Opinion : 結論 "だけ" でいいの ? (2007/7/16)
 

私はよく、新聞社やテレビ局がやる世論調査について、こんなことをいう。

設問の内容や選択肢、調査を行ったタイミングと周辺状況によって、最終的な結果は少なからず左右されるんじゃないか ?

多分、このサイトでも過去に何度か書いていると思う。数えてないけど。

何が問題なのかというと、短くまとめられた "世論調査の結果" だけ見て反応していいのかなあ、というところ。実際にそういうことがあるかどうかはともかく、当事者が意図的に結果をコントロールしようと思えば、まるっきり不可能とは思えないから。


世論調査だけじゃなくて、通常の新聞記事やニュース番組でも同じこと。たとえば、最近のネタだと、産経新聞の「【やばいぞ日本】第 1 部 見えない敵 (1) 中国軍に知られた F2 の欠陥」なる記事。

ぬるま湯ムードに警鐘を鳴らしたいとか、失敗を失敗として認めない官僚の態度には問題があるんじゃないの、という指摘についてはともかく、あちこちで突っ込まれているのが「対艦ミサイル四基を搭載すると主翼が大きく振動する欠陥が直らない」というくだり。

F-2 に限らず、どこの戦闘機でも外部兵装の搭載については、空力的な原因で振動が発生する可能性がある。だから、さまざまな兵装の組み合わせ・さまざまな飛行条件下で、実機、あるいは風洞でフラッター試験をやる。「戦うコンピュータ」でも書いたように、兵装架のサイズが合うからといってそこら辺の兵装を適当に積み込んで飛び立つことはできなくて、事前にテストして搭載承認が降りている範囲で、兵装を選択・搭載しないといけない。

仮に、この記事がいうように F-2 が ASM×4 発を搭載した場面でフラッターが出るのだとしても、記事の内容だけでは、それが飛び立てないほど致命的なものなのか、特定の飛行領域でだけ発生するものなのかは分からない。後者の場合でも、その問題の飛行領域が広いのか狭いのかは分からない。

ところが、往々にして結論、あるいは特定の文脈だけがトリミングされて一人歩きするのは、先週のネタにした「失言騒動」と同じ。多分、この記事を見て、左派なら「F-2 は欠陥機、税金の無駄遣い」、右派なら「とんでもない虚偽報道」と脊髄反射した人が、少なからずいると思う。
背景事情まで突っ込まないで、記事の文面に現れた結論だけ取り出して反応すると、そうなってしまうのも無理からぬところ。そもそも、兵装の搭載についてフラッター試験をやるなんて、そうそう知られた話じゃないのだし。

ついでに突っ込むと、F-35 では主翼を複合材料で一体成型にする話はボツになっている。だから、Lockheed Martin が三菱からかすめ取った技術で F-35 を作ったという話は、結果論としては正確ではない。(これ、三菱の技術がダメだったというわけではなくて、おそらくは戦闘時の損傷修理を考えたため)

それに、飛行機を設計して飛ばしてみたら初めて問題が露見するのは、よくある話。最近の事例だと、F-22A が日付変更線を超えた途端にソフトウェアがクラッシュした、なんていうのがあった。

もうちょっと前の事例だと、主翼にクラックが発生したせいで、補強板を当てて飛んでいる F-16 がたくさんある (FALCON STAR 改修で手を打っているかも)。F/A-18A/B/C/D は、垂直尾翼の付け根を補強したり、ストレーキの上にフィンを追加したりと、ずいぶんみっともないことになっている。E/F 型では、こんなことはなくなったけれども、今度は開発中にウィングドロップで苦労したのは、よく知られているとおり。

じゃあ、F-16 や F/A-18 は欠陥機で、まるっきり戦えないのかというと、そんなことはないわけで。そういえば、AN/ALQ-161 を筆頭として何かと欠陥騒ぎが多かった B-1B も、開発途中でモメにモメた AIM-120 も、今では押しも押されぬ主役におさまっている。開発過程で出たトラブルの話をトリミングして大騒ぎするのが正しいかどうかは、後になってみると疑問ということ。

だから、問題点が出たことを認めた上で対応策を講じなければならない、という指摘については、確かにその通りなのだけれど。ただ、件の産経の記事についていえば、ちと煽りの度が過ぎないかと思った。


ビジネスの世界でも、たとえば何か商品が売れたときに、売れた売れたといって結果だけ見て喜んでいると、後で足元をすくわれるかもしれない。どうして (売れたのか | 売れなかったのか) がちゃんと分かっていないと、製品の改良や販売促進策で、ピント外れなことをやってしまうかもしれない。

実際、たとえばクルマの世界では、ヒットしたモデルがキープコンセプトのモデルチェンジをやって、新型が大コケ、なんてことがチョイチョイある。
特にクルマの場合、商品性や販売力の問題だけでなく、税制や石油価格といった、メーカーにはあまりコントロールできない周辺状況も絡んでくるから難しい。商用車の税金の安さを活用して超低価格を実現したのに、後になって税制が変わったせいで旨味が減ってしまったスズキ・アルトとか。

そんなこんなで、(売れた | 売れない) という結果だけじゃなくて、その理由が問題になる。なにもクルマに限らず、自分みたいな零細物書きでも同じことだけれど。

いきなり話は変わるけれども、ミッドウェイ海戦で日本海軍がボコボコにやられた件も、実はその前のインド洋作戦から兆候があった。索敵が不十分で、いきなり予想外の敵が出現したとか、それに対処するために兵装転換でゴタゴタしたとか、インド洋作戦でもミッドウェイ作戦と似たようなことをやっている。

ただ、インド洋作戦では結果として大勝利に終わったから、そのせいで問題点が見過ごされてしまい、ミッドウェイでぶちのめされる一因になったという指摘は、よくある。これだって、成功に浮かれていて、その影にあった問題点を見過ごしたせいでしっぺ返しを食らった、結果だけ見ていてはダメだという一例。

とどのつまり、短くてパッと分かりやすい「結論」や、部分的にトリミングした「キャッチーなフレーズ」が、背景事情や全体像抜きで流布されるとまずいんでないの、ということ。その結果として不正確な認識を広めたり、結果として災厄を招いたりする可能性は、どこにでも転がっているのだなあ、と再認識した次第。

仕事でも学校の勉強でもなんでも、「結果が第一」みたいなことをいう人はいる。確かに、結果が出なければどうしようもないし、「結果は出なかったけれど、頑張ったのだから」というセリフは、単なる言い訳になりかねない。ただ、結果が良かったときでも悪かったときでも、経過や背景事情まで突っ込むことは必要だ、と。

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