Opinion : 人道支援に軍隊が不可欠な理由 (2006/12/4)
 

まったく、この人も懲りないよな、と思った。誰のことかって ? もちろん、社民党の辻元清美衆院議員。

「紛争地域では、人道支援は NGO などの民間の活動に委ねるのがもはや世界の主流。もちろんそれには理由があって、ピースボートで世界の紛争地を支援して回っていた私には、軍隊という組織がいかに人道支援に適していないかがよく分かる」

「だいたい、病院に見舞いにきた人からモノをもらうより、5,000 円もらったほうがありがたかったりするでしょ。援助ってそんなもの。日本から高い輸送費と人件費をかけて物資や人員を運ぶより、物資も医師なども現地調達した方が安上がりだし、自立にもつながるでしょ」

なんでも、この発言が叩かれてから、blog から当該発言を削除してしまったというから情けない。もともと国会で行った発言だそうだし、平素からそういう信念を持っているというのであれば、なにも削除なんかしないで初志貫徹すればいいものを。blog の発言を削除するのであれば、いっそ国会での発言も撤回してみてはどうか。この根性なしっ。

身も蓋もないことを書いてしまえば、社民党の関係者が安全保障分野における日本の地位向上に対して足を引っ張ろうとするのはお約束だから、いまさらマジレスしてみても始まらない。それに、説得力のある反論を受けてグウの音が出なくなったところで、信念を変えるとは思えない。でも、あえて真剣に反論してみる。


自衛隊に限らず、NATO でも EU でも、軍隊の任務に「人道支援任務 humanitarian assistance」が加わるのは世界的傾向になっている。もちろん、冷戦崩壊後の世界情勢を受けた、新たな働き場探しという色彩があることを否定することはできない。それを考慮に入れても、軍隊が人道支援任務、特に災害派遣や紛争終結後の国家再建に必要不可欠なのは紛れもない事実。

もともと、軍隊というのは自己完結性を持たせている点が特徴。だから、陸・海・空をまたにかけた移動の手段を備えているのに加えて、自前で土木工事はできるし、医療要員は抱えているし、戦闘糧食や浄水機材、移動式の調理施設などといった形で食料・飲料水などの補給手段も備えている。あと、特に自衛隊ならではの特殊事情として、可搬式の風呂まである。だから、各種のライフラインや道路などのインフラが不十分な場所でも、出かけていって活動できる。これは、どんな大規模な NGO でもちょっとマネできない。

それに、軍隊の特徴として、しかるべき立場の人が命令を下せば、一糸乱れずに (?) 統制のとれた行動が可能になる。もともと、軍隊とその他の暴力組織の決定的な違いとしては「統制」の有無があるわけだけれど、それが災害派遣みたいな任務ではとても役に立つ。

さらにいえば、紛争地帯における人道支援活動では地雷だの不発弾だのといった形で危険物を取り扱う機会が多いから、専門家が行く方が具合がいい。なまじ、素人が「劣化ウラン弾が云々」とかいって紛争地帯に出かけていくと (以下略) あるいは、軍隊よりも NGO の方が優れているという主張についても、それはそれで例の 3 人組みたいに (以下略)
だいたい、ピースボートがどれだけ世界平和の役に立ったのか、具体的な成果を定量的に示してみろといったら、辻元議員は説明できるんだろうか ?

と、そんなわけで、災害や紛争の後始末を軍隊抜きでやるのは、はっきりいって無理。だいたい、現金だけ配って「現地調達を」といったところで、災害や紛争で疲弊した土地で現地調達しろというのは無理な相談。インド洋大津波の被災地を撮影した写真を見て、「何でも必要なものは現地調達できるから、カネだけ持っていけば OK」と思う人がいたら見てみたい。


ただ、軍隊だけで何でもできるかというと、それはそれで無理がある話。支援を必要としているのに、軍隊がもともと備えている装備や人材の範囲からこぼれてくる、というカテゴリーは当然ながら出てくるだろうし、そういうところでは小回りがきく NGO の方が役立つこともあるだろう。

つまりは、「軍隊 vs NGO」というゼロサム・ゲームの対立構造図式にしてしまうのが、根本的に間違っているということ。もっとも理想的なのは、両者の長所を組み合わせた PRT (Provincial Reconstruction Team) 方式ではないのだろうか。PRT は、何年か前から NATO がアフガニスタンに展開しており、イラクに展開させる話も出ている。

この方式では、安全確保や土木作業、輸送・通信といった軍隊向きの作業は軍隊が担当する一方で、NGO の方が役立つ作業はそちらで担当する。可能なら、地元の住民や企業を雇って復興作業を手伝わせてもいい。なまじ、NGO だけで何でもやろうとした挙げ句に、生命の危険に晒されているからといって PMF (Private Military Firm) を雇って安全確保を担当させるぐらいなら、最初から軍と協力して作業に当たる方がいいのでは ?

それに、人道支援任務という言葉を狭義に解釈して、破壊されたインフラの再建だとか、地雷や不発弾の撤去だとかいう話に限定するならともかく、紛争終結後の再建事業になると、政府機関の再建、軍隊や警察といった治安維持組織の育成まで必要になるケースが多い。たとえば、まだワラワラになっていて本格的な再建どころではないけれども、コンゴ民主共和国あたりではこれから、そういう作業が必要になるはず。そんな作業まで担当できる NGO があるだろうか ? ていうかそもそも、それって NGO に任せられるような類の仕事だろうか ?

もっとも現実には、国家の側では「NGO なんて使えるかよ」という目で見ることになりやすいし、NGO は NGO で国家の側を敵対視することになりがち。そんな不毛なゼロサム・ゲームの狭間で、もっとも困るのは人道支援を必要とする人達。筋論からいえば、双方が小異を捨てて大同につくことができるのが理想だけれど、なかなかそうはいかないのが実情。

それでも、アフガニスタンの PRT みたいに実際に活動できている事例もあるのだから、まずはできるところから少しずつ、てことでいいんじゃなかろうか。


ついでに嫌味を書いておくと。
人道支援に軍隊は役立たずだと主張するのであれば、その辻元議員の地元・高槻市が地震やその他の災害に遭ったときは、絶対に自衛隊の災害派遣なんぞ要求せずに、現金と NGO の力だけで解決してもらうということで、ここはひとつ。身をもって自説を証明してくれれば、世間的にも納得してもらいやすいと思うよ ? (もっとも、阪神淡路大震災のときに当時の村山首相が何をしでかしたか、その結果としてどれだけ怨嗟の声が渦巻いたかということを考えれば、そいつはできない相談なんだけどね…)

追記 (2006/12/6)
読者の方からも御指摘を頂戴したのだけれど、さすがに ↑ は言い過ぎだったかな、と反省。よくよく考えればこのあいだの衆院選、辻元議員は選挙区で落ちていて、比例名簿 1 位になっていたおかげでやっとこさ当選しているわけだから、必ずしも地元からの支持が強いとはいえないわけで… 辻元議員に票を投じなかった高槻市の皆さん、すみません。

あと、普段は国連の平和維持部隊と無縁といってもいい中国が「スーダンだったら部隊を出してもいいよー。工兵隊 275 名、輸送隊 100 名、医療要員 60 名などを派遣するから」と表明した件 (ref : JDW 2006/4/19 "China beefs up international protection initiatives") についても、批判コメントよろしくー。

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