を、石川島播磨がネ-20 を、復元したり借り受けたりして大事に保管しているのも、どこかにそんな考えがあってのことなんじゃないかと。でもって、東急 5000 系だって、零戦やネ-20 とタメを張れるぐらい、日本の鉄道車輌史ではエポックメーキングな存在だったはず。それをよりによって、繁華街の駅前であんな形の晒し者にしてしまうなんて、なんてもったいない。

しかも、車体だけじゃなく TS-301 台車だってユニークなところの多い軽量台車。街頭で晒し者にするには邪魔だと思われたんだろうけれど、その TS-301 を取り払われて台座に固定されてしまった 5001 号は、本当に不憫でならない。

置き場所に困っていたのか何なのか、内輪の事情は知らないけれども。なんであれ、貴重な遺産をポンと放出してしまった東急の関係者は、「温故知新」って言葉を知らないのだろうか。本当に取り返しがつかないことをしてしまったんではなかろうか。5000 系の亡霊が東急の社長のところに化けて出たって知らんぞ。


ここから余談。

「産業遺産」とはだいぶ趣が違うけれども、軍隊では部隊の名前や歴史をすごく大事にしている。米軍なんかは歴史ある部隊が閉鎖になると、わざわざ別の部隊を改称させて歴史と伝統を引き継がせるようなことまでやっている。著名な艦名を何度も使い回すのも同じか。

工業製品なら設計思想や設計手法が遺産になるけれども、軍隊という組織の場合、「栄光ある部隊」という看板がそれにあたるということなのだろうな。

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