Opinion : ぐんくつの足音過敏症、というより言葉狩り (2007/9/3)
 

先日、16DDH が進水して「ひゅうが」(DDH-181) という艦名になった。

いわゆる "flat top" の艦が出現すると、「空母」の二文字が頭に浮かんで妄想大炸裂するのは、何も日本に限らない話。お隣の韓国でも、例の "独島艦" が進水したときには似たようなことになった。"flat top" の艦型には、人の心を惑わす何かがあるのかもしれない。DefenseNews.com ですら、こんな妄想記事を載せている。

ただ、今回ネタにしたいのは、その話じゃなくて、「自衛艦の国号命名に思う。「ひゅうが」就役。」(livedoor ニュース) なる記事。(念のために → ウェブ魚拓)


この記事の内容があまりにも「ぐんくつの足音過敏症」というか何というか、そんな内容だったので、突っ込んでみたくなった次第。いわく。

とうとう、ここまで復活しているようだ。防衛庁が、防衛省となり、自衛隊も「国軍」としての態様を整え始めたのであろう。自衛艦に国号の採用の次には、階級名称の復活となるのではあるまいか。一尉・二尉・三尉が、大尉・中尉・少尉である。

旧国号は、旧日本海軍では、戦艦の名称である。(中略)「日向」「伊勢」は航空戦艦として改装され、瀬戸内海で沈没、解体された。日向は、宮崎県であり、日本神話の故郷としての高千穂の峰が存在する土地である。天孫降臨の場所とされるところだ。いま、「ひゅうが」の名称が復活するということは、日本国の意識が、明らかに変化している証拠と言えるのではないだろうか ? 宮崎県は、東国原知事の登場で注目の土地ではあるが、その観光戦略に、日本神話の復活があるのかも知れない。(以下略)

(トリミング云々といわれても具合が悪いので、全文については上記リンク先を参照)

「旧国号は戦艦の名称である」という前段と「DDH-181 の艦名が天孫降臨の場所とされるところなのは日本国の意識の変化が云々」という後段がつながっていない。いったい、「帝国海軍の戦艦と同名の艦が出現したからぐんくつの響き」なのか、「天孫降臨の場所にまつわる艦名がついたからぐんくつの響き」なのか、どっちやねん。

艦名が帝国海軍の使い回しということなら、海上自衛隊の艦の多くが該当する。すでに多数の事例がある駆逐艦や巡洋艦の名前なら OK、戦艦の名前なら駄目、では意味不明。すでに巡洋戦艦の名前まで登場しているのだから、戦艦の名前だと駄目となる理由は、単に感情的なものとしか思えない。

海自には「ゆうだち」(DD-103) という護衛艦があるけれど、帝国海軍の駆逐艦・夕立 (第三次ソロモン海戦で戦没したやつ) は、今回の DDH-181 と同名の航空戦艦・日向よりも、ずっと多数の敵艦を沈めている。そんな殊勲艦の名前をつける方が、はるかにぐんくつの響きが… とならないのが謎。誰か「ゆうだち」の艦名に物言いをつけた人なんていたっけか ?

帝国海軍の重巡や巡洋戦艦と同名の、イージス護衛艦×6 隻についてもしかり。実のところ、ヘタな戦艦よりも巡洋戦艦や重巡洋艦の方が、よほど活躍して殊勲をたてている。その分だけ犠牲も多かったけれど。

では、「天孫降臨の場所」についてはどうか。天孫降臨そのものがどうとかいう話についてはここでは言及しないけれども、「日向」という名前をつけるのが駄目なら、かつての国鉄の急行列車、今の JR 九州の特急列車だって「天孫降臨の場所とされるところの名前をつけた、右傾化を象徴する命名」ということになってしまう。「日向市」という市の名前だってまずくないか。

いや、それをいいだすと、かつての国鉄には「大和」という急行もあった。もちろん奈良行き。これに限らず、列車名と艦名、あるいは航空機の名称がかぶったケースなんて、掃いて捨てるほどある。

