Opinion : 規制が効くケース・効かないケース (2008/6/23)
 

どこでもそうだけれど、「○○禁止」っていう看板や掲示があれば、「ああ、その "○○" をやる奴がいてマズいことになったから禁止したんだな」と考える。

たとえば、スキー場では「リフト乗車中は禁煙」という看板が出ているところが多い。春になって雪が溶けると、リフト下から吸い殻がゾロゾロ出てくる、なんて話を聞くと、さもありなんと思う。

高速道路で、普段は 80km/h 制限のところ、局所的に 70km/h 制限になっているところがあると (例 : 中央道上り線、須玉 IC 手前) 、それは危険な場所、あるいは過去に大事故が発生した場所なんだろうなと思う。何の理由もなしに速度規制はかけない。

学校の校則なんかでも、ときどきブッ飛んだ規則があるけれども、これだってなにがしかの理由があったはず。どこだったか「上履きとして下駄を使うのを禁じる」なんて規則があったと記憶しているけれど、やる奴がいなければ、こんな規則はできっこない。はずだ。


ともあれ、何らかの事情があって規則というものができるわけだけれども、規則を作れば万事解決、とはいかないのも世の習い。規則は破るためにある、とか、規則は抜け穴を探すためにある、なんていうことになる業界もある。

レーシングカーの設計なんか典型例。レギュレーションで何か規制すると、デザイナーは規則にひっかからないようにしながら性能を引き上げるために脳漿を絞る。するとまた、新たなレギュレーションができる。以下無限ループ。

そんなイタチごっこの中でも、「これは冷却用のファンであって、(レギュレーションで禁じられている) 可動する空力付加物ではない」とやったブラバム BT46B は、傑作の部類に属すると思う。また、それに対して「粉塵が舞い上がって、後ろのクルマにとって危険だから禁止」と返した方も、なかなかトンチが効いている。

とはいえ、その後もさまざまな分野、特に空力付加物の分野では、レギュレーションとデザイナーのせめぎ合いが続いているし、これからも自動車レースというものがある限り、永遠に続くと思われる。ちょっと隙間があると、すぐに空力付加物がニョキニョキと突き出してくる昨今の F1、あまり格好いいと思えないんだけれど。

閑話休題。
自動車レースの場合、レギュレーションで何かを規制する目的というと、「速度を抑えるため」と「安全のため」が双璧。イタチごっこになるのはたいてい前者で、後者で抜け穴探しとレギュレーションのイタチごっこ、ということは、まず起こらない。これは、市販車における排ガス規制なんかでも同じこと。

ということは、規制といってもその目的によって、規制される側の対応って違ってくるんだろうな。という話になりそう。少し前に、クラスター爆弾禁止の件に絡んで「兵器の世界では昔から、規制ができると抜け穴探しが横行した」といっていろいろな事例を出したけれども、レーシングカーのレギュレーションをめぐるイタチごっこにも通じるものがある。

つまり、規制の対象となっているモノが本質的に目指しているところに対して、何らかの規制をかけようとすると、規制とアイデアのイタチごっこになるんじゃないの、というところに落ち着きそう。

え ? 排ガス規制だって同じだろうって ? いや違う。高性能なクルマを作るのは、あくまで手段。自動車メーカーが本質的に目指しているのは、消費者が喜んでおカネを出してくれるようなクルマを作って売ること。排ガス規制の抜け穴探しや無視は、そうしたビジネスにとってはイメージダウンであり、阻害要因にしかならないから、必死になって対応する。そこが、速さが正義のレーシングカーとは違う。市販車では売れるクルマ、ユーザーが喜ぶクルマが正義。

そういえば。
最新の Jane's Defence Weekly (2008/6/18 号) で、米陸軍の Fires Center of Excellence に関する記事を取り上げていた。その中に、以下の関係者コメントが。

Current munitions activities include : providing a set of prioritised recommendations for precision munitions capabilities for IBCTs; continuing fielding of Guided Unitary Multiple Launched Rocket System (MLRS) and 155mm Excalibur rounds; procuring Army Tactical Missile Systems 'replenishment' while working on details for a service-life extension that could include retrofit with unitary warheads; and continueing research efforts for alternatives to cluster munitions on guided rockets.

いわんこっちゃない。「クラスター弾は駄目」といわれれば「そんなら代わりの手段を探します」ときた。クラスター弾というのはあくまで面制圧兵器という手段であって、面制圧兵器に対する需要がなくなったわけではないから、こういう発言が出てくるのは当然の話。

この米陸軍の件に限らず、各国の軍や兵器メーカーで、「どうすればクラスター弾規制にひっかからない面制圧兵器ができるか」と、知恵を絞り始めているのは間違いないと思う。善意 (多分) の規制が、新兵器開発のトリガーを引いてしまうというアイロニー。あと、規制を決めた当初には問題なしと思われていたことでも、後になってテクノロジーが進化したら抜け穴ができちゃった、なんていうパターンもありがち。

排ガス規制の場合、「○○という物質は、かくかくしかじかの害を及ぼすから規制します」ということで、分かりやすい。その点、兵器に関する昨今の規制では、「非人道的」とかいう類の、定量化も定性化もしにくい概念が入り込んできやすい点が厄介なのかもしれない。

そんな調子だから、とりあえず「何でも、とりあえず規制しとけば OK」という考えだけは捨てた方がいいんじゃないかなあ、なんてことを考えてしまった。看過できず、とにかく規制しなければならないという場面でも、その後で抜け穴探しが発生する覚悟は要るんじゃないかと。(国家に対しては規制が効いても、non-state-actor には規制が効かない、という問題もあるけれど、これはまた別次元の話)


規制といえば。例の秋葉原の事件の後で「ダガーナイフを規制しろ」とかいう話が出たり、ヤフオクでダガーナイフの出品を禁止したり、なんてことになったけれど。じゃあ、誰かが出刃包丁で人を殺したら、出刃包丁の販売を禁止するんかいっ。って、それは多分無理。放火事件が起きたからといって、火を規制するのも無理。レンタカーのトラックで歩行者天国に突っ込んだからって、レンタカーを禁止するのも無理。

つまり、「人殺しが駄目」という本来の目的よりも、そのための手段に目がいってしまい、その手段さえ規制すればいい、と勘違いしてしまっている一例。こういうのって往々にして、本来の目的を忘れて、規制すること自体が目的という形に変質してしまうんじゃなかろうか。反戦運動家がよく陥る罠。

それに、「○○は人命を奪って危険だから禁止」なんていう話を突き詰めていったら、最後は「人間は人間の生命を奪う危険な存在だから禁止すべき」という、シッチャカメッチャカな話に行き着いてしまう。まるで、「平和を護るために、現在の闘争を断固戦い抜き、平和に仇なす者達を殲滅します !!」とアジ演説をするような話… って、これは違うか。

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