Opinion : PAC-3 の存在意義を再確認 (2007/5/7)
 

【珍説】(1)
PAC-3 の射程距離は 20km とされているが、これでは広い区域を護るのは不可能だ。どうせ配備先の基地や、政府などの機関を守るつもりしかないに決まっている。

【珍説】(2)
いや、PAC-3 の射程が 20km というのは、ほとんど高度を稼ぐために使い果たしてしまうから、実際に防御できる範囲は 1km しかない。
(ネタ元 : ◆近頃のニュース『PAC-3 首都圏へ配備』(Say Anything!)

最初からケチを付けるつもりしかなさそうな左派学生組織の blog、あるいはそこに同調するコメ欄の発言を引き合いに出してマジレスするのは、いささか大人気ないと思うけれど。でも、どうみても間違ってる、というか一方的なモノの見方しかしていない見解が原因でデマが広まるのもどうかと思うので、書いてみることにした。

これに限らず、PAC-3 配備に際して「そっち方面」から物言いがつくときのセリフは、たいてい決まっている。

  • 射程が短いから、日本全土を護るなんて無理だ
  • 湾岸戦争のときに、パトリオットの命中率が当初発表より低いと、後でばれたじゃないか
  • これは軍需産業を潤わせるための陰謀だ

そういえば、三番目に関連する派生ネタとして「ロシア製の S-300 の方が優秀だから、そっちを買え」というホホイ語氏みたいなのもある。


まず射程の話。

そもそも、ミサイルの性能について論じるとき、「射程距離」を気にする人が多いのだが、「射程距離」ほど定義不明瞭、かつアテにならない言葉もない。(射程の数字がアテにならないという意味ではない。為念)

一般的に考えると、ミサイルが搭載している燃料で飛行できる最大距離が「射程距離」ということになりやすい。ところが実際には、ミサイルは真っ直ぐ飛行するとは限らないから、同じミサイルでもウネウネ飛行すれば、実質的な射程距離は減る。巡航ミサイルだと、地形に紛れるために、わざと余分な距離を飛ぶこともある。

あと、セミアクティブ・レーダー誘導の SAM なんかだと、誘導方式の関係で直線飛行にならない。イージス・システム用の SM-2 が SM-1 より大幅な射程延伸を実現したのは、ロケット・モーターの性能向上もさることながら、慣性誘導・指令誘導による中間誘導の組み合わせとイージス・システムのおかげで、ターゲットの未来位置を予想して "先回り" できるから。(もちろん、予想が外れたら指令誘導で修正する)

あと、ミサイルによっては燃料が尽きた後も慣性で飛び続けるモノがある。弾道ミサイルはみんなこれだし、AIM-54 フェニックスも似たパターン。フェニックスの場合、想定ターゲットは動きの鈍い大型爆撃機だから、これでも用が足りると考えたのだろう。裏返せば、敏捷性が高い戦闘機が相手だと、フェニックスを最大射程で撃ってもかわされてしまう可能性が少なくないはず。ターゲットの機動にミサイルが追従できない可能性が高くなるから。

あと、対空ミサイルの場合は特に、ターゲットとの相対的な位置関係が影響する。迎え撃つ場合と追いかける場合では、射程が 2-3 倍ぐらい違ってもおかしくない。たとえばスラマーこと AIM-120 の射程が仮に 50km だといっても、それが対進射撃のときなのか、その反対なのか、はたまた相手は亜音速機なのか超音速機なのかで、意味が全然違う。

そんなこんなで、単にミサイルのカタログ値になっている「射程距離」の長短だけで、ターゲットを要撃できるかどうかを判断するのは無理ということ。そして、公表している「射程距離」の数字が、どういう条件でどういう意味を持ったものなのか、そんな注釈付きでデータを公開していることは、まずない。

そこで出てくるのが、エンベロープ (回避不能領域) という考え方。つまり、ターゲットとの相対的な位置関係、ミサイル自身やターゲットの機動力、あるいは速度などのファクターを突き合わせて、「この範囲なら確実に要撃できる」という領域がどの程度あるか、という話。もちろん、エンベロープがどの程度の範囲になるかだって、条件次第で変わってくる。

ミサイルの射程については完全に秘匿するケースはまれで、三味線をひいた概算値でもなんでも、とにかくそれらしい数字を公表するケースが多い。ところが、実際に要撃できるかどうかを判断する鍵となる、エンベロープに関する情報は秘中の秘。それは、単なる射程距離の情報よりも、エンベロープの方が正確に能力を表しているから。

そして、ミサイルは 3 次元に機動するものだから、エンベロープはミサイルの真正面だけではなく、その周辺に立体的な広がりを持つことになる。よって、その範囲内に入ってくるターゲットであれば、真正面からでなくても要撃できる (といっても限度はあるが)。となれば、着弾する可能性がある範囲も広がりを持つので、どうみても「半径 1km」なんてことにはならない。

こういったファクターから、やっとこさ「護れる範囲」が決まってくる。そのことを無視して、単に射程距離の数字だけを引き合いに出して、しかも真正面からの対進迎撃だけを考慮して物事を論じると、「1km」みたいな珍説が出てくる。もっとも、件の珍説の場合、「PAC-3 は役立たず」という結論をこじつけるために、強引に論旨展開している感じもあるけれど。