今だと、東北新幹線には「大東亜決戦機」みたいな名前の列車が走っていて、私は安比高原に通うのに重宝させて貰っているけれど、これも PJ ニュース的には「大東亜決戦機の名前がついた列車で冬季戦技をしに行くのは、ぐんくつの響きが」ってことになるんだろうか。これで私が ATOMIC のスキーなんか履いてたら「日本の核武装が」なんていうんだろうか (マテ)


茶々を入れるのはこれぐらいにして。

仮に、「天孫降臨の場所を自衛艦に命名」「美しい国」といった事柄が結びついて「日本の神国化」とかいう類の動きにつながっているのなら、今回の命名の件を駆使して政府が大キャンペーンを張っていてもおかしくない。でも、実際にはそんなことは何もやっていない。

だいたい、軍艦好きと一部の政治家、自衛隊の関係者を別にすれば、自衛艦の命名に興味津々な人がいったいどれだけおるか。広範な国民的関心の対象になっていないものの命名で、世論を "右傾化" あるいは "軍国主義化" の方向に持って行こうとしているのだ、と考える方がどうかしている。普通、そういうのを陰謀論という。

現実問題として、「16DDH の艦名が『ひゅうが』になったんだって。天孫降臨の場所を命名するなんて素晴らしい」と喜んだ人がいただろうか ? 艦型を見て妄想炸裂した人なら、先にも書いたように、国内外に少なからず存在するけれど。それに、帝国海軍の戦艦の名前が云々という話にしても、「大和」「武蔵」「長門」「陸奥」と比べれば、「日向」の一般的知名度は数段落ちる。

さらに、「観光戦略に、日本神話の復活があるのかも知れない」と憶測を書くぐらいなら、そういう動きがあるかどうか宮崎県庁に電話を一本入れて確認すればいいのに、それすらしていない市民 "記者" って、どうかと。

どちらかというと今回の一件、「帝国海軍につながるものは何でも反対」という、いってみれば言葉狩りに近いものを感じるのだけれど、どうだろうか。

本当に心の底から「日本の右傾化・国粋主義化・軍国主義化」を阻止したいと願っているのなら、これまでの状況に対する振り戻しが極端に反対方向に行かないように、現実的な対案を提示することが必要なのでは。「非武装中立」とか「九条護持」といった空虚なキャッチフレーズでは、現実的なものとして受け容れてもらえないのは確かなのだから。


ついでに、件の記事に対して突っ込みをもうちょっと。

自衛隊は、英語読みをすれは既に否定の出来ない軍隊である。その階級が、旧呼称となり、将官の完全復活と、参謀本部・軍令部等の復活となり、軍令・軍政の分離、統帥権の確立とその軍隊として形が一挙に現出してくる可能性もこうなると、十分懸念される状態である。単純に国号名称艦の就役と喜ぶことのできないことである。

物書きとして見ると、この文章は「こうなると」の位置がおかしい。いや、その話が本題じゃなくて。

自衛隊の英語表記は (Ground | Maritime | Air) Self-Defence Force であって、Army でも Navy でも Air Force でも Marine Corps でもないので、「英語読みをすれは既に否定の出来ない軍隊」という記述がもうハチャメチャ。

それはそれとして、軍令と軍政を分離すると、どうして日本が軍国主義化するのか、この市民記者氏はちゃんと説明できるんだろうか。どうして参謀本部・軍令部が復活するとヤバいのか、どうして統帥権が確立するとヤバいのか、ちゃんと説明できるんだろうか。統帥権干犯問題という言葉か何かを聞きかじって、適当に引き合いに出してないだろうか ?

実は太平洋戦争中、日本では陸軍も海軍も、軍政の長と軍令の長を同一人物が兼ねるようになってしまったのだけれど、そんなことはおそらく、御存じないのだろう。そもそも、この市民記者氏は軍政の長と軍令の長がそれぞれ誰なのか、軍政と軍令の違いが何なのか、ちゃんと説明できるんだろうか ?

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