Opinion : 軍縮と軍拡 (2007/4/23)
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先日、blog の方で書いたネタ (その 1) (その 2) (その 3) について、もうちょっと掘り下げてみようと思った。
blog のエントリを書いたときには、例の辻元発言 (上の「その 1」からウェブ魚拓にリンク済み) で「ヨーロッパは (中略) 軍事費を削減し軍縮に向かっており」とあった部分にウソがあるとして突っ込んだので、意図的におカネの話にフォーカスした。でも実のところ、おカネの話だけで軍縮か軍拡かを語れるかというと、それほど単純な話でもなかったりする。
まず、blog の方でも少し触れたインフレの問題。インフレで貨幣価値が相対的に下がれば、国防支出 (military expenditure) を増やしてもインフレに吸収されてしまう。昨今の日本や欧米では、これが問題になることは少ないけれども、ミャンマーみたいに「待遇改善のために兵士の給料を上げたのに、インフレのせいでチャラ。結果的に、まるで待遇が良くならない」なんて事例もある。だから、国の経済状況も考慮に入れないといけない場合がある。
あと、支出が増えたからといって、即・軍拡だと判断するのは早計。確か中曾根内閣のときだったか、防衛費の GNP 比 1% 枠を撤廃するのしないのという騒ぎがあって、野党あたりはもう、1% 枠を突破した途端にトンでもないことになるといわんばかりだったけれど、結果はいわずもがな、当時の野党は狼少年化したも同然。そして、ちょっと支出が減ったからといって、即・軍縮だと判断するのも早計。
そもそも、国防支出というやつは「人件糧食費」「装備調達費」「O&M (Operation and Maintenance) 経費」が三本柱。
人件糧食費は、頭数と物価が変わらなければ、そうそう変わらない。
装備調達費は、大型案件があるかどうか、装備の更新を安定したペースでやっているかどうかに影響される。あと、海軍や空軍は頭数が少ない一方で値の張る装備が多い分だけ、装備調達費が占める比率が上がる。つまり、海軍や空軍の規模が大きい国は、装備調達費の比率が上がりやすいはず。裏返すと、装備水準が低く、海軍や空軍があってなきがごとしの発展途上国の軍隊ほど、人件糧食費の比率が高くなる。
O&M 経費は、平時よりも戦時の方が高くなりやすいもの。もっとも、平時だからといってこれをケチりすぎると精強さを保てなくなるし、装備の稼働率にも響くから、なにがしかの水準を維持することは必要。
だから、仮に国防支出を減らすとしても、その中のどれを減らすかで結果が違ってくる。それを無視して表面的な amount の数字だけ見ていても、真相は分からない。ひょっとすると、O&M 費をケチって、いざというときに役に立たない状態にしてるだけかも知れないのだから。
そして、blog でもチラッと書いた落とし穴。アメリカやイギリスでは、いわゆる対テロ戦関連の作戦経費を通常の国防予算とは別枠にしているので、正規の「国防費」の枠で数字を眺めていると、とんだ間違いになりかねない。そもそも、その「国防費」からして、中国の国防予算が公になる度に喧々囂々になることでお分かりのように、国によって内訳が違うから、単純比較できない。
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じゃあ、人員規模の問題かというと、そんな単純でもない。陸軍・海軍・空軍で、それぞれ頭数に依存する度合、装備品の数や質に依存する度合が違う。それに、国によって陸軍・海軍・空軍のどれを重視するかも違う。だから、同じ「25 万人の軍隊」でも、国によって、あるいは時期によって状況は全然違ってくる。そういうファクターを無視して、人数規模だけで比べたって意味がない。
装備品にしても、質の問題が絡んでくるから数だけでは比較できない。同じ「戦闘機 100 機」でも、MiG-17 が 100 機あるのと F-22A が 100 機あるのとでは大違い。同型の戦闘機で比較しても、パイロットの練度の問題、使用する兵装の問題、指揮・管制・運用の問題、後方支援能力などの問題が絡んでくるから、数だけで同等の戦力とは決められない。
いろいろ挙げ始めるとキリがないから、この辺で。
そもそも、軍縮とか軍拡とかいう言葉を気軽に口にする人ほど、これらの言葉の定義が曖昧かもしれない。
装備面で今みたいに隔絶した差がない時代なら、個々の兵士の能力にベラボーな差がつくことも少なかったから、後は頭数で戦力の大小を比較できる。そして、頭数が変動すれば費用面にも比較的ストレートに反映されるから、国防支出の多寡は軍拡・軍縮に直結する。でも、昨今では「国防費」「人員規模」「装備の数」「装備の内容」といった中から特定の項目だけピックアップして眺めていても、軍縮とか軍拡とかいう判断をするには材料が足りない。
そこで提案。「ある国家が、軍事力による問題解決に依存する傾向を強めて、そのための手段や能力を揃える、あるいは増強するのが軍拡」「その反対が軍縮」というのはどうだろう。つまり、先に書いた要因すべてに加えて、さらに国家が政治・外交面で表面化させる「意志」を考慮するということ。
「よろしい、ならば戦争だ」といってみたところで、有力な軍事力がなければ、それはただの遠吠え。言葉や意思に能力が伴わなければ、笑われておしまい。だからこそ、北朝鮮やイランは核兵器や弾道ミサイルを欲しがる。
ヒトラーのナチス第三帝国なんていうのは極めて分かりやすい一例で、軍事力の増強だけでなく、周辺諸国に対する領土的野心だとか恫喝外交だとか、そういう offensive な国家の意思が一緒に現れていた。これは誰が見てもヤバイと思うのが自然 (といいたいところだけれど、実はそうでもなかったところが問題だったりする)。
「軍拡だ」「戦争のできる国にしようとしている」と一部で騒がれている日本の場合、予算的には横ばい状態だし、MD は他国を侵略する役に立たないし、いくら装備を更新したところで、自衛隊は外征型の軍隊から程遠い。だから、かつての大日本帝国と同じことをやらかそうとしている、という主張があれば、それはただのお笑い。
それに、「意志」の面でも、どこかの国と違って、領土問題解決のためなら軍事力を行使することもある、と法律に明記しているわけでなし。拉致被害者を取り返すために北朝鮮に自衛隊を強行上陸させる、なんていってる人もいない (あたりまえやがな)。
件の辻元発言、論拠となる数字の部分でウソをついただけで十分に罪深いけれども、軍拡や軍縮という言葉の定義を明確にしないで、危険だ危険だとムードを煽ってばかりいるところは、もっと罪深いと思う。おカネの話に加えて、それ以外のファクターについてもきちんと検証して見せることが重要なんじゃなかろうか。それを期待できる相手かどうかは知らないけれど。
突き詰めると、「国家が軍事力の水準を決めるときにどうやっているのか」という話になって、能力ベースとか脅威ベースとかいう話につながるけれど、そうなると、ここで書くには大きすぎるネタ。機会があったら、その他の関連する話題も含めて一冊の本にまとめてみたいところ。
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