Opinion : 新幹線 500 系のこと (2008/3/31)
 

先週は、なんだか意味不明な禅問答みたいなことを書いてしまったので、今週はもっと分かりやすい話を。ということでネタにしたのが新幹線 500 系。

ちょうど、W3 編成の 8 連化短縮改造が終わって、V3 編成に看板を掛け替えてお披露目したというニュースがあった。最近は一般紙でも「鉄」系のニュースが多くなっているからかもしれないけれど、やはりわざわざニュース種になったのは「500 系だから」という一面もあったと思う。

新幹線電車の系列は数々あれど、ホームに入線すると待っていた乗客がどよめき、先頭車の前では記念写真を撮る人が鈴なりになり、普段はこの手の話題に対して興味を示さない人にまで系列名称が知れ渡ったというのは、まさに空前絶後の出来事じゃないかと思う。小田急 VSE の注目度も相当なものだけれど、あれは基本的に関東ローカルの話なんであって、全国ネットで注目されまくった 500 系は次元が違う。

しかも、最高速度 300km/h を発揮して、さらに表定速度も含めて「世界最速」のタイトルまで、いったんは日本に取り戻した実績までついてきた。ただ、それだけで世間の耳目を集めたかというと、そんなことはなかったと思う。やはり、機能・性能・テクノロジーだけでなく、傑出したデザインがあればこそ、じゃなかっただろうか。

500 系の最大の功績は、優れた機能とデザインの両立が鉄道に世間の注目を引き寄せる手段になる、ということを立証した点かもしれない。


鉄道車両に限らず、工業製品や交通機関のデザインで難しいのは、単にデザインの善し悪しだけでなく、機能・性能・製造工程・材質といった分野の制約が厳しい点だと思う。どんなに優れたデザインでも、走行性能に差し障りがあるとか、鉄道だったら車両限界に支障するとか、あるいは使い勝手や保守性・整備性がよくないとか、そういった問題があったのでは「良いデザイン」とはいえない。もちろん、デザイナーの独りよがりで奇をてらうなんてのは、論外のそのまた外。

その点、500 系は「速さ」と「格好良さ」を極めて高い次元でバランスさせたからこそ、新幹線のエース格として世間の注目を集めることができたのだと思う。もちろん、その分だけしわ寄せが行ってネガが生じた部分もあるわけで、その典型例として荷棚の狭さがあるわけだけれど。

その点、700 系はどうも中途半端感が漂うけれども、7000 番台の「レールスター」で多様な接客設備を提供してみせたり、コンセント付きの座席を用意して IT 時代に適応してみせたり、といった良さもある。個人的にも、車内で電源の心配なく仕事をしたかったために、わざわざ 700 系を選んで乗ったことがあるし。

N700 系はというと、車体傾斜装置の導入や加速性能の向上でスピードアップへの挑戦を再開した点や、内装の出来映えには多大な進歩が見られると思った。もちろん「ツラのまずさ」はあるにしても、これは主観も入るし、いったん乗っちゃえば分からない (マテ)。

とはいえ、傑出したデザインによる注目度という点で 500 系に勝るものはないと思う。だからといって、最近 mixi 内某所で散見される「500 系の短編成化なんてけしからん」とか「16 両編成のままで走らせろ」とか「300km/h 出させろ」とかいう意見には、同調しがたいものがある。

そりゃもちろん、「500 系のぞみ」としての印象が強烈なのは分かるし、これまで 16 両編成で 300km/h 出してエースの座に納まっていたのが、半分の長さになって「こだま」で各駅に止まるようになれば、何となく「都落ち」した感じがして感情的に受け入れがたいのだろうけれど。でも、どんな傑作車両でも、永遠に走り続けることはできないのだから。

重要な機構部分はちゃんとメンテしているとはいえ、300km/h で 1 日に 2,200km、あるいは 3,300km も走っていれば、車体についても足回りについても、かかる負担は相当なもの。しかも、そのスピードでトンネルを出たり入ったりするのだから。それを無理矢理、これからも全速で走らせ続けて事故や故障でも起こされた日には、そっちの方が悲しい。

JR 西日本にはまだ 0 系が残っているぐらいだから、それよりずっと後にできた 500 系が先に廃車というのは考えにくい。順番や合理性からすれば、短編成化して「こだま」に格下げというのは、もっとも無難な落としどころだったのは確か。それでも走り続けることができる分だけ、まだいいと思わないと。

それに、今まで「のぞみ」が素通りしてきた駅の利用者にも 500 系に乗るチャンスができるわけだから、考えようによっては、500 系の良さをより多くの人に知ってもらう機会ができた、なんてこじつけもできるのでは。ええ、こじつけですとも (苦笑)


誤解しないで欲しいのだけれど。

自分だって 500 系は好き。わざわざこれを選んで乗ったことも多々あるし、ケチをつけた人に対して弁護に回ったこともある。ただ、あくまでそれは個人の趣味に属する問題だから、その好みを JR 東海や JR 西日本に押しつけるのはどうか、と思うだけ。

確かに感情の部分では納得しがたいものがあるけれども、だからといって、憧れの車両が無理矢理に酷使されてボロボロ・ガタガタになったら、もっと悲しい。ただでさえ最近、内装にちょっと痛みが見受けられるようになってきていたのだし。

それに、趣味的見地を抜きにすれば、座席配置や車両の性能を統一して融通が利くようにしたい、という JR 東海の言い分だって理解できる。JR 各社にとっては、あくまで輸送業の手段としての新幹線なんであって、なにも我々の趣味のために新幹線を走らせている訳じゃあない。本来業務である輸送サービスを効率よく、かつリーズナブルなコストで実現しながら競争力を高めていくことが、もっとも大事なのだから。

なんだかんだといっても、将来的に廃車になったからといって、「記録」と「記憶」の両方に残るという類い希な快挙を達成した 500 系は日本の鉄道車両史における一大金字塔である、という事実までは消えないのだよ ?

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