Opinion : 核武装論議で忘れられていること (2006/11/20)
 

北朝鮮の核実験宣言以来、核武装をめぐって喧々囂々になっている。中には「核武装に関する論議そのものをするべきではない」という人もいるけれど、そういう人に限って一方では「言論の自由を封殺する共謀罪反対」なんていっていたりするところが、まさに笑止千万。

もっとも、自分が気に入らない話については存在そのものを認めない、という人は何時の世にもいるもので、かつて NIFTY-Serve で私が某環境保護団体の批判か何かを書いたら「発言封殺は当然だ」とぶちかましてくれた人がいた。はあ。

個人的には、核武装には大反対。といっても、日本が唯一の被爆国だからとか、あるいは憲法九条がどうとかいう理由ではない。核武装したところで失うものばかりで、得るものが何もないから。

NPT に加盟しておいて核武装に乗り出せば日本の国際的信頼は地に墜ちるし、それで経済制裁なんか食らった日には全国民が干上がってしまう。だいたい、北朝鮮の核武装が怪しからんといっておきながら、自分も同様にして核武装に乗り出したのでは、北朝鮮のことをどうこういえた義理ではなくなってしまう。

それはそれとして。世間で核武装の是非にばかり話が集中しているのを見ると、「核爆弾が完成すれば核武装の出来上がり」だと思ってない ? と突っ込んでみたくなる。そこのところについて、つらつらと。


そもそも、核兵器を手にすることができたとしても、大変なのはその後。作った核兵器を維持管理していく方策、セキュリティ対策、核兵器を実際に使用するための手順策定、その際に不正や妨害が入り込まないようにするための対策など、付随して発生する問題が掃いて捨てるほどある。もちろん法的な問題もある。

だいたい、日本みたいに国土が狭い国で、どこで核実験をやるのさ。という問題だってある。北朝鮮がそうだったように、「保有宣言」だけではインパクトに乏しいので、実際に爆発させて見せないことには、抑止効果はないも同然。でも、それをやれそうな場所なんてどこにもない。イギリスやフランスは自国内に実験場所がないから海外植民地 (ないしは、それに類する場所) を使ったけれど、日本でその手は使えない。

そしてなによりも、作った核爆弾を目的地にデリバリーする手段。まさか自国内で核兵器を破裂させる訳じゃないのだから、自国の核兵器で抑止をかけようとしている対象国までデリバリーする手段がなければ、抑止は成り立たない。そっちに関する議論がきれいさっぱり欠落しているのは、一体全体どうしたことか。


核兵器のデリバリー手段というと、何種類かある。航空機、巡航ミサイル、陸上発射の弾道ミサイル、海上発射の弾道ミサイル。最終兵器としての核兵器デリバリー手段としては、まず迎撃困難であることが求められる。簡単に迎撃されてしまったのでは最終兵器にならない。

まず航空機。昔は大型の爆撃機に自由落下型の核爆弾を搭載して敵地に侵攻させる考えだったけれど、これだと防空網の突破という課題が生じる。B-52 が高空侵攻を諦めて低空侵攻に転じたのも、その後継機として B-1 や B-2 が開発されたのも、基本的には防空網突破のため。ところが、B-52 にしろ B-1 にしろ B-2 にしろ、敵地に直接侵攻する代わりに巡航ミサイルでスタンドオフ攻撃をかける路線に転じたのは、大型の爆撃機を使った防空網の突破は現実的でなくなった、という事情がある。
そもそも当節、大型の戦略爆撃機を生産している国はひとつもないし、新規開発を始めたら実用化までに 20 年はかかる。そんなの、待っていられない。

アメリカの B61 みたいな小型の水爆なら、大型の爆撃機じゃなくて戦術戦闘機のレベルでも搭載可能。といってもプラットフォームが小型になれば航続距離の問題がつきまとうし、防空網を突破するためにいろいろ工夫する必要があるのは、爆撃機と同じこと。しかも、それでも完全とはいえない。かといって、核攻撃用の巡航ミサイルはガタイが大きいから、戦術戦闘機に積むのは難しい。

では、地上発射の巡航ミサイルはどうか。実は意外と歴史のある手段で、かつてなら SM-62 スナークがあったし、冷戦末期に話題になった BGM-109G グリフォン (いわゆる GLCM、地上発射型トマホーク) も考えとしては同じ。爆撃機よりは早く手にすることができそうだけれど、それでも一筋縄ではいくまい (SSM-1 とは話が違う)。それに、地形に紛れて低空飛行するとはいえ、巡航ミサイルは速度が遅いから要撃されやすく、抑止のための最終兵器としてはいささか頼りない。

