Opinion : 報道の空気、必ずしも真ならず (2007/4/9)
 

2 年ばかり前に「Computer World」誌で、「IT 業界の定説『嘘か真実か ?』UNIX は、Windows よりセキュアな OS ?」という記事を書いた。報じられるニュースの数だけ見ていると、Windows のセキュリティホールに関するものがやたらと多い印象があり、「Windows は UNIX より危ない」というムードがあるけれども、ホンマかいな、という趣旨。

もちろん、報じられているのがありもしないセキュリティホールの捏造である、という訳ではない。Windows のセキュリティホールは確かにある。ただし、UNIX 系の各種 OS についてもセキュリティ関連の企業などがアラートを出しているのに、それが表立って報じられることが少ないだけ、ということ。そして、どんな OS にも程度の差はあれセキュリティホールはあるんだから、ちゃんと対策しないとダメなのは同じこと、という結論にまとめた。

つまり、記事の数や記事のボリュームが作り出す「空気」が、必ずしも真相を正確に反映していないこともあり得ますよ、ということになる。
なんでまたこんなことを書いたのかといえば、メディアがこしらえるムードが、必ずしも真相を指していないんじゃないかなあ、と思うことがあるから。たとえば、選挙でマスメディアが好意的に取り上げていた候補がコロリと負ける、なんて事例は幾つもあるし。


新聞社でも TV 局でも雑誌社でも、商売として報道をやっている以上、完全に商売っ気抜きでやるのは難しい。紙媒体なら「より多く売れる記事」、放送なら「視聴率が上がる番組」が求められる。冒頭で書いた話にしても、メディア側にも言い分はあるはず。つまり「Windows のユーザーが圧倒的に多いのだから、それを優先的に取り上げるのは当然だ」ということ。それはそれで、一応は筋が通っている。
自分も書籍や雑誌の仕事をしているから、その辺の理屈は分かる。実際、「こりゃ売れんだろう」という理由で、自ら、あるいは編集サイドの判断でボツにする企画はいろいろある。

あと、TV に限らず新聞でも雑誌でも Web 媒体でも、広告主の顔色だって無視はできないはず。たまに、自社製品のことをこき下ろして競合製品ばかり持ち上げている Web サイトに広告を出している、太っ腹な (?) 会社もあるみたいだけれど。

現実問題として、新聞なら紙面構成、TV なら番組構成の関係で、話題に順番や軽重をつけざるを得ない。そこに、何らかの人為的な判断基準が入ってくるのは仕方ない。そのこと自体は受け入れられるものだけれど、程度の問題だ、とはいいたい。

つまり、「ニュースバリュー」という曖昧模糊とした判断基準が変質して、「読者や視聴者が求めているもの」から「読者や視聴者に媚びたもの」あるいは「読者や視聴者にメディア側の価値観を売り込むもの」になれば、それはもはや報道とはいえない。前にもどこかで同じことを書いたかな ?

実際、具体的な名前を挙げるのは差し控えるけれども、想定読者層に対する「媚び」の度が過ぎて、あることないこと無責任に書き立てる媒体も存在する。それで実際に部数が出ているんだから正義だ、と開き直られそうではあるけれど、部数が多いメディア = 正しいことを取り上げているメディア、とは限らないからねぇ。

そして、その「程度問題」の度が過ぎたメディアが作り出す「空気」が正しいと思っていると、大どんでん返しを食らって仰天させられることになる。こともある。「○○新聞では△△という内容の記事が多かったのに、どうして現実にはそれと反対のことが起きてしまうのさっっっっっ」という調子で。

また、何か不祥事をやらかした企業があると、その会社に関連するネタばかりを次々にほじくり返しては執拗に流し続けるのも、よくあるパターン。だから、その会社ばかりが問題なんだと思ってしまうと、実は大間違い。なんてことになりがち。ひところ話題になった「三菱車の炎上」がいい例。TBS の「不二家事件」も、同じパターンにはまって「とにかく不二家のことを叩いておけば正義だ」という意識から暴走したといえるのでは。

ときにはウケ狙いの度が過ぎて、ウケそうなネタを選んでは面白おかしく書く路線を突っ走ってみたら、誤報続発で信頼度激減。なんていう例もあるから要注意。


これ、商業マスコミだけの問題だと思っていると、大間違い。個人で書く Web サイトや blog だって、同じ罠にはまる可能性は大いにある。

Web サイトだったらアクセスログ、blog だったらアクセスログに加えて blog ランキングの投票というものがある。うちでは blog ランキングに参加していないから気にもしていないけれど、人によってはランキングを上げることに血道を上げている場合もある様子。「blog ランキングに投票お願いします」と連呼するぐらいなら可愛いものだけれど、ランキング投票ボタンをなんとかしてクリックさせようと、あの手この手の小細工を弄するようになると気持ち悪い。

さらに、アクセスを稼ぐための「ウケ狙い」に走るようになると、危険な兆候。そうなると、部数や視聴率のために手段を選ばなくなる商業マスコミと同じになってしまう。特に、「みんな知らなかったウラネタ」的な話題で注目を集めるような Web サイトや blog ほど、「さらに刺激の強いウラネタ」を求めてあの手この手。そのうちに一線を越えてしまう、なんてことにならないだろうか。具体的に誰のこととはいわないけれど。

ウケ狙いや刺激の追求だけじゃなくて、世の中の出来事をバッサリと一刀両断 ! 的な発言をする人、あるいはエントリを上げる blog もある。確かに見ていて痛快ではあるけれど、世の中、そうなんでもかんでも白黒はっきりつけて一刀両断、快刀乱麻を断つように解決できる訳じゃないのだから、痛快というだけで持ち上げるのは考え物。


空気といえば、blog ではトラックバックという危険なツールがある。いや、ウィルス付きサイトからのトラックバックが送られてくるから危ないという話じゃなくて。

実は、うちの blog でそんな物騒なトラバを立て続けに食らって頭に来たことがある。削除しても次々にやってくるので、途中から先回りして、送信元ホストが属するアドレス・ブロック全部をアクセス禁止リストに載せてしまった。

トラックバックの場合、受け取る側から見ると、受動的にリンクが張られる。自分の意志でリンクをつけるわけではない。だから、A という blog が何か書いて人気を集めたときに、似たようなモノの考え方をする人が書いた別の blog からトラックバックが何本も送られてくるようになったときが問題。

続々とやってくるトラックバックに対して「私の考えに賛同している人がこんなにいる !」といって舞い上がる… だけならともかく。問題は、自分の意見に賛同する声が多数派・主流派なんだと思ってしまう危険性がないかなあ、ということ。少なくとも、自分で同趣旨のサイトを探しに行って能動的にリンクを張る方が、同じ罠にはまる危険性が *少しは* 低いんじゃないかと思うけれど、どうだろう。

さらに重病になると、トラックバックを承認制にして、自分と意見が合わないサイトからのトラックバックを非公開、あるいは抹消するようになることも。こうなると、もう思想的ひきこもり状態、自分が信じる小宇宙の出来事だけがすべてだと思いこんでしまう。そして、自分の考えに合う情報ソースだけを選別して受け入れるようになり、以下無限ループ。


出したものが売れる、視聴率が上がる、アクセスが増える、ランキングが上がる、賛同のトラバが寄せられる。それ自体はみんな嬉しいものだけれど、それを意識しすぎて事実と反する "空気"、あるいは間違った "空気" を作ったり信じ込んだりすると、危険なこともあるんじゃないかなあ ? 太平洋戦争中に新聞社が先頭に立って好戦的ムードを煽ったのも、なにも国による検閲だけが理由じゃないように思えるのだけれど。

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