Opinion : タバコ嫌いの立場も分かるけれど… (2007/3/19)
 

いきなり私事でナンだけれど、私は呼吸器系があまり丈夫な方ではない。目下、花粉症でグスグスいわせているのは別として、子供の頃は喘息持ちだったし、タバコの煙も苦手。すぐに喉が痛み出してゴホンゴホン。

いつだったか禁煙車の指定席が満タンで取れず、新幹線で博多から東京まで喫煙車に乗る羽目になったことがあった。スモーカーばかりが集まったところに 5 時間も放り込まれたもんだから、もう煙たくて大変だった。最近では喫煙車の数が減っているから、そこにスモーカーが集中してしまい、車内がチンダル現象化していることもよくある。(そういえば、大学の教室もそうだったなあ…)

そんな調子だから、高校生の頃だったか、新幹線に禁煙車ができたときには嬉しかった。もっとも、あのときにはいちばん端のハコ 1 両だけだったから、禁煙車まで移動するのが大変だったけれど。

それが時代は移り変わり、最近では喫煙車の数がどんどん減っている。それどころか、N700 系では全車禁煙になり、スモーカーは喫煙ルームに行ってタバコを吸え、ということになるそうだ。マイクロソフトでも、以前はオフィスでみんなプカプカやっていたのが、いつからだったかオフィスは禁煙になって、スモーカーは喫煙スペースで吸え、という方式に変わった。それと同じ理屈。

タバコの煙が苦手な人は、それで万々歳… かと思ったら、そうでもないらしい。


最近、ときどき見かける意見で「全車禁煙にして喫煙ルームを作るよりも、喫煙車を残す方がいい」というのがある。なんでやねん、と思ったら、「喫煙ルームがある区画から客室に煙が流入する」「デッキに隣接して喫煙ルームを設置すると、デッキに煙が流入する」果ては「喫煙ルームから戻ってきた人が隣に座るとタバコ臭いし、吐き出す煙で受動喫煙になる」。

いや、ちょっと待った。身内でタバコの煙にとても敏感な人がいて「歩くタバコ検知器」状態になっている事例があるから、タバコの煙に対して神経過敏になる気持ちは分からんでもないけれど、いくらなんでもそりゃ言い過ぎじゃないのかと。

確かに、タバコの箱には「健康に気をつけて」と注意書きが付けられているし、決して健康にいいものじゃないのは事実。それでも、現に嗜好品としてのタバコは存在するし、それを嗜むことを極端なまでに否定するのはいかがなものか。
タバコが好きな人もいれば、タバコが嫌いな人もいるのが現実だから、できるだけ多くの人が共存できるような落としどころを探すのが本筋なんで、「タバコは健康に良くない → とにかく自分の周囲からタバコを排除したい」と過激な極論に走るのは、ちと考え物じゃないのかと。

「自分の隣で吸うのは止めて欲しい」ぐらいならともかく、「服にタバコの臭いが」とか「吐き出す息にタバコの煙が含まれているから受動喫煙で云々」といったあたりになると、嫌煙原理主義というかなんというか、そりゃ突っ走りすぎじゃないのと思ってしまう。

そこまで言い出すと、車内は全面禁煙で喫煙ルームも作らず、タバコを吸えるのは駅のホームに設置した喫煙ブースだけ、という JR 東日本方式だって許容できないことになってしまう。当節では飛行機も全面禁煙だけれど、「服に付いたタバコの煙」までは排除できないだろうに。そうなると話がどんどんエスカレートして、収拾がつかなくなる。

とはいえ、現実問題として、微量のタバコでもむせかえってしまう人もいる。この辺はある程度、運用で解決できる問題なんじゃないだろうか ? つまり、切符を売るときにタバコを吸うかどうか訊いて、スモーカーなら喫煙ルームがある場所に近いハコの席を売る。逆に、タバコがどうしても苦手という人は、それとは反対の選択をする。

あいにくと、東海道・山陽新幹線では指定席券売機だと号車指定も席番指定もできないから、実際にこういうメカニズムを組み込むのは手間がかかるかもしれない。とはいえ、現実に喫煙車・禁煙車を分けて売っているのだから、ハコごとに「喫煙車優先のハコ」「嫌煙車優先のハコ」というプライオリティ付けをやれば、決して実現不可能ではないと思うのだけれど。
(もっとも、お盆や年末年始みたいに「切符を取れるかどうか」が先決問題になる時期は、また話が別)

追記 (2007/3/23)
この件について、「JR 西日本管内の指定席券売機では席番指定ができます」という御指摘を頂戴した。私が昨年暮れに新神戸駅で指定席券売機を使ったときには確かに席番指定できなかったのだが、券売機によって違うのだろうか ?

ちょっと穿った見方をすると、鉄道会社の立場としてはタバコを吸う場所を喫煙ルームだけに限定してしまう方が楽なはず。というのは、喫煙車はタバコの煙のせいで、内装の傷み (というか変色) が早いから。車種や色合いによっても目立ち方が違うけれど、喫煙車と禁煙車で「別の車輌じゃないの ?」というぐらい内装の色が違っているのは、ちょいちょいある話。その点、全部を禁煙車にしてしまえば、こういう問題は発生しない。

これが「全車禁煙」にベクトルを向かわせた動機なのかどうかは知らない。ただ、喫煙車の方が内装が早く傷むとすると、その分だけメンテにかかる手間やコストが上がり、それは回り回って運賃として乗客に転嫁されるわけだから、全車禁煙は乗客の利益になる、というこじつけも不可能じゃない。とはいえ、これはさすがに「下巣の勘繰り」「風が吹けば桶屋が (ry」の類か。


昨今見られる、いささか尖鋭化の度が過ぎると思える嫌煙側の主張には、タバコ嫌いの私でもいささかウンザリすることがある。そこでよくよく考えると、「自分が嫌いなものはとにかく、自分の目につかないところに排除したい」といって主張を尖鋭化させるのは、なにもタバコに限ったことではないことに気付く。具体的に、どの分野の誰のことだとはいわないけれど。

そういう "all or nothing" というか、ゼロサム・ゲームというか、自分が嫌いなものをゼロにしないと納得できない「不寛容の精神」は、往々にして新たな争いごとの種を撒くだけなんじゃないかなあ ?

つらつら考えると、喫煙をめぐる議論と女性専用車をめぐる議論って、なんだか似たところがあるかも知れない。否定派・反対派の尖鋭化というか、斜め上に議論がぶっ飛ぶ事例が散見されるあたり。

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