そんなこんなで、もっとも頼りになるデリバリー手段として残るのは弾道ミサイルということになる。北朝鮮にしろイランにしろ、あるいはインドやパキスタンにしろ、みんな核兵器とワンセットで弾道ミサイル開発に狂奔しているのは、もっとも要撃が難しく、最終兵器として成り立ちやすいから。アメリカが MD を推進しているのに対して強い抵抗があるのも、最終兵器が最終兵器でなくなる恐怖心が背景にあるわけで。

日本の場合、自国でロケットを開発できる技術力はあるわけだから、少なくとも大型爆撃機だの核弾頭装備の巡航ミサイルだのよりは、まだしも実現に近いかも知れない。
ただ、陸上発射の弾道ミサイルは配備場所の問題がつきまとう。アメリカの ICBM 部隊は、ノースダコタとかサウスダコタとかモンタナとか、北方中央部のエリアに集中している。これは、北極越しにソ聯にミサイルを撃ち込む適地だからということと、人口が少ないから配備しやすいという理由がある。

日本に、そんな都合のいい土地があるだろうか ? 移動式発射器を使うにしても、それを普段、どこに置いておくかという問題は不可避。人目につくところに置いてあったら、何のために移動式にしたのか分からなくなってしまう。存在が知れていたのでは、開戦劈頭に潰されて意味がなくなる。


そんなこんなの消去法でいくと、有用なデリバリー手段は海上配備の弾道ミサイル、つまり SLBM ぐらいしか残らない。イギリスやフランスが核抑止手段を SLBM だけに頼っているのも、ひとつだけ持つならこれが最善、という判断があったから。

といっても、SLBM だって簡単ではない。まずプラットフォームとしては原潜が必須。毎日のように充電しないといけない通常潜では存在の秘匿が怪しくなるし、かといって AIP では、馬鹿でかい SLBM 搭載潜水艦を支えられるかどうかは未知数 (AIP の出力は、ごく限られている点に留意する必要がある)。
かつて、ソ聯にはゴルフ級という弾道ミサイル搭載の通常潜があったけれども、ぶっちゃけ有用性は限られていた。挙げ句に、太平洋で沈没事故まで起こしているから始末が悪い。

しかも、某国みたいに 1 隻だけミサイル原潜があっても意味がない。少なくとも 4 隻要る。理由はこう。

  • 哨戒区域に切れ間なく展開させるためには、少なくとも 2 隻必要。1 隻が哨戒を終えて帰途につく際に、すでに代わりの潜水艦が哨戒区域に進出していないと穴が開く。
  • 日常的な整備・訓練で 1 隻。フネだけあっても意味がないので、それを戦力たらしめるには、絶え間のない人員の練成や整備が必要。
  • そして、オーバーホールやアップグレードで入渠しているものが 1 隻。たとえ炉芯交換が不要でも、オーバーホールも装備の更新も必要。
かつて米海軍のポラリス原潜では 5 隻が必要とされていたけれど、これは SLBM の射程が短くて、ソ聯相手に使うにはバレンツ海まで進出する必要があったから。つまりオン・ステーションしている艦以外に、哨戒区域に向かう艦、そこから帰国する艦が加わるというわけ。今ならミサイルの射程が長いから、進出にかかる時間は少なくできる。英海軍のミサイル原潜が 4 隻なのは、おそらくそういう理由。

今のところ通常潜しか運用していない日本で、原潜を導入・運用するために、どれだけの手間がかかるだろうか ? 資金的な問題だけでなく、建造・維持管理のインフラ・ノウハウ、人員訓練のシラバス作りと道具立ての整備、核兵器と同様に機密保全のための体制作り、そして潜水艦との通信を確保するための手段作り、間違ってミサイルをぶっ放さないための安全対策、etc, etc。やらなければならない作業は、頭痛がするぐらいたくさんある。

もちろん、SLBM の開発やテストという問題だってある。これだって、衛星打ち上げ用のロケットとは話が違う。H-II や M-V があるから SLBM ぐらいできるだろ、なんてことにはならない。イギリスはアメリカからトライデント II を買ってきたけれど、それができるのはイギリスとアメリカの特別な関係あればこそ。


そんなわけで、核武装について論じるのは結構だけれど、核弾頭のことだけ考えるのは "足りない" んじゃないの ? というお話。核爆弾ができれば核武装が完成する訳じゃないし、むしろ本当の苦労はそこから始まる。もちろん、人手もカネも手間もべらぼうにかかる。そこまでして核武装して得られるものが、つぎ込んだものに見合っているといえるのだろうか ? そうは思えないのだけれど。

ついでに書くと、核兵器搭載艦の領海通過議論に大した意味はないと思う。なぜから、米海軍のミサイル原潜はアメリカ本土に近いところにいれば主要ターゲットをカバーできるので、わざわざ日本近海まで出てくる必然性に乏しいから。というと話が逆で、自国近海にいられるように射程を伸ばした、という方が正確か。

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