真正面からの対進迎撃だけ考えれば、「1km」説にも説得力が出てくるが…


実際にはエンベロープの範囲内なら完全な対進迎撃にならない可能性もあるのだから、「1km」説は詭弁といえる。


次に、「湾岸戦争では…」説。

これはハッキリいって、ネーミングに騙されている。というか、騙されたがっている。同じ PAC (Patriot Advanced Capability) といっても、PAC-2 までと PAC-3 は全くの別物。ミサイルは全くの新設計だし、誘導機構にも弾頭にも違いがある。それを無視して「PAC-2 がこれこれだったから、PAC-3 も云々」と引き合いに出すのは、自分で墓穴を掘るようなもの。一般論として「ミサイルの命中率が云々」とするなら、まだしも説得力が増すものを。

というわけで、パラグラフひとつで瞬殺。続いて「日本全土を護れない」説。

これはこれで、SM-3 の存在を無視している。そもそも、特に日本における MD の本命は SM-3 とイージス BMD の組み合わせなんであって、それが撃ち漏らしたターゲットを防ぐ "最後の手段" として PAC-3 がある。つまり、日本全土を護るのは PAC-3 じゃなくて SM-3 の仕事。

つまりこれは、エリア・ディフェンスとポイント・ディフェンスの違いみたいなもの。ぶっちゃけ、「PAC-3 では日本全土を護れない」は「シースパローや RAM では艦隊全部を護れない」といっているに等しい。ターミナル・フェーズって言葉の意味を、辞書で調べ直した方がいい。

これは「どの程度の被害なら許容できるか」というプライオリティの問題に尽きるけれど、身も蓋もないことをいうと、字面通りの "日本全土" を護る必然性は薄い。人里離れた山の中にテポドンやノドンが落ちてきたところで、それはまだしも許容できるというもの。第一、攻撃側にとっても、そんなところを狙う価値は少ない。狙うなら、大きな被害が見込める場所、大きな政治的効果が得られる場所を狙うのが自然。

だから、ミサイルが着弾したら大きな被害が出ると思われる人口密集地帯、あるいは原発やコンビナートなどヤバめの施設、そういったところで待ち受けていて、最後の防壁として着弾を阻止するのが、PAC-3 みたいなターミナル・フェーズの仕事。よって、「PAC-3 では日本全土を護れないから意味がない、軍需産業を儲けさせるための陰謀で云々」と主張するのは、「私は何も分かっていませーん」と全世界に向けて告知するようなもの。


MD というと、「飛来する弾道ミサイルに、こちらからミサイルを飛ばしてぶつけるなんて難しい、無理だ」という話ばかりする人が多い。でも、個人的にはむしろ、弾道ミサイルの発射を探知・追跡・識別して、適切なタイミングで適切な手段を講じられるようにする、C4ISR 分野の方が厄介だと思っている。

ミサイルにミサイルをぶつける部分は純粋に技術的な問題だから、センサーや機動性、ソフトウェアの改善などで、まだしもどうにかできる可能性がある。でも、指揮・管制の話になると、技術的な問題に加えて、組織がどうとか体制がどうとか交戦規則がどうとか政治的問題がどうとかいう、技術とは別の分野が大きく関わってくる。むしろそっちの方が厄介じゃないだろうか。

ちょいと MD について勉強すれば、これぐらいのことはすぐ分かるはずなのに、それをしないで既製品の珍説に固執して、いかにも "もっともらしい話" のように主張するから、こうやって反論を食らうことになる。

しかも、冒頭で取り上げた blog ときたら、その珍説を主張するエントリに反論のコメントがついたら、とっととコメントを削除した挙げ句にコメントそのものを承認制にしてしまう… 駄目だろうこれじゃ。自分の blog のコメ欄ですら相手を納得させられなくてコメント削除に逃避するのに、そんな調子で世間を納得させられると思ってるの ? しかも、コメント削除前の状態でウェブ魚拓をとられてるというのに (うちではさらに、スクリーンショットも確保した)。

それに、PAC-3 だろうが SM-3 だろうが、MD 関連エレメントを導入して据え付ければ、「ひょっとすると、弾道弾を撃ち込んでも迎撃されて無駄かも」という可能性がゼロではなくなるから、それによって相手に何らかのリアクションを起こさせることができる、という政治的効果はあるわけで。そこまで考えてモノをいってみたらどうなのさ、と突っ込んでみたいところ。

もうひとつ。命中率を云々する人がよくいるけれども、「100% でなければ駄目」という子供じみた主張はどうにかならんのかと。第一、SAM ってのは往々にして、命中の確率を上げるためにつるべ撃ちするもの。ひょっとすると、PAC-3 がわざわざ射程を縮めてまでミサイルを小型化したのも、(ターミナル・フェーズに専念できるという理由に加えて) 同じ発射器のままで SAM の数を 4 倍に増やせる効果を重視したためかも知れないというのに。

だいたい、MD のことを批判する人の中で、批判対象の総本山たる MDA の Web サイトを見たことがある人がどれくらいいるのさ、と突っ込んでみたかったりして。
書いてあることの真偽がどうとかいう以前に、批判するのに対象のことをまったく調べていないのだとしたら、どうなんだろう。それが "英語という名の暗号" (参考) で書かれているからって (笑)。

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